新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(後編)

内閣府沖縄総合事務局経済産業部商務通商課サービス産業係長

鈴木圭三

2022/05/03 新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(前編)
2022/05/06 新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(後編)

求められる地域側の主体性

誰を呼び込むかは、地域にとって非常に重要なテーマです。よく混同されるのが、「社会課題をビジネスで解決すること」と「地域課題をビジネスで解決すること」です。この二つは似ていますが異なります。

前者は日本や世界で起こっている問題、抱える課題をビジネスで解決しようというケースが多いので、スケールビジネスを目指している大企業やスタートアップ企業と相性が良いです。後者は、地域で起こっている問題や抱える課題をビジネスで解決しようとするケースが多いので、スモールビジネスであっても直接的に地域の役に立ちたい個人やベンチャー企業と相性が良いです。どちらが良いかという議論ではなく、受け入れる側が違いを理解する必要があるのです。

 

社会課題に挑む大企業やスタートアップ企業がもたらす高付加価値の事業を求めるのか。それとも、地域に貢献したい個人やベンチャー企業がもたらす、日々の暮らしの維持・向上を求めるのか。受け入れに当たっては、大きく経済を回したいのか、地域の生活を守りたいのか、目的を明確にする必要があるのです。

いずれも共通するのは、地域のためになるかどうかは、呼び込んだ後の地域の努力で決まるという点です。事業開発を産業化するためには、地域企業や地域人材にスキル移転されなくてはいけません。ソーシャルビジネスで地域の暮らしを維持するためには、取り組みに経済性がなければいけません。主体性のあるメンバーが地域ビジョン・課題意識を持ち、具体的な活動を起こす必要があるのです。進出企業に依存していては、彼らの目的は達成できても、地域には何も残らないということになりかねません。

 

行政職員に必要な二つの視点

こうした時代の潮流に対し、行政職員は二つの視点を持たなければいけません。一つが「どう地域に生かすか」、もう一つが「時代の当事者としてどう生きるか」という視点です。少なくとも若い行政職員の多くは、既にマルチステージ思考でキャリアデザインを考えているのです。

行政職員は異動が多く、組織の中では与えられたキャリアを生きています。自分の意思は働きづらいのですが、流れに身を任せるだけでは主体的な人生を送ることはできません。その結果、仕事に自信ややりがいを持てないまま、気付いたら年齢だけ重ねているということになりかねません。

公務員にはターニングポイントがあると感じます。「この組織にいても、自分がやりたいことがかなわないのではないか」と思い始めたときです。今やっていることと自分のやりたいことを結び付けて考えられなくなったとき、これまでの選択肢は二つだったように思います。自分のキャリアを生きるために辞めて他の仕事に就くか、あるいはやりたいことは諦めて組織に残り、与えられたキャリアを生きるかです。特に地方の場合、外に飛び出したとしても仕事にするのは難しいので、諦めて与えられたキャリアを生きることになります。

しかし、マルチステージの時代です。選択肢は他にもあるのではないでしょうか。組織に残りつつ、自分のキャリアを生きる方法があるのではないかと思うのです。

 

本稿の執筆に当たり、「やりたいこと」を持っている自治体職員3人とキャリア形成について意見交換しました。1人は、今やっていることと自分のやりたいことが結び付いていました。もう1人は結び付かなかったので、既に辞めて他の仕事をしていました。そして3人目は、結び付いていませんでしたが、残って仕事を続けていました。主体的にキャリアを築いているように見えていたので、彼のことを紹介したいと思います。

彼は学生時代に史学科で学び、好きな歴史文化に関わる仕事をしたいと考えています。異動の時期には毎年、希望を出し続けて20年を超えましたが、いまだにかなっていません。しかし彼は自らフィールドに出て、活動を始めています。歴史のサークル活動に加え、好きな自転車乗りとして地域ガイドも務めています。

 

最初の10年は仕事を覚えることに精いっぱいで、希望を出して、ただ待っていたそうです。次の10年で歴史文化のフィールドワークを始め、自分が適任者だとアピールしたそうです。いまだに希望はかなっていませんが、それを経て考えが変わったといいます。
自分のやりたいことがかなわないとき、組織のせいにするのではなく、「自分が何をするか」と問うたそうです。その結果、キャリアデザインは主体的にできることに気付いたと彼は言います。「今できることをやろう」。それがライフワークで地域に還元することだといいます。

彼の中には地域の未来を創ったり、地域の暮らしを豊かにしたりしたいという思いがあります。「歴史文化」を自身のテーマに設定し、地域に還元したい。彼が公務員を続けるパーパス(存在意義)です。時には担当課と現場をつなぐ役割を担うこともあるといいます。つまり行政と地域のハブ(結節点)です。公務を通じて地域に還元できればよいが、ただ待っていても仕方がない。自身のキャリア形成を考えたとき、公務の活動がすべてではないと知ったそうです。

 

自ら築くキャリアを生きるために

行政職員であっても、自ら築くキャリアで生きるために、二つの行動をしなくてはいけないと考えます。

一つはポータブルスキルを身に付けることで、そのための学びを続けることです。ポータブルスキルとは、環境が変わっても生かすことができるスキル(持ち運びできるスキル)のことです。具体的には「情報収集力」「分析力」「仮説思考力」「問題解決力」「プレゼンスキル」「交渉力」などが挙げられます。マーケティング・IT・クリエーティブ・語学といった能力の習得は、分野を問わず広く活用できます。異動などで「3年たつと、素人に戻る」と悩む人は、ポータブルスキルに目を向けてほしいです。

 

もう一つは、自分でテーマを設定し、パラレルでキャリアを築くことを意識することです。興味がある領域や得意な領域など、自身で設定したテーマなら構いません。外に出て専門性や人脈をつくる。経験値も上げる。公務員だからできる役割があるはずです。同時に活動を通じて身に付けた専門性を、どこか公務で生かせないかと行動し続けることも重要になります。

経済成長を続けていた時代は、やるべきことが見えていました。今はあらゆるものを取り巻く環境が複雑さを増し、将来の予測が困難になりました。先行き不透明な「VUCA(ブーカ)時代」(Volatility〈変動性〉、Uncertainty〈不確実性〉、Complexity〈複雑性〉、Ambiguity〈曖昧性〉)と呼ばれます。だから、私たちに求められることも変わりつつあります。地域の未来に答えを創っていく。それが地方で活動する行政職員のミッションだと思うのです。

 

「収入を増やすだけが、仕事の目的ではない」という社会貢献志向が強まっています。その価値観で言えば、公務員という職業はどれだけ素晴らしいことか。私は民間企業から越境して公務員になりました。だから地域のために100%自分の能力を使える今の環境を、決して当たり前だと思いません。

自分の設定したテーマで、答えを探す。これからの行政職員は、与えられるだけではない。一人ひとりが、自ら築くキャリアを生きていくべきだと思うのです。

 

(おわり)


【プロフィール】

鈴木 圭三(すずき・けいぞう)
内閣府沖縄総合事務局経済産業部商務通商課サービス産業係長

新卒で入ったプロモーション会社で上場を経験。2014年沖縄に移住し、創業50年の印刷会社へ。新事業でまちづくり会社を立ち上げ、地域課題をビジネスで解決する取り組みを実践。20年7月内閣府沖縄総合事務局に入局。民間での経験を生かし、「プロデューサー型公務員」として沖縄振興に取り組む。

スポンサーエリア
おすすめの記事