「富嶽共創」のまちづくり~堀内茂・山梨県富士吉田市長インタビュー(3)~

山梨県富士吉田市長・堀内茂
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2024/08/27 「富嶽共創」のまちづくり~堀内茂・山梨県富士吉田市長インタビュー(3)~
2024/08/29 「富嶽共創」のまちづくり~堀内茂・山梨県富士吉田市長インタビュー(4)~

 


 

山梨県富士吉田市、堀内茂市長のインタビュー第3弾をお届けします。

同市のトップを5期17年にわたり務める堀内市長は、短期政権の繰り返しで脆くなっていた財政基盤やまちづくり計画を立て直し、市民中心主義の行政へと変革を続けています。今回は、市政の原動力となる組織づくりや理念、富士山という大自然の麓にある地域ならではのまちづくりについて伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)


堀内市長(上)へのインタビューはオンラインで行われた(出典:官民共創未来コンソーシアム)

 

期を重ねるごとに培われた信頼感

小田 前回のインタビューにて、富士吉田市が政治的な派閥風土の強い地域であることを伺いました。かつての選挙戦は猛烈で、当選した市長を支持しなかった職員は閑職に追いやられるなど、庁内人事にも大きな影響を及ぼしていたそうですね。そんな状態から堀内市長にバトンが渡ったわけですが、組織の立て直しはどのように行ったのですか?

堀内市長 かつては1期ごとに市長が代わり、そのたびに支持派と不支持派の観点から職員異動が行われていました。これを私の代から、実力主義の評価基準に変えました。これにより、職員全体のモチベーションが大きく上がりました。

私は職員は行政のプロだと思っています。だからこそ、プロの能力や意見を最大限に生かして行政運営をすることが何よりも大切だと考えています。もちろん、市長の意向による多少の〝味付け〟はありますが、それを具体的に形にしていけるのはやはり職員です。ですから1期目は「役割は違えど同じ目線に立つ」ということを心掛けました。そうした関わり方の継続が次第にチームワークにつながり、成果を生み出せる好循環が生まれたのではないかと思っています。

 

小田 「実力主義に変えた」とさらりとおっしゃいましたが、実際に職員一人ひとりの能力を見極めるには時間がかかると思います。1期目で組織が形になったのでしょうか?

堀内市長 1期目は職員の顔と名前を覚えるのに精いっぱいでした。能力や個性がだんだん分かり始めたのは2期目から3期目です。日々の業務の様子からそれぞれの適性を見出し、能力が生かせる部課に配置を行いました。各部課のチーム力が上がってきたのはそれからですね。

 

小田 やはり1期のみでは、政策も組織改革も前に進みづらいですよね。

堀内市長 ある程度の時を重ねるからこそ成せることはあります。政策や組織づくりもそうですが、外との信頼関係もそうです。かつての富士吉田市は、広域行政の中で周辺自治体からあまり期待をされていませんでした。「1期で市長が交代してしまうから」という理由です。私自身が県や国に陳情に行った時も、「富士吉田市は計画が途中で終わったりすぐ変わってしまったりする」と何度も苦言を呈されました。信用がなかったのです。それが、2期、3期、4期、5期と期数を重ねることで、だんだん市の主張が理解され、連携や協力を頂けるようになりました。

このように信頼関係が強固になることは、長期政権によるメリットの一つだと痛感しています。

 

小田 「まちづくりは百年の計」といわれるように、実を結ぶまでに長い時間がかかります。期数を重ねることで信頼感が確たるものになり、時間軸が長く予算規模の大きな施策の実現可能性も高まるのだと思います。

堀内市長 人脈の広がりや発言の影響力は、期を重ねるごとに大きくなってきたように感じます。2期目と3期目では「安心安全なまちづくり」をテーマに、防災・減災対策に注力しました。避難道路を確保するためにスマートインターチェンジを2カ所新設し、従来あった2カ所と合わせると四つのインターチェンジを市内に設置することができました。5万人弱の人口規模で、四つもインターチェンジがあるまちはそう多くはないと思います。

富士山噴火に備えた砂防事業にも着手することができました。将来的に数百億円の工事費がかかる計画ですが、国や県、そして静岡県の協力も得ながら進められています。

期を重ねていくことで、国や県、周辺自治体との関係性が深くなり、補助金などもしっかり確保できるようになったと感じます。将来を見据えた投資が行えるようになりました。

 

小田 堀内市長が誠実な姿勢を長期にわたり貫いてきたからだと思います。

堀内市長 おかげさまで、いろいろな計画が順調に進んでいます。

直近では、高齢者の移動の問題を解決しようと、無人電気自動車(EV)バスによる交通網の整備に取り組んでいます。市内での実証実験を進めており、来年度から本格的に運行を開始する体制で進めています。また、富士河口湖町から富士山の5合目までを結ぶ有料道路「富士スバルライン」を走るシャトルバスにも無人EVバスの導入を考えています。今年の9月に実証実験を予定しています。

 

小田 新たな施策の展開により、市民の皆さんの暮らしがさらに豊かになりますね。

 

自然との共生を目指して

小田 富士吉田市の総合計画の基本理念には、「富嶽共創」という言葉が書かれています。これは富士山の麓のまちならではの価値観だと感じました。この基本理念について詳しくお話しいただけますか?

