「生え抜き」ならではの采配~髙橋勝浩・東京都稲城市長インタビュー(1)~

東京都稲城市長 髙橋勝浩
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2023/07/11 「生え抜き」ならではの采配~髙橋勝浩・東京都稲城市長インタビュー(1)~
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2023/07/18 基礎自治体・広域自治体・国の役割分担~髙橋勝浩・東京都稲城市長インタビュー(3)~
2023/07/21 基礎自治体・広域自治体・国の役割分担~髙橋勝浩・東京都稲城市長インタビュー(4)~

 


 

東京都稲城市の髙橋勝浩市長は、行政組織を内側から長きにわたり見続けてきた「生え抜き」の首長です。1985年に稲城市に入り、市立病院医事課長、財政課長、会計管理者、生活環境部長などを歴任した後、2011年4月に市長に就任しました。また消防団員を14年間、経験しました。

今回はそんな「生え抜き」の首長ならではの視点や、行政を熟知しているからこそできる采配について伺いました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

3年かけて組織改正

小田 自治体の組織づくり、行政の広域化、そして基礎自治体・広域自治体・国の役割分担に関する考えをお聞きしたいと思います。まずは組織づくりです。就任当初に着手したことを教えていただけますか?

髙橋市長 最初に手を着けたのは組織改正でした。組織改正にはさまざまな形がありますが、従前は業務分担や人材配置をあまり変えずに、何となく課の名称を変えるだけにとどまる傾向がありました。私は職員時代からこのような改正に違和感を覚えており、もっと根本的にゼロベースで組織づくりができないかと考えていました。そこでまず機構改革に着手しました。

組織づくりと密接に関連するのが人事任用制度や給与制度です。これについても成果主義が早くから導入されていましたが、どちらかと言えば罰則に主眼が置かれていました。怠けている職員は減給になるなどシビアな内容で、その恐怖政治的な在り方の影響で庁内の雰囲気は殺伐としていました。そこで減点式の評価から、ベースを担保した加点式の評価に変更しました。

市長就任後にすぐに着手し、3年かけて人事課を中心に組合と協議し、職員の意見も反映しながら制度をつくっていきました。その結果、組織改正・人事任用制度・給与制度について、思い描いていた通りのものができました。

 

小田 具体例を伺えますか?

髙橋市長 縦割り組織を目的別に機能する組織となるよう、機構改革を行いました。例えば幼稚園への支援、私立学校に関すること、保育園の運営、私立保育園への支援、児童手当の支給などは総務部、福祉部、教育委員会と別々の部署で所管していましたが、それを「子ども福祉部」としてまとめました。業務の内容によってまとめた方が良いものは、集約するようにしました。

 

小田 人事課に信頼の置ける職員がいたのですか?

髙橋市長 「生え抜き」で市長になったので、部長や課長、一般職員にかかわらず、誰がどこに配属されているかは知っていました。ですから人事に関しては、就任当初から積極的に関わっています。特に部長、課長、係長の異動については、一人一人の配置を総務部長や人事課長と合議しながら決めています。

外部から就任した首長は、庁内の人事に口を挟まないことも多いのです。トップが代わり、それに合わせて政治任用のような形で幹部職員もがらりと代わると、これまで職員が培ってきた能力や積み上げてきた実績が無視されたように映るからです。これに対し、私は職員から市長になっていますから、人事にはどんどん口を出します。採用に関しても最終面接は私が行っています。

 

小田 外部から就任した首長は庁内の様子が分からず、人事に関与しづらいケースが多いようです。最初の副市長選任に頭を悩ませるとも聞きます。その点で髙橋市長は異なります。どのような基準で副市長を選ばれたのですか?

