行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ  ~(前編)

一般社団法人官民共創未来コンソーシアム理事・箕浦龍一

 

2022/06/13 行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ ~(前編)
2022/06/16 行政組織のトランスフォーメーションとは~「できること」から「何を目指したいか」へ ~(後編)


 

現在、国や地方の行政においては、デジタルトランスフォーメーション(DX)が最優先の課題の一つとして注目されています。これは新型コロナウイルス感染症の対応が契機となったものですが、長年、電子行政の遅れを嘆いていた識者の間では、「やっと動きだすのではないか」という期待が高まっています。

主要国との国際競争力を比較すると、日本は低迷しています。1992年まではトップを走り続けていましたが、93年以降は衰退に転じ、長期にわたって低迷し続けているのが現状です。では、この時期に世界では何が起こっていたのでしょうか。それは「情報通信技術(ICT)革命」です。この大きな社会的変化に、日本はついていけませんでした。今、国内でしきりに叫ばれているDXとは、世界的な視点で捉えると20年以上遅れた話なのです。

この20年間は単なる「デジタル化」

世界で初めて、DXという言葉を用いたとされるスウェーデンのエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)教授は、この言葉の意味について次のように述べています。

"The digital transformation can be understood as the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life."(拙訳=デジタルトランスフォーメーションは、デジタル技術が起因し、または影響を与える私たち人間の生活のあらゆる局面における変化と理解することができるのだ)

ストルターマン教授の言葉を借りると、DXとは「デジタル技術の存在や活用を前提とした社会生活のあらゆる面での変化・変革」を意味します。単に「デジタル技術を活用すること」ではありません。両者には明確な違いがあります。

しかし、日本でDXの必要性を指摘する論者や、官公庁のDXをサポートすべき立場にあるITベンダーの関係者の中には、DXを正しく理解していない人がいることも事実です。つまり、DXを「デジタル技術を活用すること」と捉えて話を進めている場合があるということです。

ICT革命がもたらしたものは、社会生活の「環境」や「基盤」の劇的な変化・刷新です。デジタルの存在を前提に、ビジネスのベースも生活スタイルも根本から大きく変わっていきます。それは、今まで当たり前だと思っていたやり方にデジタルを付け足して改善する「デジタル化」ではありません。そもそも「当たり前」自体が変わることを指します。一方で、わが国がこの20年間進めてきたのは「デジタル化」にすぎず、いまだにその考えは根深く社会に残っています。

 

DX時代の発想法

 

デジタル化とDXの発想の違いをお話しします。それは端的に表すと「『できること』から考えるか、『何を目指したいか』から考えるか」です。

従来のデジタル化の思考方法は、「できること」からスタートしています。これだと、今の技術を使って可能なことの範囲でしか発想が広がりません。しかし、今のデジタル技術の進歩の速さは、私たちが夢物語に描いていたようなことまで現実にしてくれています。かつて、SFの世界でしか想像できなかった人工知能(AI)や自動運転は、既に実用化され始めました。いずれ、車が空を飛ぶ時代も迎えることでしょう。

 

私たちは「何をやりたいのか、何を目指したいのか」を直截に考えればよいのです。デジタル技術を熟知する必要も、今までのやり方を踏襲する必要もありません。まずゴールを決めること。次に、ゴールに至る新たなアプローチの仕方を一からデザインすること。これが「トランスフォーメーション」思考です。

私たちが本来目指したかった、快適で便利な暮らし方・働き方・生き方。それらを実現するために、現代の景色や世界観をアップデートし、アプローチの仕方をリデザインしていくこと。リデザインの過程で、デジタル技術が有効であれば用いること。それがDXです。
DXというと、ITやデジタルに苦手意識を感じる方も多いのではないでしょうか。実は、その一番重要な本質は「デジタル」ではなく、技術の飛躍的・革命的な進展を前提としながら、本来目指したい目的や未来に向け、新しい仕組みや制度を再設計することです。そのように考えれば、長年地域の仕組みや制度のデザインに携わってきた自治体職員の本領が、最も発揮しやすい分野ではないかと思うのです。

 

デジタルディバイドを乗り越える

住民や事業者向けサービスのDXを考えるときに、しばしばいわれるのがデジタルディバイド(情報格差)の問題です。

長年進められたICT化についても、行政のほとんどの現場では業務処理にICTを活用しながらも、窓口などでの申請においては、オンラインでの申請ができない方々を念頭に、紙の書類による申請を存置したが故に、業務フローの中でデジタルとアナログが混在することとなってしまっており、かえって職員に過剰な負荷を生じさせ、結果的に申請処理に手間と時間を要するということになってしまっています。DXを前提にデザインする場合、入り口から出口までの業務フローはデジタルで一気通貫となることを前提とすべきです。

 

北海道北見市や埼玉県深谷市で導入されたような「書かない窓口」は、申請段階で市民ではなく職員が端末操作によって処理することで、業務の入り口からデジタルで流れる業務フローを実現するという意味で、注目に値するでしょう。

肝心なことは、デジタルディバイドを言い訳にするのではなく、どう乗り越えるかを考えてデザインすること。申請手続き自体をデジタル弱者でも困らないようにシンプルにデザインすること。そして、例えば銀行のATM(現金自動預払機)端末のように、デバイスを持たない方々でも簡単に操作できるような端末を、どのように用意していくかを考えればよいのです。ゆくゆくは、コンビニエンスストアの多目的端末や家庭のデジタルテレビを行政手続きに利用できる可能性だってあるのですから。

 

「決裁」を合理化する

 

デジタル時代の自治体職員は、それ以前の時代に比べ、情報の量やスピードが加速度的に増加しています。そのような中で決裁の対象は依然、昭和のままです。

例えば形式だけの決裁、稟議という形で存置されているものに心当たりはないでしょうか。意思決定に必要な文書をそれぞれ個別に添付することが求められていたり、その結果として行政部外の者にまで、過剰に文書を提出させる手間とコストを求めていたりすることなどです。意思決定のための証拠(添付書類)に関しては、厳格な服務規律の下に置かれている職員が記録する文書があれば相当程度、代替可能であるはずです。

また意思決定とは必ずしも直結しないような、さまつな文書や情報についても、その都度決裁を要する自治体があると聞きます。結果的に、起案者にも決裁権者にも過剰な負担が生じているのではないでしょうか。

本来組織が行うべき「意思決定」を的確・迅速に行えるよう、文書管理(決裁)規程を改めて見直し、「決裁」という行為を合理的なものに変えていくことが必要です。つまり目的に沿って、簡素で合理的なプロセスにデザインし直すことです。

 

後編に続く


【プロフィール】

箕浦 龍一(みのうら・りゅういち)
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム理事

元総務官僚。官民共創未来コンソーシアム理事。
総務省時代からワークスタイル改革、テレワークやワーケーションの普及、地方創生、関係人口の創出を通じた自治体や地域企業支援をライフワークとする。2020年11月、一般財団法人行政管理研究センター内に「公務部門ワークスタイル改革研究会」を立ち上げ、研究主幹に就任。企業や官公庁を巻き込み、多角的な研究活動を進める。

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