埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(4)「新しさ」で市内に風を起こす、時流を捉えた攻めの行政運営

埼玉県和光市長 松本武洋
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/02/16  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(1)
2021/02/19  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(2)
2021/02/23  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(3)
2021/02/26  埼玉県和光市 松本武洋市長インタビュー(4)


昼間人口を増やすための「和光ブランディング」

松本市長 伊藤さんに質問させていただきたいのですが、議員を辞めて今のお仕事になって、何かやり残したと感じることはありますか?

伊藤 私は横浜市議会議員中に、市のリブランディングがやりたかったですね。横浜は古くから造船業が産業の下支えになってきましたが、1980年代に国内最大手の造船会社がなくなりました。ですので、代わりとなる産業をつくらなければならなくなって。そんなこともあり芸術の力で新しい産業をつくるという「創造都市戦略」が持ち上がったのですが、なかなか芽が出ないまま今に至っています。

都市のネームブランドが強過ぎるために、実態と市民の印象がかなり懸け離れているのが横浜の現状だと思っていまして。このギャップを埋められるようなリブランディングをしたかったなという想いはあります。

松本市長 和光市もまさにそうで、街のブランディングがすごく大事だと思っています。「市内で人が働いて稼いで、昼間でも人がたくさんいる街にするにはどうしたらいいか?」を考え続ける10年でした。

和光市は世間的なイメージでいうと、「無色透明な街」だと思います。あまり名前も知られていないですし、「住宅都市」という側面がすごく強くなっているのが現状です。ただ、東京メトロの延伸など、いろいろチャンスは巡ってきています。もともと、本田技研工業の工場が立地していたこともあり、また、理化学研究所がある街ですので、「知的な街」というブランディングをしていきたいですね。

ニホニウムモニュメント

<ニホニウムモニュメント> 理化学研究所和光研究所の森田浩介博士を中心とした研究グループが、原子番号113番の新元素「ニホニウム」の合成に成功。市ではこの世界的な偉業を記念して、和光市駅から理化学研究所までの道を公募により「ニホニウム通り」と命名。駅南口に記念碑、外環上部にモニュメントなどを設置しています。

 

伊藤 コロナがあって、移動すること自体の需要が少なくなってきていると感じます。その点、東京の郊外にある自治体は逆にチャンスといいますか。たまに東京に働きに出て、普段は緑がある環境のいい場所で過ごすという良さが出てくると思います。このあたりの社会変化をどう見ていらっしゃいますか?

松本市長 そのとおりで、普段は和光市内で働く。移動したとしても、せいぜい市内のシェアオフィスまでで十分という需要が、今後出てくると思っています。今、和光市内にシェアオフィスはありませんが、官民連携で働ける環境づくりをしていこうという動きはあります。そこでビジネス関係者や起業家同士の交流が生まれて、新しい価値の創造が起きる。そんな街づくりができるチャンスが来ていると思います。

内閣府のスタートアップ事業(スタートアップ・エコシステム拠点形成支援事業:都市や大学を巻き込み、起業家の教育や支援機能を抜本的に強化。これまでの制約を取り払って、日本の潜在能力を開放することを目的としたエコシステムをつくる事業)の拠点に全国で何カ所か指定されていまして、和光市も東京コンソーシアムというグループの中に入っています。まさにこういう機会を活かしながら、スタートアップ拠点としてのシェアオフィスをつくりたいですね。ただし、起業家だけでなくサラリーマンもいる方がクリエーティブですし、付加価値も生まれると思います。

伊藤 街全体の方向性やデザインを誰がリードするのか? が、大きなポイントになる気がしますね。

松本市長 突き詰めると小さな街は、市長自らがやるしかないんですよ。やはり市長が想いを持って進めていかないと、なかなか難しいですよね。これまでスタートアップ拠点として勢いよく進めている自治体は、大都市を除いてはみんな市長が決めてやっていますね。

オープンイノベーションでMaaSを実装

伊藤 最近は「オープンイノベーション」という言葉も囁かれる中、大企業でも外部の人たちと交わりながら価値をつくっていくことにまだまだ不慣れな感じがあります。

松本市長 コロナでテレワークが一気に市民権を得ましたが、例えばシェアオフィスが単なるテレワークの拠点で終わるのか? それとも、多様性が交わるコミュニティーとして機能するのか? そのあたりのデザインが、今後、郊外都市の魅力を左右するのではないかと思います。

実はこの間、東芝のイノベーショングループの方と話をしました。その時に、東芝をもってしても、もう独自のリソースだけでは世界と戦えないと仰っていました。オープンイノベーションは、今後、日本の企業が生き残っていくためには欠かせないものだと。適応できなければ終わるのではないかというお話が、私の中ですごく印象に残っています。ですから、大企業の方の危機感は高まっていると思います。そこに対して、オープンイノベーションの良い拠点が提供できれば、積極的に使っていただけるのではないかと感じています。

