「選ばれるまち」になるためのマーケティング戦略~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(4)~

千葉県流山市長 井崎義治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2024/02/17 「選ばれるまち」になるためのマーケティング戦略~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(4)~

 

全国の自治体で唯一の「マーケティング課」

小田 流山市のまちづくりが成果を挙げている背景には、全国の自治体で唯一の「マーケティング課」の存在があります。ただ「マーケティング」という言葉には、民間企業が営利目的で行うものというイメージが付いて回ります。立ち上げに際し、庁内から反発はなかったのですか?

井崎市長 もちろん最初は猛反対に遭いました。「営利目的だ」という声のほか、「ターゲットを限定することで行政の公平性が失われる」という意見もありました。

しかしながらマーケティングの本質は、何かを売り付けるというものではなく、自然に選ばれることです。少子高齢化かつ人口減少という問題を抱えていた流山市が、「ここで暮らしたい」と自然に選ばれるようになるためには何をしなければならないのか。そう考えると、おのずと子育て世代がメインターゲットになりますし、「彼らに選ばれるためには?」というマーケティング視点の考え方が必要になります。

職員の意識を改革するため、課を立ち上げる前にはマーケティングの勉強会を開きました。私が講師となり、半年間続けました。

 

小田 やはり苦労されたのですね。人事も重要なポイントです。どんな方をリーダーに抜てきしたのですか?

井崎市長 マーケティング課を立ち上げたのは04年です。課を大きく成長させたのは2代目の課長です。民間から公募し、外資系企業で社長を務めた経験がある人材に来ていただきました。能力はもちろんですが、最も重視したのは「打たれ強さ」でした。何かを進めるたびに、必ず庁内から反発が出ると予想したからです。逆境の中で粘り強く取り組むプロ人材の力が必要でした。

また助役(現・副市長)として、当時の保健福祉部次長を結果的に36人抜きで抜てきしました。彼は私の構想を「どうしたら実現できるか」という視点で考えられる人物でした。実務に落とし込むことにも非常にたけており、今でも副市長として市政を支えてくれています。

 

人口構成から将来を先読み

小田 「百年の計」と称されるように、まちづくりには時間がかかります。井崎市長は現在6期目ですが、これまでの取り組みから、どのような時間感覚をお持ちですか?

井崎市長 市長選に立候補した時点では、3期12年で何とか形にしようと考えていました。しかし実際には、想定外の時間がかかることが多くありました。

例えば、流山おおたかの森駅西口の地権者の全員にご協力いただくために16年を要しました。景観づくりも同様です。「都心から一番近い森のまち」というコンセプトに基づき、木が一本もなく、遠くまで見渡せるランドスケープが計画されていた同駅周辺に、たくさんの植樹を行いました(写真)。

夏に日傘が要らないような空間にしようと取り組みましたが、それが形になって継承されるまで、やはり16年かかりました。コンセプトの定着まで見据えると、20年はかかると思っています。

 

(写真)流山おおたかの森駅周辺の様子(出典:流山市公式フェイスブック「moricon 森のまちに住む」)

 

小田 都市計画の専門家である井崎市長は、就任前からまちづくりの構想を練っておられましたが(第1回参照)、それでも20年はかかるのですね。

井崎市長 まちづくりのビジョンを実現しようとすると、それだけの時間は必要なのかもしれません。20年前は誰も想像していなかったまちをイメージしながら、ここまで進めてきました。5期を終えた時点でまだ時間が足りないと考え、6期目を務めています。

 

小田 20年間まちづくりを進めてきた中で、特に意識して見続けてきたデータなどはありますか?

井崎市長 人口動態です。年齢別の人口構成がどのように変化しているかを見ながら、5年後、10年後、15年後に起きることを予想して対応しています。現在、市では子どもの数がどんどん増えています。従って、それに対応できるだけの学校が必要となります。

ここで先のことを考えず、むやみに学校を建ててしまうと、子どもの人口ピークが過ぎる頃には空き教室ができてしまいます。すると、維持管理費だけがかかり続ける公共施設となり、財政を圧迫するようになります。

こういうことが10~20年後に起こり得ると予測し、最初から仕掛けをしておきます。例えば新たに建物を造るにしても、増改築がしやすい木造にします。そして用途を教室に限定しません。子どもの人口ピークが過ぎる10年後は老朽化する公共施設を、15年後は建て替えが必要となる公共施設へと、後々に変えられるようにしておきます。公共施設の延べ床面積をむやみに増やさないようにするのです。

このような仕掛けを行うためには、人口構成をしっかりと把握する必要があります。5年後、10年後、15年後に流山市がどうなっていくのか。何が課題となり、それを解決するためにはどうしたらよいのか。人口動態にはヒントとなる情報が集約されています。無駄のない長期的な自治体経営をするために必ず見るべきデータと言えます。

 

まちに、さらなる「心の豊かさ」を

小田 多選に対して批判的な意見もありますが、井崎市長の長期的な視点に立った、先見性のある采配を見ていると、年齢や当選回数は記号にすぎないと感じます。

井崎市長 人によると思います。期数を重ねてもセンスが衰えず、新たな施策を生み出す首長はいます。一方、鳴り物入りで当選した若き首長が1期目で危うさを見せることもあるでしょう。年齢や期数に関係なく、ビジョンを持った能力のある方が自治体経営を行えばよいと思います。

 

小田 流山市のまちづくりで今後、特にどんなことに注力する予定ですか?

井崎市長 6期目における最大の目標は「市民が誰一人、疎外感を覚えることなく、大切にされていると実感できるまち」にすることです。特にインクルーシブ教育の充実に力を入れます。市では人口増加に伴い、特別な支援を必要とする子どもが増えてきました。これまでも特別支援学級や通級指導教室の増設などで対応してきましたが、さらに発展させて「すべての子どもたちが互いの違いを尊重する教育」を目指します()。

具体的には市独自のスクールカウンセラー、学習サポート教員、介添員、スクールソーシャルワーカー、サポート看護師ら専門の職員を288人配置し、さらに増員を図りながら子どもたちの教育を支えていきます。

 

(図)子どもたちの多様性を尊重するインクルーシブ教育(出典:「広報ながれやま」2023年2月11月号)

 

小田 さらに高みを目指すのですね。

井崎市長 この2~3年で子育てに関する声をたくさん聴くことができました。
特に障がいを持つお子さんとその保護者の方たちは、自らの尊厳を守りながら暮らすことを望んでいます。
お子さんたちの保育・教育環境をさらに整え、保護者の日々の負担を軽減することが急がれます。複数の教育環境から一人ひとりの状態に合ったものを選べるようにし、教育全体の質を高めていきます。

 

【編集後記】
マーケティングと行政は相反するように見えますが、「選ばれるまちになるためには?」という問いは、どの自治体も持つのではないでしょうか。井崎市長が取り組む、現在と将来の課題を読み解き、先手を打ちながら理想のまちへ近づけていくというプロセスには、人口減少社会における自治体経営のエッセンスがふんだんに盛り込まれていました。「何をやったかではなく、どうやったか」に着目し、地域特性に合わせたまちづくりの参考にしていただければと思います。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年12月18日号

 


【プロフィール】

千葉県流山市長・井崎 義治(いざき よしはる)

1954年生まれ。米サンフランシスコ、ヒューストンで都市計画やエリアマーケティングに従事した後、1989年から千葉県流山市に在住。住信基礎研究所、エース総合研究所を経て2003年4月流山市長選に初当選し、現在6期目。

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