鹿沼公園の官民連携事業に見る、これからのコミュニケーションデザインのあり方(後編)

都市公園法の改正で、都市公園を「不動産」に見立てた活用が一気に進もうとしている。財政が悪化する自治体にとってPark-PFIは大きな可能性を秘める。一方、この制度の導入は、市民とのコミュニケーションデザインが極めて需要になっていく。相模原市で起きた鹿沼公園の再整備計画は、この事例として非常に示唆に富んだプロジェクトだった。行政と市民の双方から巧みにクリエイティブを引き出した相模原市議会の五十嵐千代議員に、この2年の取り組みを聞いた。(前半はこちら

(聞き手=Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴)

あのワークショップに相模原市の職員も参加していて驚きました。それこそ下手をすると、参加者なのに行政職員というだけで、糾弾の矢面に立つことになっちゃうこともあり得るわけで。

 

そうそう。でも、そうなっちゃいけないですよね。だから、行政の人たちには立場を明かさなくていいから来て欲しいってお願いしたんです。あそこにいた職員の中には公園の担当者もいました。行政マンです、っていうくらいは明かしたとしても、公園担当者という立場では参加しにくいてすよね。。だから、そこまでしなくていいと。実際、役割として来てもらう必要はないんです。


えー、そうなんですか。それはすごいことだなぁ。「役割として参加しなくていい」というのは、ポイントかもしれないですね。全国の自治体関係者がこの話を聞いたら驚くと思います。

私はとにかく、あの様な場を経験して欲しかったんです。行政の人にも、市民にも。通常、こうなっちゃうと、賛成か、反対か、しかないって思いがちじゃないですか。でも、そうじゃなくて、本当はもっとクリエティブで建設的で、思ってもみなかったアイデアだったり、こんな考えもあるんだって気づく場を作りたかった。例えば、反対している人だって、この人はなんで賛成しているのだろう、ということを知ったほうがいいし、賛成している人もなんでこの人は反対しているのかを知って欲しかった。そのためには、どの人も役割や立場を超えて、一人の人間として素直にその場を経験できる環境が必要だと思いました。

加えていうと、行政の人には、こういう場も設計次第では怖くないよってことを知って欲しかったんです。あのワークショップをやって、よかったのは、ある職員さんが「こんなにも市民が公園やまちのことを考えてくれてるんですね」って言ってくれたことです。多分、日常の業務の中で、市民の思いを聞ける場面ってないんですよ。だから、あのワークショップに参加して喜んでいました。

僕は、あの状況で一番リスク負っているのは、五十嵐さんだなって思ってました。選挙も近いし、さっきおっしゃっていた様に、あの状況だと賛成か、反対かで市民も立場がはっきり分かれちゃっていたので、五十嵐さんが言うような、ゴールを求めず、まず関心を高めると言う設計は、賛成派からも反対派からも、総スカンを食う可能性があった。

そうかもしれませんね。確かに後援会からもそれはすごく言われました。特に中心メンバーからは止められました。賛成派と言われる中には地域の重鎮もいらしたし、きっと変えられない可能性も高くて、そうなると異論を唱えている人たちからも「結局、五十嵐さん、何もできなかったじゃん」って言われて、誰からも評価されないから、止めておいたほうがいいって。

それでも、やろうって思えたのは何故なんですか?

それは正直に、あの街がもっと価値があるはずだって思ったからです。私の中で、あの街の未来に対するイメージとかビジョンがあったし、それがみすみす、市民の声を十分に聞かないままにこんな計画になっちゃうのはすごく残念だと思いました。

内容と進め方が旧態然としていて、地域の代表者に説明すればいいっていう行政の姿勢とか。地域の代表者の方々もかわいそうで、地域に周知するよう、行政には言われてなかったから、上の人だけが説明を聞いて終わっちゃっていて。そして、より重要なことは市民の存在です。心から「こんな進め方は嫌だ。こんな計画は嫌だ。」と思った市民がたくさんいたのに、当初はその声に耳を傾ける議員が他にはいませんでした。

私はリスクを背負うかもしれないけど、でも、政党に所属しているわけではないから縛りはないし、私がやらなければ誰もやらない。何かを恐れて私が行動しなかったら、私が議員である意味がないと思っていました。私自身は議員になってから、声が届かない人たちの声を聞くことがテーマだったから、余計に。

それって昔からあったんですか?例えば、みんなの党の時は僕も一緒の時期がありました。

ありました。議員になる、ならないに関係なく、もっと昔から。無視されている声みたいなのはあって、そこにヒントとか、大事なポイントとか、隠されていると思うんですよ。世の中で言うところの「当たり前」はみんなに見えているし、解っているんだけど、見えてないところに実は本質があると思うんです。そう言うところを無視しちゃうと、成長が止まるというか。

最近、小泉環境大臣が「セクシー発言」でちょっと叩かれていたじゃないですか。発言の中身をきちんと説明できなかったのはいただけませんが、あの「セクシー発言」の意図は分かる気がします。反対運動に対する毛嫌いってあるじゃないですか。「私たちそうじゃないです」って言っても、「反対運動でしょ」っていうレッテル貼りというか。だから、「こんなに楽しいことやっているよ」って言える形にしたかった。本当はこういうチームビルディングを行政がやれたらいいんでしょうけどね。

おすすめの記事