移動データでデザインする脱炭素のまち(4)~EBPMに基づくプロジェクト─3市が成果報告~

株式会社Public dots & Company

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2022/07/19 移動データでデザインする脱炭素のまち(4)~EBPMに基づくプロジェクト─3市が成果報告~

小田原市の報告

小田原市はカーボンニュートラルの取り組みにおいて、太陽光発電に注目してきました。発電量の拡大と、蓄電池や電気自動車(EV)を活用したエネルギーマネジメントを、官民連携で進めています。特にEVに関しては、マルチユースを実現するため、二つの面で事業展開しています。

 

第一は、EVに特化したカーシェアリングです。地域における交通手段の確保、そして地域全体でEVへシフトしていくことで脱炭素を推進するという取り組みです。市は車利用の割合が多いことを課題の一つに挙げています。これもカーシェアリングによって、車両台数が最適化されるのではないかと期待しています。

第二は、EVを蓄電池として活用し、再生可能エネルギーを優先的に使う仕組みを整えたり、電力のピークカットを行ったりするという取り組みです。

EVは「動く蓄電池」として活用することで、災害時の電力供給にも役立ちます。さらにオートキャンプ場と連携し、EVをパソコンなどの電源として利用することで、キャンプ場でも仕事ができる、というようなワーケーションの活性化に生かしています。

こうした取り組みは19年に開始され、EVのカーシェアリングに特化した事業を展開している民間企業と連携してきました。民間企業はEVの準備や充電器の配備、車の運用などを行い、市は運用フィールドの提供や関係者との連絡調整を主に担っています。

 

さて、今回のプロジェクトに市が乗り出した背景として、EV公用車を市民とシェアリングする取り組みがあります。平日は市職員が公用車として利用し、土日や祝日、夜間は市民へシェアリングするというものです。

この取り組みも含め、今後さらにEVのカーシェアリングを拡大するに当たり、市民にどのようなニーズがあり、どんな事業展開が可能なのかを移動データから読み解くのが目的でした。

浮かび上がるカーシェアリングの新拠点

市が今後、EVのカーシェアリング事業を展開していく際、どこにEVステーションを設けるかという「設置場所」の選定が大きなポイントとなります。つまり、カーシェアリングの利用者が多いであろうと推測されるエリアを、データを基に突き止める必要があるのです。

そこで本プロジェクトでは、まず市全域の移動の傾向を調べました。資料4がその分布図です。外出後120分の行動を可視化しています。ここからは、市外への移動は少なく、市内での移動が多いことが分かりました。

 

資料4(出典:株式会社unerry 本プロジェクト参画企業)

 

さらに、小田原駅周辺エリアの居住者に絞って移動データを見てみると、駅周辺に移動が集中していることが分かります。東側にある酒匂川を越えた移動や、北側にある市役所への移動は限定的でした(資料5)。

 

資料5(出典:株式会社unerry)

 

ここから、駅周辺の居住者は公共交通の利用を前提としており、自家用車での移動が低頻度であると仮定することができます。このような、自家用車での移動が低頻度である人と、自家用車を所有していない人に向けてカーシェアリングを提供すれば、新しいユーザーが獲得できるのではないかと推測されました。

こうした考え方に基づき、EVステーションを新設する候補地を想定して分析を行いました(資料6)。

 

資料6(出典:株式会社unerry)

 

各拠点の車以外での外出比率を見ると、A地点、B地点、C地点は25%以上と、外出に車を使わない人の比率が大きく、候補地として有望であることが分かります。

「車を使わない人」に着目し、その人々の行動分布を見ていくことで、地域のマーケットポテンシャルの評価ができました。

小田原市のネクストアクション

移動データで人々の動きが可視化され、EVのカーシェアリングを拡大する土台が整ったことで、市は次のアクションとして、拡大に向けた各種の調整を予定しています。

本プロジェクトで見える化された市民の移動傾向は今後、有力なエビデンス(証拠)として、各種調整の推進力になると考えられています。またEVのカーシェアリングを拡大するに当たり、何から着手すべきなのか、施策の優先順位も見えてきたとのことです。

市は本プロジェクトで得たデータを基に、今後さらにEVのマルチユースを推進し、持続可能な社会づくりを続けていきます。

「住民と向き合う覚悟」が必要

前後編でお届けしたオンライン報告会「移動データでデザインする脱炭素のまち」のレポートから、EBPMに基づく政策立案の過程をご理解いただけたのではないでしょうか。

実情の写し鏡であるデータは、行政が実施したい方向性とギャップのある結果を見せることもあります。EBPMに基づく政策立案とは、その結果から目をそらさず、真正面から受け止め、施策と改善を繰り返していく作業です。データを通じて「住民と向き合う覚悟」を持ち、データが持つ意味を深く理解し、ワンアクションにとどまらず、二手、三手と粘り強く進める取り組みです。

 

多くの自治体にとって、EBPMに基づく政策立案は黎明期であり、「こうすればうまくいく」といった成功パターンはまだ確立されていません。各自治体が抱える課題や住民のニーズも多様化していることから、目的達成に向けたアプローチも決して一つではないことが予想されます。

しかしながらエビデンスに基づく一歩は、着実に地域の価値に結び付いていくでしょう。行政、民間企業、住民、それぞれの専門分野や視点を生かし、共創しながらのまちづくりが必要とされる時代です。その土台として、データの活用が挙げられるのではないでしょうか。

 

(おわり)


【プロフィール】

2019年に現職の地方職員や元議員らが設立。官民共創事業を手掛ける。自治体と民間企業のコミュニケーション調整や各種プロジェクトの支援を通じ、社会課題解決と新たな価値創出を図っている。本メディアでは、官民共創による課題克服に向けた取り組みなどについて、事例の紹介や解説をしている。

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