新時代の公務員像を探る~「三重県版デジタル庁」による新たな人材育成への挑戦~(前編)

一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事

小田理恵子

2022/05/11 新時代の公務員像を探る~「三重県版デジタル庁」による新たな人材育成への挑戦~(前編)
2022/05/13 新時代の公務員像を探る~「三重県版デジタル庁」による新たな人材育成への挑戦~(後編)


 

「Mission impossible Program」。今年1月末、とある地方自治体でこんな名称の職員向け研修プログラムが行われた(図1)。実施したのは、三重県のデジタル社会推進局である。

 

(図1)オンラインで行われたワークショップの案内 (一般社団法人官民共創未来コンソーシアム)

 

「三重県版デジタル庁」とも言えるこの組織は、県政のデジタルトランスフォーメーション(DX)を担う部署として昨年4月に発足した。DXの推進組織が行う研修と聞けば、デジタル技術に関するスキル向上を目的としたものだと考えるだろう。しかし、この研修は職員のマインドチェンジを目的とした「演劇的手法」を用いたワークショップであり、そこにデジタル技術の要素は含まれていなかった。
行政のデジタル化や自治体DXが叫ばれるようになって久しい。新型コロナウイルス禍でその流れは加速し、オンラインによる行政手続きやリモート会議など、自治体のデジタル化が一気に進み始めた。

 

その行き着く先は、すべての行政サービスがデジタル化され、職員は不要となった世界だろうか。筆者はそうは思わない。テクノロジーが進化すればするほど、行政にはより密接な住民との対話やコミュニケーションが求められるようになるだろう。デジタル化時代の自治体職員に求められるのは、血の通った人と人との関わりである。

こうした人との関わりの中で重視されるのは、お互いの価値観や哲学である。「このまちをどうしたいのか」「どう関わっていきたいのか」といった職員それぞれの思いが、地域のまちづくりに直結するようになるだろう。

 

職員自身の内なる価値観や考え方がまちづくりに影響する。そんな未来仮説を踏まえ、一般社団法人官民共創未来コンソーシアムは、新時代における自治体職員の在るべき姿を模索している。

今回紹介する三重県の取り組みは、こうした当社団の目指す方向性に賛同いただき、同県と一般社団法人公民連携活性化協会の3者で共同研究・実施したものである(注1)

 

(注1)=官民共創未来コンソーシアムと公民連携活性化協会は、自治体職員の行動変容を促す「マインド改革プログラム」を共同開発している。

 

協働に至る背景

三重県は、2019年度から「スマート改革」を推進してきた。デジタルを活用しながら、業務の在り方や職員の働き方などの見直しに着手する取り組みは、総務部に設置されたスマート改革推進課がけん引した。翌年度には、若手・中堅職員を中心とする有志を「スマート人材」として育成する取り組みも始めている。

筆者はスマート改革のブラッシュアップを図ることを目的に、①行政事務のBPR(業務改革=ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)とデジタル化②職員の働き方や人材確保に関する方策の検討③県民、県内企業、市町を巻き込んだ改革推進のための協力体制の構築④その他、県民サービス向上に資するデジタル戦略に関すること──について支援を行った(注2)

 

この伴走支援の中で、筆者はスマート人材へのインタビューや助言、講演などを行った。インタビューで若手職員の声を聴いた時に感じた彼らの閉塞感や焦燥感が、筆者に職員の働き方改革や人材育成へ注力させる原動力となった。職員の悩みや将来への不安、地域課題への思いは、テクノロジーで行政の生産性を向上させるだけでは解決できない。組織と人の在り方そのものに手を入れていく必要があった。生身の人間の情念も絡む泥くさい領域である。

その後、県は昨年4月にデジタル社会推進局を設置し、最高デジタル責任者(CDO)を民間から招聘した。スマート改革推進課は新組織の核となった。当社団が人材育成をテーマに同課と共同研究を始めたのは昨春だが、同4月以降はデジタル社会推進局と共に歩むことになった。

 

(注2)=株式会社Public dots & Company と三重県の連携協定に基づく

https://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/m0343800002.htm

人材育成を改革組織で行えるのか?

