セクショナリズムの壁は「関わり続けて」越える~吉田信解・埼玉県本庄市長インタビュー(4)~

埼玉県本庄市長 吉田信解
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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後世にバトンを渡す役目

小田 吉田市長が庁内のコミュニケーションを活性化させたことで、組織の様子は随分と変わったのではないでしょうか?

吉田市長 確かに職員の意識は変わっているかもしれませんが、人の入れ替わりもあります。必ずしもコミュニケーションだけが影響しているとは言えないかもしれません。私に見えていない課題は、まだたくさんあることでしょう。現実をしっかりと認識することが大事だと考えています。

 

小田 「自治体の課題とは?」と考えを巡らせていくと、最終的には人の問題に行き着きます。物事に対して各人がどのように感じ、何を思うのか。心を通わせ、互いに納得できる着地点を探すことが求められます。

吉田市長 私も職員には、そのようなことばかり話している気がします。むしろトップという立場であれば、物事を具体的にどうやるかよりも、その在り方について伝える方が良いと思っています。その仕事は何のためにやるのか。どういう目的や意味があるのか。それらが曖昧な案件を職員が上申してきたときには、はっきりと指摘して差し戻します。結局、腹落ちしないことには仕事を完遂できません。

 

小田 首長の仕事は数十年後、長ければ100年後に残ります。腹落ちするとともに、覚悟を持って取り組まなければなりません。相当なプレッシャーを感じているのではないかと思うのですが、いかがですか?

吉田市長 やりがいを感じています。時間軸のバランスを見極めるのは難しいところですが……。例えば私が今取り組んでいることは、10~20年先には確実に影響があると言えるでしょう。しかし、目まぐるしく変化する時代の中で、50~100年先を正確に捉えることは難しいです。

遠い未来を見過ぎるが余り、10~20年先を犠牲にするのは違和感があります。近い未来も遠い未来も等しく大事です。

 

小田 確かにそのバランスには正解がありません。どの首長も悩むことだと思います。とはいえ、最終的には決断しなければなりませんから相当な重圧ですよね。

吉田市長 取り組む政策のことを考えて、夜中に目が覚めたり眠れなくなったりすることは時折あります。

 

小田 そういう悩みを他の首長と分かち合うこともあるのですか?

吉田市長 それぞれの自治体によって事情が違います。個別の施策について相談しても、お互いに解を持っていません。それよりも、首長としての姿勢や心構えについて話すことの方が多いです。

 

小田 それぞれのまちの課題は、それぞれの首長が決める他ないのですね。

吉田市長 後世に影響を及ぼす仕事です。「後世にバトンを渡す役目」を担っていると、腹をくくって取り組まなければなりません。今の時点で最善だと思ったことに、ひたすら取り組むのみです。しかし同時に、後世には後世の判断があるとも思っています。後の時代になり、「あれは間違いだった」と評価されたとしても受け止める気持ちで臨んでいます。

 

小田 その覚悟に改めて尊敬の念を抱きます。

吉田市長 今の自分が最善だと思って取り組んだことでも後世で否定されれば、それまでです。身もふたもないような話ですが、それでも将来を見据えて最善の一手を打つと決断するのです。決断できないことが最も良くないと考えています。

 

首長が代わっても続く政策

小田 後世に残すための取り組みについて、具体的にお話しいただけますか?

吉田市長 本庄市は、地理的にも歴史的にも交通の結節点です。新たなバイパスも開通する予定ですが、そこから生まれる人流を地域にどう生かすのか。まちなかの再生も含めた施策を打ちます()。

まちのDNAを引き継ぎ、より良くするための施策です。これは50年先にも良い影響があるだろうと、自信を持って進めています。仮に私が市長を辞めたとしても、次の市長も同じ路線を歩むでしょう。それくらい、まちの特性を生かした計画です。

 

図 市内の土地利用のイメージ(出典:本庄市ウェブサイト)

 

小田 首長が代わったとしても続く政策を考えているのですね。

吉田市長 「この首長ならでは」といわれる個性的な施策を否定はしませんが、まちの将来を考えると、継続性のある施策こそ、市政の中心に据えるのが良いと私は思います。

 

小田 将来を見据えるという観点で、少子化対策や教育に関する考えもお聞かせください。

吉田市長 これに関しては、大きな課題が幾つもあると考えています。まずは、父母が一緒に子育てできる環境づくりです。男性が育児休業を当たり前に取得できるような制度設計が必要です。同時に、若年層の経済的負担を軽くしないことには、出生数は増えないでしょう。

国として取り組んだ方が良いと思うことも二つあります。一つは不登校対策です。生産年齢人口がどんどん減っていく中で、本当は能力を持っているのに発揮できない子どもたちがいます。その子にとっても、社会にとっても大きな損失です。

不登校の子どもにはさまざまな理由や背景があり、それぞれに即した形での支援が必要です。自治体レベルでは適応指導教室を充実させるなど、不登校対策に力を入れているところもあります。しかし、これらの取り組みは本来であれば国が注力すべきことです。少子化で生産年齢人口が減少している今だからこそ、子どもたちがそれぞれの能力を生かしながら社会参加できる仕組みをつくらなければなりません。

こういう発言をすると、「人を歯車としか見ていない」と思われがちなのですが、そもそも誰もが社会の歯車です。人に生かされ、自分も生かすことで社会は成り立っています。自己実現と社会が良くなる方向が一致していれば、それはその人にとっての幸せとなります。

 

小田 一人ひとりが支えられていると同時に、支える側の役目も果たせるような社会にする必要があるということですね。もう一つは何ですか?

吉田市長 私は原則共同親権論者です。既に欧米諸国は大半が原則共同親権の社会になっています。一方で日本は、離婚後に単独親権となります。すると、離婚後の面会などがきちんと行われなくなります。もちろん、ドメスティックバイオレンス(DV)などが原因の場合は親子を引き離した方が良いですが、子どもの目線から見ると、離婚後も両方の親とつながりがあると感じられた方が良い場合もあります。

この世に生を受けた子どもたちが両親の都合によって不幸にならない社会をつくるためにも、原則共同親権の社会にしていった方が良いと思います。これも、国として真剣に向き合わなければならない問題です。

 

小田 市政のテーマに掲げている「支えあいとチャレンジ」は、同時に市長自身の哲学でもあるのですね。

 

【編集後記】

今回のインタビューで最も印象に残ったのは「セクショナリズムが完全になくなることはありません。セクショナリズムは常に付いて回るものです」という言葉です。組織の中で時に臆測が飛び交ったり、構成員が組織の方針に疑問を持ったりすることは、珍しいことではありません。それを放置していると、気付かないうちに組織の統制が取れなくなってしまいます。

吉田市長がコミュニケーションに注力する理由は、セクショナリズムの壁を乗り越えるためでもあったのです。当たり前であるが故に、ないがしろにされがちな「人と関わり続けること」について、本稿がいま一度、見直すきっかけとなれば幸いです。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年7月10日号

 


【プロフィール】

埼玉県本庄市長・吉田 信解(よしだ しんげ)

1967年生まれ。95年から埼玉県の旧本庄市で市議を約10年間務めた後、2005年に市長就任。市町村合併を経て06年に現本庄市の市長となり、通算で現在6期目。真言宗智山派大正院(本庄市)と同大福院(埼玉県深谷市)の住職も務める。

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