行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ  ~(後編)

一般社団法人官民共創未来コンソーシアム理事・箕浦龍一

 

2022/06/13 行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ ~(前編)
2022/06/16 行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ ~(後編)

民間との関係性もトランスフォーメーション

公務部門においては長年、法令やマニュアルに基づく定型的な業務処理であったり、公平性という名の下での前例踏襲主義がまかり通っていたりするほか、DXの本質的な考え方に通じる「変化に対応した組織経営」という視点が、なおざりにされてきたように思います。

前回で述べたような行政刷新は、まさに組織経営的な視点から断行されるべきなのですが、そのような視点からの業務の刷新が行われないまま勤務時間の上限規制が先行するなど、行政の現場では混乱が生じている状況も散見されます。

現在、公務部門が乗り越えなくてはならない真の壁は、旧来の社会通念に基づく諸制度の抜本的な見直しや、人々の行動様式の変化に対応する地域デザインの変革など、非常に広範囲かつ根の深いものです。しかし、長年の行政改革で定数削減を強いられてきた行政現場では、役場の業務を担う人数が足りないことに加え、ますます多様化する行政課題に対処するための専門人材の確保もままなりません。

そんな中で、改めてトランスフォーメーションの問いに立ち戻ると、「私たちが本来目指したかった、快適で便利な暮らし方・働き方・生き方」を実現するというゴールを目指すためには、行政が限られた資源(リソース)と旧来の発想だけで課題解決を目指すよりも、外部の企業・事業者や個人との協働(コラボレーション)による課題解決を通じた共創社会を志向していくべきではないでしょうか。

 

「選択肢」が与えられている働き方

 

さて、ここからは「働き方のトランスフォーメーション」という視点で公務労働を見ていきましょう。

近年、働き方を考える上での重要な概念に「ABW」があります。これは「Activity Based Working」「Activity Based Work-Place」の二つを指しており、「そのときの知的創造活動の内容や形態に応じ、ふさわしい働き方・働く場所が選べること」を意味します。

 

コロナ禍で加速したテレワークは、まさにABWの象徴のような働き方です。どこで仕事をするのか、職場や自宅、観光地といった物理的な空間だけでなく、DXで「デジタルワークプレイス」などと呼ばれるサイバー空間も働く場所の選択肢の一つとなりました。前時代では電話やファクス、業務書類など、オフィスに行かなければ使えなかった道具も、今ではスマートフォン1台で持ち歩けます。それ故に、どこでも仕事ができるようになったのです。

しかしながら、いまだに「従業員をオフィスに来させないと心配」と考える組織が多いことも事実です。ワーカー一人一人が「機動的な拠点」として働く場所を選択し、業績・成果につながるような活動ができるにもかかわらず、オフィスに縛り付ける慣習が残っています。

 

インターネット社会の浸透により、人と人のつながり方が多様化しています。それにより、能力とやる気のあるワーカーは今まで以上のパフォーマンスを発揮できるようになりました。

かつて自社のネットワーク内でのみ行われていた仕事を、現在ではウェブを通じ、同じ志を持った他社のワーカーやフリーランスの仲間とつながりながら行うことができます。組織に所属しながらも組織のブランドに頼らず、自分というブランドを持ってプロジェクトに参加し、世の中に価値提供する人も増えています。

志を持ったワーカーは、給料のみを重視しているわけではありません。自分が社会に価値を提供するための舞台として、所属している組織がふさわしいかどうかを見ています。

裏を返せば、このような個人の価値提供に制約となる制度や働き方を求める組織は、ワーカーにとって魅力がないことになります。令和の世で、いまだにリモートワークやパラレルワークを制限しているような前時代的な組織からは、ワーカーが去って行く傾向が強まると考えられます。

 

このことは民間企業の世界にとどまらず、前例踏襲を良しとしてきた行政組織にも当てはまることです。伝統的な日本の組織文化は、若いワーカーを中心に受け入れられないものになってきています。古い体質を継続している役所や大企業は、早期離職や採用難といった問題に直面しています。働くことの本質を真面目に考えている優秀な学生たちの目には、伝統的な日本の組織文化は魅力がないものとして映っているのです。

このままでは、いずれ公務の担い手がいなくなってしまう危険性もあります。これからの時代は、行政も伝統的な組織文化を大きく変える働き方改革が必要なのです。

 

未来志向で再設計を

 

行政サービスを担う公務労働者の中でも、特にミレニアル世代と呼ばれる人々をはじめとした若手世代を中心に、働くことに対する価値観に大きな変化が生じ始めています。

かつて「報酬」として求めるものは、金銭的な処遇(賃金)や組織内での地位向上(昇進)が中心でした。就職・採用を経て特定の組織に帰属し、与えられる職務に精励して、その職務のスキルを伸ばし、キャリアアップを目指すという他律的・組織依存的なキャリアパスが、当たり前であったかもしれません。

しかし今では、個人生活の充実も重視される一方、他者や他の組織との関わり方の中で、自己の成長や提供価値の向上を求める人が多くなりつつあります。

 

彼らの中には、高度なテクノロジーを使いこなし、自身が組織に依存しなくとも社会に対して価値提供が可能と自覚する者も増えてきています。仮に就職したとしても、単一の組織に従属することに飽き足らず、組織外のさまざまなコミュニティーやプロジェクトへの参加を通じて多様な価値を発揮し、自身のスキルアップやネットワーク形成を目指す者が多くみられるようになっています。

新時代のワーカーたちにとっては、年功序列的な昇進や処遇体系など、過度に同質性が求められる人事慣行・組織文化をはじめ、かつては当たり前と思われ、顧みられることのなかった日本の伝統的な雇用慣行や組織風土・文化は、足かせや重荷と感じられるかもしれません。その影響からか、近年は官公庁を志す若者の減少や質の低下、また採用した若手職員の早期離職が急速に進んでいるのではないかと考えられます。

 

このような中で、テクノロジーの革命的進化や人々の価値観の変化、社会ニーズの変化にも対応しつつ、公務部門がその役割を果たしていくためには、もはやワークスタイルやビジネススタイルの抜本的な改革が不可避ではないでしょうか。ここでも重要な問いは「私たちが本来目指したかった、快適で便利な暮らし方・働き方・生き方とは何か」ということです。

 

変化に対応し、かつテクノロジー革命の恩恵を最大限に発揮しつつある諸外国とわが国の国際競争力を考えれば、今までと同じやり方にデジタルを付け足して改善する「デジタル化」では、何の解決にもならないことは明確です。

今、一刻も早く行政が取り組むべきなのは、デジタル技術の飛躍的・革命的な進展を前提としながら、本来目指したい目的や未来に向け、新しい仕組みや制度を再設計することなのです。

 

(おわり)


【プロフィール】

箕浦 龍一(みのうら・りゅういち)
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム理事

元総務官僚。官民共創未来コンソーシアム理事。
総務省時代からワークスタイル改革、テレワークやワーケーションの普及、地方創生、関係人口の創出を通じた自治体や地域企業支援をライフワークとする。2020年11月、一般財団法人行政管理研究センター内に「公務部門ワークスタイル改革研究会」を立ち上げ、研究主幹に就任。企業や官公庁を巻き込み、多角的な研究活動を進める。

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