「選ばれるまち」になるためのマーケティング戦略~井崎義治・千葉県流山市長インタビュー(3)~

千葉県流山市長 井崎義治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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第1回第2回に引き続き、千葉県流山市の井崎義治市長のインタビューをお届けします。

流山市は、自らを「自治体経営者」と呼ぶ井崎市長の手腕により、「都心から一番近い森のまち」として人気を博すようになりました。今回は、同市が「選ばれるまち」となるために取り組んでいるマーケティング戦略について、詳しく伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

東関東を代表するまちへ

小田 井崎市長が就任から約20年かけて、まちづくりに取り組んだ結果、「流山市に来れば心豊かな暮らしができる」というポジティブなイメージが定着していると思います。

井崎市長 今から15年ほど前は「流山市のライバルは東急田園都市線の沿線です」と発言すると笑われたものでした。比べものにならないくらい市の認知度が低く、イメージも「白紙」だったからです。しかし私は当時から、本気で流山市を田園都市線沿線のまちと渡り合えるくらいの知名度にしようと考えていました。

そこで10年ほど前に田園都市線と、同線と相互乗り入れしている東京メトロ半蔵門線の車内に「母になるなら、流山市。」というキャッチコピーを掲げた広告を掲出したことがあります。広告のモデルを務めてくださったのは、田園都市線が通る横浜市青葉区から流山市に移住した方でした。ですから広告には「私は横浜市青葉区から流山市に引っ越しました」という文章も添えました。当時の両線の利用者は驚いたかもしれません。

 

小田 そうした地道なブランディングの積み重ねで今があるのですね。最近では、流山市が「東の二子玉川(東京都世田谷区の南西部)」と呼ばれることもあります。

井崎市長 流山おおたかの森駅の駅前に、大型のショッピングセンター「流山おおたかの森S・C」があります。その開発と運営を手掛ける企業が、二子玉川でも同様の商業施設を運営しています。恐らく「東の二子玉川」という別称は、流山おおたかの森S・Cのマーケティングの過程で生まれたものだと思います。

しかし私は、この呼び名に満足していません。ここまでまちが出来上がってきたのであれば「世田谷の二子玉川」「千葉の流山おおたかの森」というように、東西比較ではなく個々で認識されるべきです。そうした広告宣伝の方がお互いのまちのためになるし、駅前商業施設を手掛ける企業のためにもなります。ですから最近は、経営陣やショッピングセンターの店長には「東の二子玉川」を卒業してほしいとお願いしています。

 

(イメージ)流山おおたかの森S・C

 

「DEWKs」をメインターゲットに

小田 近年、子育て政策に重点を置く自治体が増えています。流山市もその一つですが、流山市の場合は都市経営やマーケティングの視点で検討した結果、「DEWKs(Double Employed With Kids=子どものいる共働き世帯)」をメインターゲットにしているからだと考えています。仮に井崎市長が他自治体の首長だった場合、取るべき戦略やターゲットは異なるのではないでしょうか?

井崎市長 まちの人口構成や立地条件などによって、活性化のための戦略は異なります。従ってターゲットや施策も異なるでしょう。流山市でうまくいった手法をそのまま他自治体で展開しても、同じような成果は得られないと思います。自分たちのまちがどういうまちで、どんな課題があり、誰に選ばれたいのかという本質的な部分をまずは捉える必要があります。

 

小田 DEWKsをメインターゲットとした流山市の子育て政策について、具体的にお聞かせいただけますか?

井崎市長 もともとの大きな問題意識は、少子高齢化による人口減少でした。高齢者だけが増えていくまちでは、財政運営は行き詰まります。よって、子育て世代にまちを選んでいただく必要がありました。DEWKsをメインターゲットにした理由はここにあります。

さて、共働きの子育て世代に必要な社会インフラは何かと考えると、保育所(園)が真っ先に挙げられます。そこで市は2010~23年度に認可保育園などの数を6.0倍、園児の定員数を4.8倍に増やしました。また「朝の送迎が大変だ」という親御さんの声があったため、流山おおたかの森駅と南流山駅に「駅前送迎保育ステーション」を設置しました。各ステーションと市内の指定保育所(園)をバスで結び、登園と降園を行うシステムです。

そのほか、保護者が日中に働いている児童を対象に、夏休みの学校開放や児童センターの開館時間延長などを行っています。このように「仕事をしながら子育てができる仕組みづくり」に力を入れてきました。

 

小田 まさに都市経営の視点ですね。

井崎市長 市民の皆さんが居住地を選ぶときには「全体最適」の考え方をするはずです。子育てがしやすいだけでなく、緑豊かな住環境である、景観が良い、活気があって楽しいなど、いろいろな判断要素があります。

流山市では、高齢者関係より子育て・教育に関する予算の方を1.5倍ほど多く確保していますが、子育て政策のみで比べるのであれば、給付という形でもっとたくさんの予算を割いている自治体は他にあります。しかし、流山市の場合は全体最適の考え方がベースにあるので、給付金や補助金は一定程度の水準では出していますが、あくまでも「仕事をしながら子育てができる仕組みづくり」に注力してきました。

 

小田 いわゆる「給付金合戦」は、国全体で見ても全体最適にはなりにくいですよね。

井崎市長 良質な住環境、快適な都市環境、そして仕事をしながら子育てができる保育・教育環境、これらがそろって初めて人口は増えます。ばらまきをするから人口が増えるのではありません。ばらまきはどちらかといえば、人口減少に対するカンフル剤のようなものです。人口が増えているまちが取るべき戦略ではないと考えています。もっと根本的なことを言えば、子育て政策はナショナルミニマムとして国がやるべきことです。国が実施しないから自治体が行うというのは、ゼロサムゲームに近づくように思います。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年12月18日号

 


【プロフィール】

千葉県流山市長・井崎 義治(いざき よしはる)

1954年生まれ。米サンフランシスコ、ヒューストンで都市計画やエリアマーケティングに従事した後、1989年から千葉県流山市に在住。住信基礎研究所、エース総合研究所を経て2003年4月流山市長選に初当選し、現在6期目。

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