堀内市長 富士山は日本人にとっても心の拠りどころですね。この地域には、昔から富士山信仰の文化が根付いています。江戸時代から昭和初期には富士講(富士山を信仰する庶民によって構成された団体の代表が富士山を参詣する慣習)が流行し、続々と富士山を登る人がやって来ました。そんな参拝の歴史の中で栄えていったのが富士吉田市です。この歴史文化を生かしたまちづくりをしていこうと、総合計画の基本理念に「富嶽共創」と記しました。

市のウェブサイトには富士山がシンボリックに掲載されている(出典:富士吉田市ウェブサイト)

「富嶽共創」をさらに具体的に説明すると、三つの宣言に分かれます。一つは、「常に富士の雄姿と共にある、それを誇りとし、その環境を守り抜く」です。富士山と共に暮らしがあることに誇りを持ち、豊かな自然環境や景観を大切に守り、将来に残す責任を果たそうという意志です。二つ目は「富士の恵みを共に活かし、新しい魅力を生み出し、人を呼ぶ」です。富士山と共に刻んできた歴史と独自文化をまちづくりに生かし、人を惹き付ける魅力へと昇華させます。三つ目は「富士と人の力で共にまちをつくり、将来に引き継ぐ」です。市民や行政、民間事業者や団体などさまざまな主体が役割を分担し合い、「協働」でより良いまちをつくり、次世代に引き継ごうとの意志が込められています。

 

小田 堀内市長が富士山を大切に思う気持ちが伝わる基本理念です。富士山にまつわる施策は何かお考えなのでしょうか?

堀内市長 国の観光政策の一環として「国立公園満喫プロジェクト」が立ち上がったことで、山梨県が「富士スバルライン」に鉄道を敷く計画を検討しています。しかし私どもとしては、先ほどお話しした基本理念の中にある「富士山の自然環境を守り、次の世代へ残す」考えを重視しているため、慎重に議論を重ねています。

 

小田 市長は、富士山の豊かな自然環境の保護と観光政策が共存できる道を探っていらっしゃるのですね。

堀内市長 富士山は、私ども地元住民にとっては神の山です。信仰の対象です。保護して次の世代へつないでいくのが使命だと思っています。現状の富士山は、すでにオーバーツーリズム(観光公害)の状態です。特に近年は弾丸登山(宿泊予約をしない、夜中から明け方にかけての登山)が殺到し、山道が動くに動けない大渋滞になる事態が起こりました。一部の登山客は、寒さに耐え切れずに山小屋のトイレの中に閉じこもったり、山小屋の板を外して焚き火の燃料にしたり、登山道に寝袋を敷いて寝てしまったりしました。低体温症や高山病にかかる人も急増しました。

この危険な状態を放置しておくことはできません。ですから今年からは山梨県において、県独自の入山規制が行われます。夜間に登山をする場合は山小屋の宿泊予約が必須です。また、1日当たりの登山者数を原則4000人に制限します。登山口では1人2000円の通行料を徴収することも決定しました。静岡県などと共通で集める富士山保全協力金1000円(任意)とは別に徴収する形です。

 

小田 自然環境の保護もさることながら、人命にも関わる問題です。あえて規制するという判断は大切なことだと思います。

堀内市長 実は、富士山保全協力金を集めようと発案したのは私です。2期目の時です。入山料を徴収することで財政再建につながると考えたからです。しかし当時は、県にも周辺自治体にも良い顔はされませんでした。まだ2期目でしたから、信用が足りなかったのでしょう。諦めずに静岡県を含めた富士山周辺の自治体を巡り、市町村長と話し合いを続けました。するとだんだん私の話に耳を傾けてくださるようになりました。

そんなタイミングで富士山が世界遺産の認定を受け、登山者が殺到するようになりました。周辺自治体の皆さんも環境保全の観点から規制が必要という考えになり、静岡側と山梨側の登山口で一斉に、富士山保全協力金が導入されました。

 

小田 「富嶽共創」の理念に基づき粘り強く交渉し続けた結果ですね。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年7月8日号

 


【プロフィール】

堀内市長プロフィール写真堀内 茂(ほりうち・しげる)

1948年東京都出身。ホテルオークラ等複数の民間企業に勤務した後、富士吉田市に移住。87年から山梨県議会議員(1期)、その後しばらく政治から離れるも、2007年に富士吉田市長に就任。現在5期目。

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