言葉を重ね、「一流の田舎」を目指す~田中幹夫・富山県南砺市長インタビュー(3)~

富山県南砺市長 田中幹夫
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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第1回第2回に引き続き、富山県南砺市の田中幹夫市長のインタビューをお届けします(写真)。今回も、地方創生の本質に迫るキーワードについて語っていただきました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

写真1)田中市長(上)へのインタビューはオンラインで行われた(出典:官民共創未来コンソーシアム)

 

まちに新たな風を吹かせるために

小田 田中市長は、2004年11月に4町4村が合併して南砺市が誕生したのを機に市議となり、1期務めた後に市長となりました。なぜ政治の世界に足を踏み入れようと考えたのですか?

田中市長 合併の話は当初、もっと大きなエリアで協議が進められていましたが、結果的に小さな4町4村だけで合併することになりました。私は当時、利賀村役場の職員でしたが、利賀村はその中でも山奥の上流部にある最も小さな村でした。合併後はこの小さな村の存在価値を訴えていくため、市職員として頑張ろうと思っていました。

しかし市議を各町村から出すことになった際、利賀村議の高齢化が問題になりました。せっかく市になるのだから若手の議員がいた方が良いだろうという話になり、地域の方々から推薦を受けました。43歳のときです。皆さんの期待に応えようと役場を退職し、市議選に出馬しました。幸いにして当選し、1期4年を務めました。

市長になったきっかけは同世代や若い人たちの後押しです。実は南砺市になる当時から、何となく「旧町村で古くから政治に関わってきた人が次の市長になる」という流れがありました。これでは、新たな風を吹かせるために合併したという意義が薄れてしまいます。どうにか流れを変えたいと若い人たちと話し合っているうちに、私に白羽の矢が立ったのです。

 

小田 地域の皆さんから推薦があったのですね。田中市長の人望がうかがえます。若い人たちとのネットワークは、どのようにつくられたのですか?

田中市長 中学校のPTA会長を務めていた時期があり、そこから子育て世代のネットワークが広がりました。趣味のスキー仲間とのつながりもありました。さらに、インターネットを活用したコミュニティーの発起人となったことも大きいです。そのコミュニティーに多くの人々が参画いただけるよう、中心メンバーの一人として企画の説明で市内を巡りました。こうした活動のおかげで人の輪がかなり広がりました。

 

小田 そうして人の輪を広げていく姿を見て、「田中さんなら市長にふさわしい」ということになったのでしょうね。

田中市長 私自身はむしろ誰かの活動を後押しするため、人と人をつなげる役割に徹していました。そうこうしているうちに周囲の人々がいつの間にか、私を市長に推すために動いていたのです。流れに乗るしかないと立候補を決めたわけですが、家族には話していませんでした。

すると、地元紙が私の出馬の話をキャッチし、翌日の朝刊に載せるという話になりました。当日、朝刊を開いてチェックすると、どこにも記事がありません。なぜだろうと思いつつも念のため、朝刊を自宅のピアノの裏に隠し、家族とPTAの登山行事に出掛けました。

集合するや否や、あらゆる人に「新聞に載っていた」と声を掛けられました。どうやら1面に載っていたようです。私がチェックしたのは2面以降でした。当然、家族は大驚きでした。ここまで来ると、もう後には引けないと改めて決意が固まりましたね。

 

公平性と一体感

小田 4町4村が合併したことで顕在化した課題もあったと思います。市長就任後はどのようなことにまず着手したのですか?

田中市長 合併協議には利賀村の職員として参画していました。そこでは4町4村が「公平性と一体感」を保つことが、合併の条件とされていました。「公平性と一体感」は非常に難しい言葉です。4町4村は暮らしや文化が全く違います。標高700メートルの地域と平地、積雪が4メートルの地域と1センチの地域では、暮らしぶりが全く違うのです。そんなところに「公平性」を無理やり持ち込もうとすると、住民から反発が起きます。

そこで私は「公平性を保つために差をつけよう」と、一見すると訳の分からないことを伝え始めました。標高の高低差があったり、市街地までの距離が違ったりする南砺市で一体感を醸成するためには「そもそも公平性とは何か?」と、まち全体で考える必要がありました。それは道路やインフラを整えればよいという、単純なハード事業の話ではありません。それぞれの地域の特色を生かしたまちづくりを進める中で、住民の幸福度と満足度を高めることです。

ですから、最初の市長選に臨んだときのパンフレットには、ハード事業に関する公約は書いていません。「住民幸福度を高めます」「住民満足度を高めます」とだけ記載し、実際にその2点を住民や職員に伝え続けました。

 

小田 その呼び掛けがあったからこそ、利賀エリアは演劇、井波エリア(旧井波町)は彫刻というように、それぞれの地域の特色が磨き上げられたのかもしれませんね。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年7月31日号

 


【プロフィール】

富山県南砺市長・田中 幹夫(たなか みきお)

1961年、富山県利賀村(現南砺市)生まれ。民間企業勤務を経て89年に帰郷し、利賀村職員となる。2004年南砺市議に初当選。08年南砺市長に初当選し、現在4期目。

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