一般的に、自治体組織における人材育成は人事課の領域である。それがDXを主体とするデジタル社会推進局で実施できた理由は2点ある。

一つ目は従来の人材育成の枠組みには触れず、そこにプログラムを上乗せする形で検討を行ったことである。県の人材育成方針(三重県職員人づくり基本方針)と人材育成のフレームワーク(枠組み)を読み込んだ上で、矛盾なく不足を補うようにプログラム設計を行っている。

もう一点は人事課と常に情報を共有したことである。これには、デジタル社会推進局の前身であるスマート改革推進課が人事課と同じ総務部に属しており、もともと近い関係にあったことが大きかったと筆者は考える。

 

既存の枠組みを破壊することだけが改革ではない。時には既存の枠組みを尊重し、維持しながら新しい取り組みを試行錯誤することも必要だ。今は、まさに第4次産業革命の渦中にある時代の転換期である。変革の時期に前例や前時代の成功事例は参考にならない。やってみなければ、成功するか失敗するか分からないことばかりである。「失敗できない」自治体が前に進むためには、既存の枠組みとは別にトライ・アンド・エラーを重ねていくことを検討すべきである。隔離した実験牧場で羊が育てばそれも良し、たとえうまくいかなくとも元の牧場への影響は少ない。

能力要件の整理

初めに着手したのが能力要件の整理とプログラム案の検討である。人材育成のプログラムは職員の意向を踏まえるとともに、能力要件の整理と分析によって「若手および管理職向けのマインド改革プログラム」と定めた。能力要件をフレームワークで整理し、そこに既存の育成プログラムを当てはめて過不足を可視化した。フレームワークは職員階層と四つの要素マトリクスである。四つの要素とは「スキル」「リテラシー」「ナレッジ」「マインド」である(図2)

 

(図2)4つの能力要件(一般社団法人公民連携活性化協会)

 

そして、そのマトリクスをさらに①「地方自治を維持・運営する基本的な機関として求められる力」(今までの人材育成を振り返り、抽出された課題の改善に基づく、過去思考・現在思考の基本的な力)②「未来に向けて新たな県域を共創する力」(バックキャスティング〈逆算〉的な未来思考)──という二つのカテゴリーに分類した。この作業により、「課長補佐級、課長級以上のマインド」に該当するプログラムが手薄であることが可視化された。こうした手順を経て、管理職のマインド変革に向けたプログラムの開発を行うことが決定した。

 

マインド改革プログラムは、公民連携活性化協会が持つ育成プログラムの中から4案を候補とした(表)。四つのプログラムは、それぞれ目的や特徴は異なるが、対話を通じて「気付き」を得る点は共通している。このプログラムをベースに県独自のカスタマイズを加え、より効果的な研修プログラムへとブラッシュアップすることにした。

 

(表)新しい人材プログラム案(一般社団法人官民共創未来コンソーシアム)

 

県で実施するプログラムは当初、この中から一つか二つに絞り込むことを想定していたが、担当者の強い意向で4案すべてを試行することになった。三重県でもワークショップ型の研修経験がないわけではないが、こうした心の内側に入っていくプログラムは初めてだった。未知の領域なので、実際に体験して評価したいという姿勢に賛同し、4案すべての試行を決定した。

 

(後編に続く)


【プロフィール】

小田 理恵子(おだ・りえこ)
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事

2011年から川崎市議を2期8年務める。現在は官民双方の人材育成や事業開発(政策実現)を伴走支援するアドバイザーとして活躍。株式会社Public dots&Company代表取締役、福島県磐梯町官民共創・複業・テレワーク審議会長、総務省「地域づくり人材の養成に関する調査研究会」構成員など。

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