信頼関係を礎にスピーディーな課題解決~橋本正裕・茨城県境町長インタビュー(1)~

茨城県境町長・橋本正裕
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2024/04/03 信頼関係を礎にスピーディーな課題解決~橋本正裕・茨城県境町長インタビュー(1)~
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2024/04/11 目的思考の自治体経営~橋本正裕・茨城県境町長インタビュー(4)~

 


 

茨城県境町は、2014年に就任した橋本正裕町長の打ち出した施策が次々と成果を挙げ、目覚ましい発展を遂げています。公共政策に携わる者で同町のことを知らない人はいないのではないでしょうか。

真っ先に着手した財政再建では、9年間で地方債残高を約21億円削減し、基金残高を約7億円から約43億円に増やしました。その中心戦略はふるさと納税の強化です。「売れる返礼品」の開発とマネジメントを徹底し、就任前の13年度に6万5000円だった寄付金額は、22年度には60億円弱に達しました(図表)。寄付金は子育て支援をはじめ、町民の暮らしの充実のために活用され、移住者の増加につながっています。

他にも、地域公共交通の課題解決を目的とした全国初の自動運転バスの定期運行や、小中学生の英語力向上を目指す「スーパーグローバルスクール事業」など、スピーディーかつ同時並行的に実施される施策の数々には驚きを禁じ得ません。

生粋の「自治体経営者」と言える橋本町長は、どのような考えに基づき采配を振るっているのでしょうか。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

徹底した経営感覚

小田 橋本町長は14年の就任以降、「財政再建」「人口増加政策」「ひとの創生」の三つを軸として、さまざまな施策を実施し、そのどれもが成果を挙げています。どうしてここまでうまくいくのでしょうか。秘訣を教えてください。

橋本町長 単に運が良いのだと思います。町に視察に来られた方から同じような質問を何度か受けたことがありますが、運が良いとしか言いようがありません。ただし直感的に「これは失敗するだろう」と思うものは、うまくいかないことが多いです。そういう「嗅ぎ分ける力」のようなものは働いている気がします。

 

小田 判断の質を高めるには情報収集が欠かせませんが、どのようにされているのですか?

橋本町長 ニュースサイトから収集することが多いです。気になるトピックを登録しておけば、画面を開くたびに自動で最新情報が集まってきますからね。ふるさと納税に力を入れようと思ったときも、関連するニュースをずっと追い掛けていました。何月にどんな返礼品が出るのか。何が人気なのか。北は北海道から南は沖縄まで徹底的にリサーチしました。

 

(図表)出典:境町

 

小田 ふるさと納税の寄付金額は数字を見間違えたかと思うほど、飛躍的に伸びていますね。

橋本町長 情報収集していると、いろいろと傾向が見えてきます。冬季は魚介類がよく売れる。コメや生活雑貨は年間を通して根強い人気がある。果物は人気はあるものの、受け取る側が不在といった理由で配送が滞るとカビが生えるなど、品質が落ちてクレームが来るリスクもある、などです。単価が高くて量が出せる商材ですと、サーモン、ホタテ、イクラ、カニ、エビですね。これを持っている自治体は強いです。

 

小田 ふるさと納税に限らず、施策に関するリサーチを行った結果、他自治体で参考となる事例が見つかったときはどうされるのですか?

橋本町長 さまざまな施策に関し、常にアンテナを張っています。良いことはすぐにやります。対象の自治体に連絡を取るよう職員に伝え、どのように行っているのかをヒアリングし、境町でも実行できるようにします。自治体は「分からないから」と機会を待って進めないことがよくありますが、民間企業でそんなことをしていてはつぶれてしまいます。

民間企業は四半期決算が当たり前です。同じようなスピード感を意識しています。臨時議会を開いて承認を得ることもあれば、議会に話を通した上で専決することもあります。

 

小田 「他自治体の取り組みをまねしただけではうまくいかない」という話もよく耳にします。なぜ境町はうまくいくのでしょうか?

橋本町長 恐らくですが、常に住民目線で考えているからではないでしょうか。住民の皆さんがどう使って、どう感じるかを明確にしていれば、やり方をまねしてもうまくいくと思います。

 

小田 まるでスタートアップ(新興企業)の社長のようです。

橋本町長 それもよく言われるのですが、私としては当たり前のことを行っているだけです。例えば何か支出するのであれば相見積もりを取り、価格も含めて条件の良い方を選びます。これはごく当たり前のことですよね。

 

小田 その「当たり前」の感覚が町の財政再建に大きく寄与したと伺っています。

橋本町長 ふるさと納税で収入を上げる一方、無駄な費用を削減しました。例えば庁内エレベーターの保守点検費を見直して年間180万円、電力自由化を機に契約会社を変えて同500万円のコストカットを行いました。

米マイクロソフトのサポート終了に伴う「ウィンドウズXP」問題でパソコン170台の買い替えが必要になったときには、インターネットで安価な製品がないか調べるよう職員に指示しました。当初の見積もりは1台15万円でしたが、最終的には6万円になりました。こうした「民間では当たり前の感覚」を公務員は持たない場合があります。ですから一から教えることもしばしばです。

 

情報はオープンに

小田 橋本町長は自身が得たノウハウを職員だけでなく、他自治体にも教えているそうですね。普通は抱え込み、外に出したがりませんよね?

橋本町長 はい、驚かれますね(笑)。隠すことなく、すべて教えています。教えても「できない」と言われることも多く、職員を派遣することもあります。皆さんが良くなることこそ理想ですから。

 

小田 アドバイスの結果、他自治体が変わった事例を教えてください。

橋本町長 売れる返礼品の見極め方や見せ方など、ふるさと納税の戦略や戦術については複数の自治体にアドバイスしました。すると、年間の寄付金額が1000万円から20億円になったまち、ゼロから始めて55億円になったまちなど、至るところで成果が挙がっています。「売れるもの」はその土地土地に必ずあります。売ろうとする意識や工夫で成果を挙げることは可能です。

 

小田 現状でもやっていける地元事業者の中には、手を広げたがらない者もいると思います。どうやって返礼品を増やしているのですか?

橋本町長 業者を口説くこともあれば、行政が商品作りから進めることもあります。干し芋は町で工場を建て、農家に芋の栽培をお願いすることから始めました。

 

小田 橋本町長は素早い行動判断の一方で、アカウンタビリティー(説明責任)も大切にされていると伺いました。

橋本町長 住民の皆さんへの説明、議会への説明、職員への説明、どれも大切だと思っています。それらがあって、初めて皆が同じ方向を向くことができるからです。議会への説明は必ず記事に出す前に行います。

住民の皆さんから頂いた要望は「できるもの」と「できないもの」に区別し、できるものに関しては実施の予定時期も含め、すべて説明します。スピード感とアカウンタビリティーのバランスが重要です。ただし、これらはマーケティングやマネジメントの一要素です。最も重要視しているのはマーケティングやマネジメントです。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年2月19日号

 


【プロフィール】

橋本 正裕(はしもと・まさひろ)

 1975年生まれ。茨城県境町出身。99年境町役場に奉職。2003~13年境町議。14年境町長に就任し、現在3期目。デジタル庁「デジタル交通社会のあり方に関する研究会」構成員、内閣府「地方創生SDGs金融調査・研究会」委員を務める。

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