
北海道網走市長・水谷洋一
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2025/03/12 暮らしの安心安定を基盤とした「相互扶助」のまちづくり~水谷洋一・北海道網走市長インタビュー(1)~
2025/03/13 暮らしの安心安定を基盤とした「相互扶助」のまちづくり~水谷洋一・北海道網走市長インタビュー(2)~
2025/03/19 「妄想から構想へ」市民の声から始まる政策~水谷洋一・北海道網走市長インタビュー(3)~
2025/03/21 「妄想から構想へ」市民の声から始まる政策~水谷洋一・北海道網走市長インタビュー(4)~
子どもの医療費・給食費の完全無償化を実現
小田 網走市は子ども医療費や給食費の完全無償化を実現しています(子ども医療費に関しては、2024年8月1日より高校生相当までの医療費が無料に)。これらの施策に関してのお考えを伺えますか。
水谷市長 子育て支援に取り組む際、一つの重要な気付きがありました。それは、「少子化対策と子育て支援は別の政策として考えるべきだ」ということです。まずは子育てしやすいまちづくりを進めなければ、若い世代が網走市に定着しないという危機感がありました。
市は農業・漁業を基幹産業としており、世帯所得水準は道内でも決して低くはありません。一方で、3人以上のお子さんを育てている家庭からは、世帯年収が多くても子どもの数が多いために生活が楽ではないという声がありました。
所得制限が設けられたこれまでの子育て支援制度では、こうした世帯は支援の対象から外れていました。そこで市は、世帯の所得に関係なく子育てを応援していく必要があると判断し、子ども医療費や給食費の完全無償化に踏み切りました。
小田 子ども医療費や給食費の完全無償化に関しては、必ずと言っていいほど財源確保が問われます。網走市の場合はどのような方針なのでしょうか。
水谷市長 財源としてふるさと納税を活用しています。網走市は年間約20億円のふるさと納税を頂いており、給食費にかかる年間約2億円はその一部で賄うことができています。
医療費の無償化については庁内でも議論がありましたが、実際に医療費の全体を見ると、最も割合が大きいのは高齢者です。子どもの医療費は全体から見れば限定的な金額です。
子どもが病気になったときは、その家庭の所得に関係なく手を差し伸べるべきではないでしょうか。そうした考えをもとに、所得制限を設けない医療費の無償化を決断しました。
公共サービスの需要と供給のバランス
小田 子ども医療費の無償化に関して、実施に至るまでの課題や注力した点があればお聞かせください。
水谷市長 「需要と供給のバランス」は特に意識した点です。医療費を無償化すると、必ず医療サービスの需要は増加します。しかし、医療の供給体制が整っていない状態で需要だけが増えると、医療機関は疲弊してしまいます。
そのため網走市では、先ほど述べたように四つのクリニックを誘致して地域医療の基盤、つまり供給面を強化し、その上で子ども医療費の無償化に踏み切りました。
小田 助成金施策において、供給体制の整備を優先されたというのは興味深い視点ですね。需要の前に供給を整えるという考え方は非常に理にかなっていると感じます。
水谷市長 給付事業は市民の需要を増加させますが、供給が追い付かないとサービスが機能不全に陥ってしまいます。そのため、新しい施策を実施する際は、まず供給側の体制をしっかりと整備し、その上で需要に対応していく必要があります。
この考え方は医療政策に限らず、公共交通など他の政策分野でも同様のことが言えます。
小田 あらゆる施策において適用できる考え方ですね。
水谷市長 需要と供給のバランスは自治体によって異なります。例えば東京ならば財源も供給体制も充実しているため、さまざまな施策を早期に実現できます。一方、地方都市は需要に見合う供給体制の整備が大きな課題となります。
網走市の場合、この数年で医療供給体制を整備できたからこそ、子ども医療費の無償化という施策を実現できました。
私は市長として10年以上の経験を重ねる中で、政策の成否を分けるのは、供給体制の整備と需要喚起のバランスだと実感しています。特にコロナ禍を経て、この視点の重要性をより強く意識するようになりました。
ワクチン接種や検査体制の整備など、需要と供給のバランスが市民生活に直結する場面を数多く経験したからです。
4期の経験に基づく政策判断
小田 23年は記録的な暑さを観測した北海道でしたが、そんな中で網走市は小学校へのエアコン設置を翌年春には実施しました。こちらも「子育てしやすいまち」に通ずる施策ですね。
市のWebサイト上での問い合わせに真摯に対応(出典:網走市)
そして、施策実行までのスピード感は長年の首長経験で得た勘所によるものだと思います。この件についても詳しくお聞かせいただけますか。
水谷市長 網走市では23年7月から8月にかけて30度を超える真夏日が続きました。小学校では窓を開けても熱風が入ってくるような状態だったため、すぐにでもエアコンの設置が必要だと考えていました。
夏頃といえば、政府の補正予算の編成時期が近いタイミングです。そこで私は、同じ考えを持つ道内の首長と共に国に要望を提出し、東京に出向いて要望活動も行いました。そうしてエアコン設置に関する予算を確保しました。
政府の補正予算の編成時期や要望を出すタイミングについては、4期務めていればある程度経験的に把握できます。8月の時点で要望を出せば、年末の補正予算に間に合い、翌年の夏までにはエアコン設置が可能になるだろうという見通しを持っていました。
小田 最近は若手の首長の動向が注目されることが多いですが、個人的には経験の長い首長の方が施策を実行するための打ち手を数多く持ち、着実にまちづくりを進めていると感じています。この件に関しても同様です。
水谷市長 小学校へのエアコン設置に関しては、北海道市長会など首長同士のネットワークも活用させていただきました。確かに、連携の迅速さや深さという意味でも、期を重ねることのメリットはあるかもしれません。
小田 今回は水谷市長の経験に基づく政治手腕に触れるインタビューでした。特に供給体制を整備してから需要を喚起する子ども医療費無償化の施策は印象的です。言われてみれば確かにそうなのですが、「先に供給を整える」という視点は目から鱗が落ちる思いでした。
次回も引き続き、市長の理念である「相互扶助」から具体化された施策について詳しく伺います。
(第3回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年2月3日号
【プロフィール】
水谷 洋一(みずたに・よういち)
1963年網走市出身。87年から95年までJA北海道中央会に勤務。在職中は農協監査士としてJAの監査と経営指導に当たる。
その後衆議院議員秘書、網走市議会議員を務め、2010年12月に網走市長に就任。現在は4期目。