徹底した現場主義で市民ニーズをつかむ~清水聖義・群馬県太田市長インタビュー(1)~

群馬県太田市長・清水聖義
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2024/03/06 徹底した現場主義で市民ニーズをつかむ~清水聖義・群馬県太田市長インタビュー(1)~
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2024/03/15 「選択と集中」の自治体経営~清水聖義・群馬県太田市長インタビュー(4)~

 


 

群馬県太田市の清水聖義市長は1995年の就任以来、約29年にわたり、まちのリーダーを務めています。昨今は改革派の若手首長に期待が寄せられる風潮がある中、ここまで長く市民の支持を得ている背景には必ず理由があるはずです。

今回のインタビューを通じ、それをひもといていくと、清水市長の「徹底した現場主義のマーケッター」「前例へ挑戦し続けるイノベーター」という姿が明らかになりました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

1期目に怒濤の改革

小田 清水市長の著書「前例への挑戦 自治体はサービス創造企業」(99年、学陽書房。写真1)を拝読しました。ここには95年の就任から4年間の記録がつづられています。徹底した市民目線で改革を断行したことが伝わる内容でした。

清水市長 私は大学時代、マーケティングを専攻していました。マーケティングは当時、あまり一般的ではありませんでしたが、非常に面白いと感じながら学んでいました。それから会社員として10年ほど働き、地元の太田市に戻ってからは市議会議員や県議会議員を務め、その後に市長となりました。

市長になった理由は「行政サービスにマーケティングは生かせる」と考えたからです。市民のために新しい価値を創り、提供することはマーケティング活動そのものです。

 

写真1 清水市長の著書 (出典:学陽書房)

 

小田 著書には数々の「前例なき改革」が記されています。例えば、サービスの品質管理に関する国際規格である「ISO9001」の取得(99年。地方自治体としては全国初。)や、連結バランスシート(一般会計、特別会計、地方公営企業等会計、一部事務組合及び第三セクター等会計の連結)による財務状況の把握、行政評価システムの導入などです。これらについて、90年代に取り組んでいたことに驚きを覚えます。

また就任したその日に、既に着工していた市役所の新庁舎の建設工事にストップをかけたのですよね。この決断ができる胆力にも感心するばかりです。

清水市長 私が市長選に立候補したのは、新庁舎の建設を止めたかったからです。公約に掲げて当選しましたから、それに従って就任当日にストップをかけました。もともと新庁舎の建設は21階建ての計画で進んでいました。しかし、明らかにオーバーサイズでした。

もっとコンパクトにできるだろうと、基礎工事や鉄骨の準備が終わっていた段階で計画を中止し、12階建てになるよう、最初からやり直しました。

 

表 ISO9001活動の経過(出典:太田市ウェブサイト)

 

小田 その段階でのストップは損失が発生します。議会は紛糾しませんでしたか?

清水市長 最初はもちろん反対されました。ただ、私には「ロス(損失)以上のベネフィット(便益)があれば、損切りしてもよい」という考えがありましたから、それを伝え続けました。最終的には議会の承認を得ることができました。

 

三つの学校

小田 清水市長は決断までのスピードが非常に速いように感じます。どのような考えで物事を進めているのですか?

清水市長 ゴールからの逆算です。将来の姿を頭の中で思い描いてからアプローチします。10カ年計画のような長期の時間軸ではなく、1期4年のサイクルで考えます。1期の間に成果を挙げると決め、すぐに取り掛かるというスタンスです。そうでなければ、4年はあっという間に過ぎてしまいます。

細川護熙元首相が熊本県知事を退任するときに「権不十年」という言葉を引用しました。これは「いかなる権威も長続きはしない」という意味です。首長という立場は、いつまでもあるわけではありません。ですから4年で結果を出し、選挙でまた選んでいただければ次の4年でも結果を出す。このように比較的、短期のスパンで考えています。

 

小田 1期4年を積み重ねた結果が、現在の8期目になったわけですね。新しい取り組みを始めようとするとき、まず何に着目されるのですか?

清水市長 市民のニーズです。「ウォンツ」ではなく「ニーズ」です。市民が心の底で何を望んでいるのかをよく観察するようにしています。

 

小田 市民のニーズから生まれた取り組みについて、事例をお話しいただけますか?

清水市長 「おおた芸術学校」についてお話しします。この学校は子どもたちがリトミック、オーケストラ、合唱、演劇などの分野で、専門家から教育を受けることができる場所です。

市は「人と自然にやさしく、品格のあるまち 太田」をまちの将来像と位置付け、文化的な活動を推進しています。この学校は、子どもたちが将来的にまちの文化の担い手になってくれることを期待して運営しています。

開校に至った起点は「家庭の状況に関係なく、子どもたちが芸術文化に触れられる環境をつくりたい」という思いでした。

人口減少が進む中、学校の部活動が縮小することは明らかです。子どもたちにとって、最も身近に芸術文化に触れられる機会である部活動がなくなってしまえば、その機会を個人で生み出すしかありません。そうすると家庭の経済状況によって、与えられる機会に差ができてしまいます。ならば行政が部活動を運営し、子どもたちに機会を提供してはどうかと考えて、設立の案が動き始めました。

バイオリンやチェロといった楽器は市が購入し、学校を通じて子どもたちに貸与する形です。さらに、音楽の各分野の先生を40人ほど招き入れ、子どもたちに指導していただく体制をつくりました。こうすることで子どもたちは家庭の経済状況に関係なく、音楽に親しむことができます。

同じく子どもたちに焦点を当てた取り組みとしては、さまざまな運動競技に触れられる「おおたスポーツ学校」、英語イマージョン教育に特化した「ぐんま国際アカデミー」があります。

 

小田 人口減少の先にある未来を予見し、先手を打ったのですね。

清水市長 太田市は自動車製造業を中心とした工業都市です。そんなものづくりのまちに文化を根付かせることができないかと、芸術・スポーツ・英語の3本柱を思い描き、実際に学校をつくりました。

子どもたちに焦点を当てると、大人が付いてくるようになります。子どもたちの一生懸命な取り組みを応援するからです。

こんなふうに自然と人を巻き込めるような流れができると、前例のないことでも実現できます。今では「おおた芸術学校」のオーケストラに、総勢で300〜400人の子どもたちが参加しています(写真2)。

 

写真2 オーケストラ科の演奏会(出典:おおた芸術学校ウェブサイト)

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年1月22日号

 


【プロフィール】

清水 聖義(しみず・まさよし)

1941年、群馬県太田市生まれ。慶大商卒。民間企業勤務、太田市議、群馬県議を経て、95年太田市長選に初当選し、現在8期目。市役所をサービス産業と捉え、行政経営にマーケティングの手法を導入し、行政サービスの質向上を追求する。

 

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