埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(2)型にはまらず「伝える」を最重要視、活発な情報発信続ける理由

埼玉県和光市長 松本武洋
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/02/16  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(1)
2021/02/19  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(2)
2021/02/23  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(3)
2021/02/26  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(4)


伝わりづらい財政の話行政と市民の認識のギャップを埋めるには

伊藤 ここからは政策のお話も伺います。一つ目は財政について。二つ目は「ネウボラ課(フィンランド発祥の出産・育児支援の仕組みを取り入れた課。ネウボラはフィンランド語で『相談の場』という意味)」についてです。どちらも市民に情報を伝えて理解してもらうには難しいテーマや言葉だと思うのですが、どんな意識で発信されてきたのですか? まずは財政の方から伺いたいです。

松本市長 財政の話はすごく分かりにくいですし、できれば市民の皆さんも「見たくないモノ」です。何かきっかけがないと興味・関心を持っていただけない話題だと思います。

私が市長に就任したのは2009年。ちょうどリーマン・ショックの頃で、発信しなければならない状況になっていました。どういうことかと言いますと、市内にある大手企業からの予定納税を4億5000万円ほど返還したのです。和光市は予算が200億円ちょっとの自治体ですので、そこから4億5000万円を返したことで一気に財政がピンチになりました。

それまで市民の間では、「和光市は(地方交付税)不交付団体だから、財政に余裕がある」というイメージがあり、行政も割と鷹揚に自治体運営をしてきました。それが一気に締めなければならなくなり、「実際はこんな状況です」ということを、いかに市民に分かりやすく伝えるか? が発信のスタートでした。どれだけピンチなのか? そもそも財政の構造はどうなっているのか? このようなことを懇切丁寧に伝えていこうと。

具体的にはSNS(インターネット交流サイト)で発信したのと、1期目に財政白書を作りました。財政白書は、市民委員を集めて行政と一緒に作ると公約にも入れました。実際に作ってみると、市民委員からさまざまなアイデアが出たり、行政からは正確な情報が出たり、ハイブリッドの効果が出た非常に充実した財政白書ができました。それから、市民を集めて決算説明会も何度か開催し、市の財政について説明しました。こんなふうに危機だからこそ、関心を持ってもらえたのかなと思います。

伊藤 誤解を恐れずに言いますと、財政に関する情報発信は、どこまで丁寧に行っても、伝わり切らない感じがするのですが。

松本市長 我々にも分からないのが地方財政じゃないですか。国の制度が動くと一気に前提条件が変わっちゃって。国の財政は、一つのエコシステムとして閉じていますが、地方財政はエコシステムとして半開放ですよね。その分、先を見越して行動するのが非常に難しいと思っています。ですから実は、我々も先が読めない状況の中、その時々の情報を市民と共有するという形にならざるを得ないと思うんですね。

ただ、一生懸命伝えていると、市民の方が「なんか今の和光市は前よりずいぶん厳しいんだってね」というふうに、体感的なものを感じるようになってきます。ですから、理解してもらうことも大事ですが、「今は厳しい」「今は割と楽なんだ」と、その時々の感覚が市民と共有されていくのも大事だと思っています。これはもちろんSNSの発信だけでは厳しくて、市の広報も使って伝えるようにしています。

市民の「なぜ?」に、地道に丁寧に、本気で向き合う

伊藤 国から半強制的に事業が降りてきた場合、不交付団体は財源の確保に苦労する側面がありますよね。こういうやり繰りの面も伝えますか?

松本市長 むしろ、それが一番伝えなければいけないところだと思います。和光市の場合、リーマン・ショックの後に全ての事業を対象に市民協働で見直しを行いました。一方で近隣の自治体は交付団体ですから、そこまでの見直しは行いませんでした。

そうなると、市民からしてみたら「なぜうちの市だけ見直しを?」と感じますよね。こういった市民の声に本気で向き合っていかないと。なぜそうなったのか? を死に物狂いで説明しないと、和光と近隣自治体の違いなど、客観的な情報が伝わらないです。とにかく懸命に説明して「うちはよそと違って、国からの援助が少ないらしい」という感覚が市民に伝わり状況が共有できれば、財政についての広報は大成功かなと思っています。