髙橋市長 副市長は、いわゆる一般職ではありません。行政のナンバー2であると同時に、市長と一緒に選挙や議会対策を行う政治家だと考えています。そうした思いを持つ方を選びました。市長選を共に戦ってくれた職員経験者です。

就任当時、全国青年市長会の中で、ナンバー2の人事について意見交換する機会がありました。外部から就任した20~30代の若い首長たちは「職員と距離がある」「外部から連れて来た幹部職員が組織になじめない」といった課題を口にしていました。改革というのろしを上げたものの、行政を熟知しない人材を投入したことで組織内にあつれきが生じてしまったのです。

「生え抜き」市長である私には、民間人材を副市長に選ぶという考えはありませんでした。市長は政治家であると同時に行政の長でもあるため、行政を安定的に采配する必要があります。従って、副市長も行政をよく知る人物であるべきだと考えています。そうした考えをベースに副市長の人選を行いました。

 

単独消防を選択した理由

小田 稲城市は東京都内の区市町村で唯一、単独で消防組織を運営しています(島しょ部を除く)。特別区や他の市町村が東京消防庁に業務委託しているのに対し、稲城市が単独消防のスタンスを取った経緯や理由は何だったのでしょうか?

髙橋市長 私は1986年4月から2000年3月まで稲城市消防団に所属していました。ですから消防については熱い思いを持っています。

消防組織法によると、市町村は消防本部または消防団本部を置かなければなりません。本部設置の責任は都道府県でなく市町村にあります。東京都の場合、もともと23特別区の消防事務は都が行っていました。

多摩地域(26市3町1村)では、地方自治法に基づく事務委託が進んできました。各市町村の財政や人口の規模、行政組織の整備具合にばらつきがある中、それぞれで消防本部を設置することは難しいだろうという理由からです。

しかし、稲城市には「おらがまちは自分たちで守る」という意識が強くありました。このため単独消防という形で、消防体制の強化に努める道を選びました()。

 

図(出典:稲城市ウェブサイト)

 

小田 そうした強い意識が生まれたきっかけは何だったのでしょうか?

髙橋市長 阪神大震災の被害を目の当たりにしたとき、相当な危機感が生まれました。常備消防だけでは対応し切れない。自衛消防隊も活動するが、間に合わない。こうした様子を見て、やはり地域に根差した防災組織が必要だという意識が生まれました。

決定打となったのが東日本大震災です。何もかもが立ち行かなくなる状態になり、消防の即応体制の重要さを痛感しました。機動力を考えると、常備消防は自分たちで有していた方が良いと判断したのです。稲城市は消防委員会が今後10年の消防計画を作っています。毎回の更新時は、もちろん消防の在り方について議論します。現時点では今後も単独消防でいく方向です。

 

小田 消防団に14年間在籍していた髙橋市長から見て、単独消防のメリットは有事の際の即応性ということでしょうか?

髙橋市長 防災も含め、24時間365日の体制が築けることです。

実は東京消防庁への業務委託に、防災は含まれていません。ですから委託している市は、役所内に防災担当を置いています。つまり火災や救急、災害対応は東京消防庁が、防災は市が担当するという構図になっているのです。

私は、防災と災害対応は本来シームレスに行うべきものだと考えています。防災と災害対応に切れ目ができると、有事の際に防災担当の職員が集まらないということも起こり得ます。役所の防災組織が24時間体制になっていないケースがあるからです。そうすると災害対策本部の立ち上げに支障が生じ、初動が遅れます。こうしたことが考えられるため、消防は防災も含め、24時間365日稼働できる体制が望ましいのです。

 

稲城市は防災課を消防本部に設置しています。そこには24時間3交代制の消防職員がいます。ですから大規模災害時には、私の要請からおおむね5分以内に災害対策本部が立ち上がります。私は市役所まで徒歩15分で行ける距離に住んでいますから、実質的に20分あれば災害対策本部が稼働します。こうした体制が取れることを考えると、消防組織を自前で持つ以外の選択肢は、今のところ考えられません。これは私だけでなく、消防委員会や市民の意向も含めてのことです。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年5月29日号

 


【プロフィール】

東京都稲城市長・髙橋 勝浩(たかはし かつひろ)

1963年生まれ。早大政経卒。85年東京都稲城市に入り、市立病院医事課長、財政課長、会計管理者、生活環境部長などを歴任。2011年4月稲城市長に就任し、現在4期目。1986年4月から2000年3月まで稲城市消防団に所属。

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