市民のポケットにいつも市政を〜宮下宗一郎・青森県むつ市長インタビュー(1)〜

青森県むつ市長 宮下宗一郎
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2022/11/22 市民のポケットにいつも市政を〜宮下宗一郎・青森県むつ市長インタビュー(1)〜
2022/11/24 市民のポケットにいつも市政を〜宮下宗一郎・青森県むつ市長インタビュー(2)〜
2022/11/28 「方向付け」のリーダーシップ〜宮下宗一郎・青森県むつ市長インタビュー(3)〜
2022/12/02 「方向付け」のリーダーシップ〜宮下宗一郎・青森県むつ市長インタビュー(4)〜

 


 

人口減少や少子高齢化に加え、新型コロナウイルス禍で地域が疲弊する中、従来とは異なるアプローチや発想で難局を乗り切ろうとする、力強いリーダーが各地に生まれつつあります。今回ご紹介する青森県むつ市の宮下宗一郎市長もその一人です。

宮下市長は市民や職員との関係構築に非常に重きを置いており、双方向のコミュニケーションを通じて市政に対する信頼感を醸成したり、庁内の組織統制を行ったりしています。

市の公式ユーチューブチャンネル「むつ市長の62ちゃんねる」(https://www.youtube.com/c/mayormutsu62channel/videos)にはその様子が如実に表れており、組織の風通しの良さを感じる動画の数々に市民のコメントが多く寄せられています。

そんな宮下市長は縮退社会における自治体運営をどのように捉え、どう進めようとしているのでしょうか。本インタビューで迫ります。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

「ない」を「ある」に変えていく

小田 今回のインタビュー前に施政方針演説などを拝見しました。その中で、特に2016年のものがとても印象に残っています。

「私は『ない』『できない』ものから改革を始め、『ある』『できる』に変えていくチャレンジも自分の仕事であると考えています」「『むつ市には何もない』、もしそうならば創り出せばいい。埋もれているものは掘り出して磨き上げればいい。少なくとも、われわれの地域にはそのポテンシャルはある」という部分です。

「自分の言葉」で話されている様子が伝わってきたのですが、まずはこの演説を行った経緯を教えていただけますか?

宮下市長 私はむつ市の出身ですが、大学卒業後は国土交通省やニューヨーク総領事館に勤務していました。帰郷したのが14年で、それから市長選に出馬し、就任したという経緯があります。

久々にふるさとに帰ってみて感じたのは、「この地域には何もない」とおっしゃる方がとても多いということです。私には、何もないのではなく、何もないと思い込んでいるように見えました。

ですから可能性を広げるため、「ない」を「本当はある」と気付かせることが重要だと思いました。その気付きを市民全体で共有していき、大きなムーブメントにする必要があると感じたのです。そういう思いを込めての施政方針演説だったと記憶しています。

 

小田 「62ちゃんねる」にアップされた動画はあまりに面白く、つい何本も見てしまいます。チャンネル登録者は1万人を超えており、市民との情報共有やムーブメント形成に大きな貢献を果たしていると思います。(写真1)

動画の中で市長と職員がお互いに、歯に衣着せぬ語り口でやりとりしていますね。この様子から、むつ市役所は非常に風通しの良い組織なのだと感じますが、就任当初からこのような雰囲気だったのでしょうか?

宮下市長 就任当初と今では組織風土が全く違います。8年かけて組織づくりを行った結果、今があります。就任当初は正直なところ、「時代に追い付いていない組織」だと感じました。役所内での仕事の仕方や議会との向き合い方など、あらゆる面で課題がありました。

 

(写真1)むつ市の公式ユーチューブチャンネルのトップページ(市提供)

 

職員は家族と同じ

小田 就任当初の市役所はどのような組織だったのでしょうか?

