黒部一隆・環境省総合政策課政策企画官
(聞き手)Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友
2022/1/14 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(1)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜
2022/1/16 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(2)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜
2022/1/19 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(3)〜 デジタルで解決すると、アナログが輝く 〜
2022/1/21 移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(4)〜 デジタルで解決すると、アナログが輝く 〜
企業の好事例に学ぶ
田添 人々がどんな移動手段を用いて、どこに向かっているのか。そこでどれだけのCO2が発生しているのか。「見える化」された移動データの使い道は広そうですが、黒部さんが好事例だと思われるものを教えてください。
黒部氏 国土交通省でも好事例として取り上げられたものですが、埼玉県川越市のイーグルバス株式会社というバス会社の経営改善の事例です。
イーグルバスは移動データの見える化と分析を通じ、運行状況の最適化とCS(顧客満足度=Customer Satisfaction)向上の両立に成功しました。バスの乗降口にセンサーを取り付け、いつの便に、どの停留所で、何人乗り降りするかのデータを取ったのです。
ここまでのデータ取得はありふれた事例かと思いますし、乗客数を見える化した上で、乗客数が振るわない路線の再整理は検討されるかと思います。
しかし、イーグルバスはさらに乗客に対し、バスに乗る目的についてのアンケートを行いました。買い物に行くのか、病院に行くのか、通勤・通学か、それとも観光かというふうに、どの路線にどんな目的で乗っている人が多いのかまで、見える化しました。
ここからイーグルバスが取った戦略は「『経営の改善』と『顧客満足度の最大化』の二兎を追う」というものでした。
もう少し具体的に申し上げると、「乗客の目的に合わせて運賃を調整する」でした。例えば、運賃に比較的こだわりを持たないと想定される観光目的の乗客が多い路線と、通院や通勤・通学、買い物目的の乗客が多い路線で、運賃の扱いを変えました。
実は鎌倉市での議論にも、このロジックを援用させていただきました。
移動データの見える化と政策への反映は、何のために行うのか。市町村の交通基盤は行政コストの塊です。
道路の新規整備やインフラの維持を含め、多額のコストを要しており、日々これを利用する市民の満足度や生命・身体の安全に深く関わっています。
行政は市民の移動データを深く分析した上で、「市民の満足度」と「市財政の効率的執行」を追求するべきだと考えています。
環境行政から、だいぶ脱線しているように聞こえるかもしれませんが、弱者に優しく、ウオーカブルなまちづくりについて議論することは、最終的には脱炭素なまちづくりにつながっていくと確信しています。
脱炭素だけではありません。例えば住民の移動を見える化し、分析したデータを基に、ウオーカブルなまちづくりを行ったとしましょう。1日の歩数を1500歩増やすことは、NCD(がんや糖尿病、循環器疾患など)の発症・死亡リスクの2%減少に相当するとされます。歩くことで住民の健康は向上しますから、自治体が負担する健康保険料の改善につながる可能性があります。
実際に、富山市は「歩くライフスタイル戦略」(2019年3月)の中で、「歩くことによる医療費の抑制効果は(1歩につき)0.065〜0.072円である」との試算結果を明らかにしています。
このように移動データの分析をめぐる多面的な議論ができると、とても良いと思います。
田添 行政がデータを活用したまちづくりを行うに当たり、気を付けなければならないことはありますか?
黒部氏 ある程度の仮説を持った上で、見える化するデータの範囲をきちんと設定することが大事です。何でもかんでも見える化すると、単に情報が詰め込まれただけの使いづらい生データができてしまいます。ですから仮説の推計と、それに基づいた事前の調査設計が肝心です。
仮説を立てるに当たっては、それぞれの自治体が「データを使って、まちをどう変えていきたいか」という方向性を明確にした方がいいと思います。
例えば自転車走行の安全性を高めたい、中心部への自動車の乗り入れを制限してウオーカブルを進めたいなど、いろいろあると思います。自治体ごとの方針に沿ってデータを収集し、読み解く必要があります。
これはイーグルバスのヒアリング時に伺ったことですが、「PDCAを回す前に、まず見える化する」ことが重要で、さらに「仮説を立て続け、見える化の仕組みを拡充する」ことで、初めてデータ活用と言えます。
データを収集しただけでは何も変わらないので、具体的な改善策(次の仮説)を試してみて、その結果のデータから、また次の打ち手を考えていくサイクルが回せると良いと思います。
ただし、生のデータを見ながら仮説を立て続けていくのは、とても苦しいのです。それでも、そこから何か新しいアイデアが出てくれば、まちの新しい力になります。これを一緒にトライしたいと思われる方は、ぜひ私にお声掛けいただければと思います。