伊藤 和光市は不交付団体だから国からお金が来ない。一方で、隣接する自治体は交付団体なので国からお金が降りてくる。そういう状況が松本市長の丁寧な情報発信で市民の方に浸透しているのですね。

松本市長 はい。財政については、かなり細かい話でも丁寧に発信しているつもりです。例えば、和光は東京23区の隣に当たりますが「都内から引っ越して来たら区税から市税に変わって税金が高くなった」という声がありました。これに関しては結論から言うと、税率は変わりません。ただし23区の場合は、法人市民税、固定資産税、都市計画税が都税として徴収されます。和光市の場合は市税としてお預かりします。そういった仕組みの違いから、区税と市税を比べると見掛かけ上、区税の方が安く感じるというからくりです。

このような話を行政職員は知っていますが、市民の方は知らないことが多いです。それを「しょうがないよね」で終わらせず、1回くらい発信してみようと、市の広報で記事にしました。細かい疑問を一つ一つ潰していくように、丁寧にやっています。

伊藤 かなり地道な作業ですね。

松本市長 財政に対しての説明には、かなり労力を使っています。

後は表現ですね。役所の表現は分かりにくいけれど、イチ政治家としてざっくり発信したら分かっていただけることはたくさんあります。そう考えると、やはりSNSは市の公式と政治家個人のものを上手く使い分けた方がいいですね。ミックスさせて伝える感じが有効だと思っています。

新型コロナと自治体運営のバランス

伊藤 新型コロナの経済対策で、財政調整基金を取り崩した自治体もあると思います。松本市長は今後、コロナが自治体財政に与える影響をどうみていますか?

松本市長 (今年度第)1次補正(予算)、2次補正と、国がある程度財源を保障してバラマキをしましたよね。和光市のような不交付団体は割り落としがかなり多くて、1人当たりの交付金は多い所の半分以下。不交付団体はそのために財調(財政調整基金)を切り崩しています。

今後、交付団体は当然「全部保障を」と主張するでしょう。ただ、地方交付税の総額にも影響してきますし、やはりいろいろなところで調整しなければならないと思います。今、コロナで異常事態の国家財政だから財務省も目を瞑ってお金を出しますが、しばらくして平常運転に戻った際に、かなり大規模な影響があると思います。不交付団体もそうですが、交付団体の方が厳しくなるのではないかと私は感じます。

コロナは一時的な影響と捉えて、通常運転に戻る瞬間にいかに変わり身を早くできるか? というところで、手腕が問われますよね。

伊藤 今回伺った松本市長の情報発信スタイルは、編集のご経験がある方ならではの磨かれた感覚ですね。「きちんと届けて伝える」を軸に、難しい自治体財政の話も丁寧に発信しているのが印象的でした。インタビュー(3)と(4)では、またしても「伝える難易度」が高い「ネウボラ」の政策を市民にどう伝えたのか? そして、松本市長が想い描く「未来の和光市の理想像」について詳しく伺います。

第3回につづく

【和光市・市制施行50周年記念動画のご紹介】

◆あゆみ篇
「和光のはじまり~現在、未来へ」
和光のこれまでのあゆみを紹介するとともに、未来に向けたメッセージを届けます。

◆シティプロモーション篇
「宇宙人電車に乗ってあらわる」
日々平和な和光市に宇宙人が突如出現。街にピンチが訪れる。和光市の未来は果たして...。
※本件の制作著作は【和光市】となります。詳細はこちらにてご確認ください。

【プロフィール】

松本武洋(まつもと・たけひろ)
埼玉県和光市長
兵庫県明石市生まれ。早稲田大学法学部卒。放送大学大学院修士課程修了。東洋経済新報社出版局編集部等を経て2003年和光市議に初当選。2007年再選。2009年5月和光市長に初当選。現在3期目。
著書「自治体連続破綻の時代」(洋泉社)、共著書「3つのルールでわかる『使える会計』」(洋泉社)、その他分担執筆書「市民協働における公共の拠点づくり」(第80回全国都市問題会議パネルディスカッション・全国市長会)他。

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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