あと一つ、これは和光市の事業の宣伝になりますが、自動運転車の路線を4年で実装化します。新技術の社会実装化の拠点(和光版MaaS〈次世代交通サービス〉)として内閣府から選ばれていまして。和光市駅から外環道(東京外郭環状道路)の和光北インターチェンジを結ぶ路線を造る計画です。自動運転で行ける外環道和光北インター周辺は、今ちょうど新産業の拠点にしようと街づくりをしている最中です。そういった拠点と和光市駅を自動運転で繋いで、さまざまな企業に興味を持ってもらえるようにできればいいなと思っています。

和光市版MaaS構想

和光市版MaaS構想

これからの自治体運営の姿と官民連携のきっかけづくり

伊藤 松本市長が2003年に市議に初当選されてから現在まで、約20年の自治体の変化は大きかったと思います。特に「自治体が自前で運営するのが厳しいらしい」という認識が社会に広まってきたのが大きいかなと思うのですが。

市長の視点から、これからの10年、20年で、本質的に変わりそうだと感じることはありますか?

松本市長 都市部と地方部では状況が全然違うと思います。都市部の行政はもともとそこまで市民から頼られていませんから、今後20年も自治体のプレゼンスはあまり変わらないと思います。

一方で地方部は、自治体が一番の職場で、一番の消費者です。自治体の職員やその家族がいなくなると、地域経済がスカスカになる状況が考えられます。今、地方は人間の生活がどんどん薄くなっている気がします。先日地方の高校の事情を調べてみたら、公立高校がすごい勢いで定数を減らしていました。三つの高校を一つにしたりとかして。一つの学校が定数的にも薄くなってきていますし、行政も薄くなってきている。このまま行くと、人が住んでいる状態を維持できない地域が地方で増えてくるのではないかと思います。では、そこを行政や国が支えられるのか? というと、そこまでのお金も出せないですよね。そんな状態が続くと、誰も管理しない国土のような場所がどんどん増えていくような気がします。

都会の人も他人事ではありません。地方の状態は都会にも影響を及ぼすはずなので、日本全体で考えていかないと。

地方に人が住み続けられるような仕掛けやコミュニティーがあって、役所も店もあってという状態を、都会の人も協力して守っていく。そうしないと、日本という国が今までの形を維持できないなと強く感じています。

伊藤 松本市長のような視野が広くて、かつ、行政の立場も民の立場も分かってくれそうな方と繋がりたい企業はたくさんあります。ですが、どこにそんな首長さんがいるのか分からないと悩んでいます。最後の質問となりますが、そのあたりのコミュニケーションは、どうしたらもっと円滑にできますか?

松本市長 多分クチコミの世界かなと思っています。「ここの市長は考えが柔軟らしいよ」とか、「この市長は乗ってくるよ」みたいな話は、我々市長同士の中ではあるんですよ。私は今「全国青年市長会」という団体に所属しています。定年が50歳を過ぎた最初の任期までなので、在籍できるのはあと少しですが。その全国青年市長会には、民間企業が事業のプレゼンをしに来ることが多いです。そうすると、興味を持つ市長はやはりいらっしゃいます。地方か都会かはあまり関係なく、どちらかといえば若手の市長の方が興味を持たれますね。このような場に来られてもいいと思いますし、やはりクチコミをキャッチしながら、付き合う相手を選んでいくのがいいのではないでしょうか。

 

【編集後記】

元東洋経済新報社で編集のご経験がある松本市長へのインタビューは、同じく出版社での経験がある私にとって少々緊張する時間となりました。しかしながら、「情報の受け手の立場に立って発信する」「伝えるためには型に囚われない」という一貫した姿勢には感銘を受けました。今後和光市が、柔軟なお考えを持つ市長の采配でどのような発展をしていくのかが非常に楽しみです。

(おわり)

【和光市・市制施行50周年記念動画のご紹介】

◆あゆみ篇
「和光のはじまり~現在、未来へ」
和光のこれまでのあゆみを紹介するとともに、未来に向けたメッセージを届けます。

◆シティプロモーション篇
「宇宙人電車に乗ってあらわる」
日々平和な和光市に宇宙人が突如出現。街にピンチが訪れる。和光市の未来は果たして...。
※本件の制作著作は【和光市】となります。詳細はこちらにてご確認ください。

【プロフィール】

松本武洋(まつもと・たけひろ)
埼玉県和光市長
兵庫県明石市生まれ。早稲田大学法学部卒。放送大学大学院修士課程修了。東洋経済新報社出版局編集部等を経て2003年和光市議に初当選。2007年再選。2009年5月和光市長に初当選。現在3期目。
著書「自治体連続破綻の時代」(洋泉社)、共著書「3つのルールでわかる『使える会計』」(洋泉社)、その他分担執筆書「市民協働における公共の拠点づくり」(第80回全国都市問題会議パネルディスカッション・全国市長会)他。

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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