田添 私は「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」に取り組んだ富山市へ視察に行ったことがあります。同市はコンパクトシティーの形成に積極的ですが、市長のお考えの中に「人が動くのは『楽しい』『おいしい』『おしゃれ』がキーワードになる」というのがありました。
まちにその三つの要素があるから人は集まり、歩き、笑顔になるのだと私は解釈しました。ですから黒部さんがおっしゃるウオーカブルなまちづくりとは、まちの魅力を取り戻す活動なのだと思います。
黒部氏 昨今のテクノロジーの進化は目覚ましいですが、例えば「デジタルツイン」「メタバース」といったような仮想現実の話が出てきたとしても、やはり私たちの体は地域に残っています。近所の風景がシャッター街だと悲しくなりますし、移動がつまらなければ、なおさら近隣を出歩かなくなります。
そうではなく、歩いていて楽しいという地域をデザインできれば、地域の経済循環に良い影響が出てくるのではないでしょうか。
移動データを分析する上で、実は「移動」だけでなく、「止まっている」ことも大事なデータです。15分以上動かないログは、その場所で何らかの経済活動、飲食や物の購入を行っている蓋然性が高いのです。
そこから、まちの中で高校生や高齢者がどんな場所に集まり、経済活動を行っているのかを描き出すことができます。地域経済の活性化に向けた仮説も立て得ると思います。
まちの魅力という意味では、やや抽象的な話になってしまいますが、私の中では「デジタルで解決すると、アナログが輝く」というイメージがあります。デジタルによって移動が効率的になれば、今度はアナログである「歩く」の輝きが復権してくるのではないでしょうか。
実際、キャンプブームが起こっていますが、今の時代は別にキャンプをせずとも生きていけますよね。それでも魅力を感じて趣味にする方が増えているのは、デジタルで生活が効率化され、キャンプをしなくてもいい状況がそろったからこそ、キャンプの不自由さ、アナログの部分が輝いているからだと思います。
新型コロナウイルス禍でさまざまな制約が起き、まち歩きそのものが減っているのかもしれませんが、人間は本来、歩く生き物です。ですから、データドリブンのまちづくりとウオーカブルなまちづくりは表裏一体です。
次の「見える化」へのチャレンジ
田添 最後に、黒部さんが今後取り組んでいきたいことを教えていただけますか?
黒部氏 「見える化」に関しては私自身の軸でもありますので、引き続き取り組んでいきたいと思っています。
現在、移動データを使った脱炭素のまちをつくるプラットフォームの構想があります。例えば「脱炭素まちづくり杯」のような名称で、全国の自治体から「移動データを使った交通安全」「移動データを使った高齢者の見守り」など、地域独自の取り組みを募集するような感じです。こういう、脱炭素のまちづくりを日本全体で盛り上げられる場を提供できたらと考えています。
もちろん、行政だけですべてできるとは考えていませんので、民間の方のお力も借りながら官民共創で進めていければと思っています。
それ以外では、熱や電気の見える化にもトライしたいです。
例えば電気の話をすると、今はオール電化の家が増えてきていますよね。オール電化にすると電気料金が下がるので住人はエコだと思っているのですが、今は原発が止まっていますから発電方法が火力です。CO2が出ることになるので、この先の環境のことを考えると、やはり見える化は必要だと感じています。
それからもう一つ、子どもたちに自然体験の素晴らしさを伝えていく活動もできればと思っています。
昨今はデジタルトランスフォーメーション(DX)が至るところで叫ばれており、私が取り組んでいる移動データの見える化もその一端と位置付けていますが、結局「何のためにDXをするのか」という点がとても重要で、その先にはやはり人の幸せがあるべきだと思います。
その幸せをつくるという意味で、子どもたちに豊かな自然体験をしてもらうことは効果的だと思っています。例えば寝転がって星を見るとか、たき火をするとか、カエルを捕まえるとか、そういったアナログの輝きを共有しながら、子どもたちの創造性を育んでいきたいです。
【編集後記】
データを収集して読み解くことは、人の行動や意識、感情から目をそらさずに真っすぐ向き合うことである──。そんなメッセージを黒部さんのお話から受け取りました。
世界的に喫緊の課題である地球温暖化対策ですが、人々が恒常的にCO2排出量を抑えた生活を送るには、そもそもの地域の暮らしやすさ(まちのデザイン)から考えていかなければなりません。その起点であり、すべての施策の土台となるのが「データ」です。
「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」は、持続可能な地域を目指す自治体すべてに実施していただきたい取り組みだと感じました。
本稿を通じて、デジタルの活用でアナログが輝くイメージを共有できる自治体が増えていくことを期待します。
【プロフィール】
黒部 一隆(くろべ・かずたか)
環境省総合政策課政策企画官
2002年12月に環境省入省。07~08年に九州地方環境事務所課長補佐を務め、地域活性化やエコツーリズムの推進に携わる。09~11年 資源エネルギー庁再生可能エネルギー推進室長補佐。11~12年 民主党政権下で環境副大臣秘書官。13年から福井県に出向。17年に環境庁に復帰。環境再生・資源循環局環境再生施設整備担当参事官補佐、官房環境計画課長補佐を経て現職。