宮下市長 論理的に考えて出した提案が、感情で通らないことがよくありました。例えば、市内に変質者が現れていた時期に「防犯ブザーを全小学生に配布しましょう」と提案したときのことです。

私としては当然、事案に対して対策を論理的に考え、予算も考慮した上で「子どもたち全員の安全を確保するために防犯ブザーを配る」という提案をしました。しかし、教育委員会から「市長は自分の子どもがかわいいから、そういった提案をするのだろう」というリアクションが返ってきました。

予想だにしない返答に驚きましたが、その人たちの立場になって考えてみると、理解できる部分もありました。教委の人たちからすれば、私は外からやって来た若干35歳の人間です。息子と同じ年齢くらいの者からいきなり提案されても、すぐに受け入れることは難しいのではないかと思いました。

 

この経験から学んだことは、市役所の中で自分が良いと思うことをただ主張するだけでは足りないということです。やはり皆、人間関係の中で仕事をしています。ですから、まずはきちんとコミュニケーションを取り、相手が何を考えているかを理解し、人間関係を構築した上で物事を提案していくことが大切だと分かりました。

それからは皆で相談し、皆で決めて実行するという体制を意識して構築してきましたから、8年間で組織風土はかなり変わりました。

 

小田 職員と接する上で、特に意識されていることは何でしょうか?

宮下市長 家族と同じだと思って接することです。職員とは同じ屋根の下で1日8時間ほど共に過ごします。もしかしたら、本当の家族より長い時間を共有しているかもしれません。ですから基本的に人には優しく、されど仕事には厳しくということを意識して接しています。

皆からいろいろな話を聞いた方が私自身の頭の中も整理できますし、アイデアもたくさん湧いてきます。まずは「聞く」ことを大事にしています。

 

小田 宮下市長の方から職員に歩み寄って対話していると。

宮下市長 正確には、互いに歩み寄っている感じです。職員にとって私は、外からやって来た宇宙人のような存在で、目を付けるポイントが全く違うことも日常茶飯事です。互いに考えを出し合いながら、少しずつ歩み寄って意見をまとめています。

 

小田 普段のコミュニケーションは市長室で行うのですか?

宮下市長 協議することが決まっているときは市長室に来てもらいます。それ以外は私が各部や各課に行き、その場で職員と話すことが多いです。

 

小田 自ら職員のところに足を運ぶのですね。

宮下市長 むつ市役所はワンフロアのみで、市長室が最も奥にあります。市長室に入ってしまうと職員の様子が見えないので、私から積極的に「パトロール」に行くようにしています。

しかし、監視しに行っているわけではありません。職員のアイデアに対して感想を伝えに行ったり、ユーチューブチャンネルで配信する動画の企画を一緒に考えたり、時には厳しいことを言い過ぎたと反省して謝りに行ったりと、基本的なコミュニケーションを丁寧に行うようにしています。

その他、廊下やトイレなど、どこでも職員たちと話します。ごく自然な対話を積み重ねている感じです。

 

小田 そういうふうに接してくださる首長であれば、職員の中に心理的安全性が芽生えますね。

宮下市長 マネジメントの専門書に書かれていることをなぞるのではなく、そういった組織づくりの基本的な要素は押さえた上で、日々のコミュニケーションを細かく行っています。

 

小田 「組織づくりの基本的な要素」という観点では、具体的にどのようなことに取り組まれたのでしょうか?

宮下市長 就任当初は、役所内で定例的に情報を共有する仕組みがありませんでした。ですから朝礼や部内会議、課内会議を義務付けるところから始めました。

それから窓口の職員には制服を導入し、役所の入り口には総合案内窓口を設置しました。その他、職域や職階に応じた研修も実施しましたし、国や県、民間への出向や研修も大幅に拡大しました。

とにかく内部統制のために、あらゆることに取り組みましたね。

 

小田 「就任当初と今では組織風土が全く違う」というお話に納得しました。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2022年10月17日号

 


【プロフィール】

青森県むつ市長・宮下 宗一郎(みやした そういちろう)

1979年生まれ。東北大法卒。2003年国土交通省に入り、都市局まちづくり推進課長補佐、土地・建設産業局建設業課長補佐、ニューヨーク総領事館政務/経済部領事などを歴任。14年6月青森県むつ市長に就任し、現在3期目。

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