目的思考の自治体経営~橋本正裕・茨城県境町長インタビュー(4)~

茨城県境町長・橋本正裕
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2024/04/11 目的思考の自治体経営~橋本正裕・茨城県境町長インタビュー(4)~

 

 

常に先を見据えて

小田 今後を見据えて取り組まれていることをお聞かせください。

橋本町長 「境町アグリビジネスラボ整備事業」を推進しています。これは農業の6次産業化とふるさと納税の振興、雇用の創出を目的とした事業です。

既に返礼品として好調な干し芋とうなぎのかば焼きについては製造工場ができていますが、同じエリアにエビの養殖場と、ジェラートや冷凍寿司の製造工場を建設します。製造した商品の出荷先の目星も付いています。ふるさと納税の返礼品にすることはもちろんですが、各工場は全国各地の有名店の商品を製造する機能を併せ持ちます。ふるさと納税の制度がなくなったとしても雇用を維持できる状態にしようと考えています。

 

小田 各地の有名店と交渉し、工場を誘致したということでしょうか?

橋本町長 その通りです。正確には、人づてに企業を紹介いただいたのでお話をしてみたところ、ぜひ連携しましょうという流れになりました。先日も別の企業の紹介を受け、誘致の話に発展したところです。

 

小田 実施する施策が見事なまでの好循環を生んでいるのですね。スポーツを通じた地域振興にも取り組んでいるそうですね。

橋本町長 「スポーツを核としたまちづくり」ですね。これは20年東京五輪・パラリンピック(コロナ禍の影響で延期され、21年に開催)に先駆け、アルゼンチンのホストタウンになるところからスタートしました。国の補助金や地方交付税を使いながら五輪基準の練習場を整備し、事前キャンプを受け入れました。

コロナ禍を機に「バブル方式(国際的なスポーツ大会において、選手や運営関係者の滞在を一定の空間に限定し、外部との接触を極力避ける感染対策の手法)」が注目されたため、東京から自動車で約1時間の距離にある境町は合宿場所として重宝されました。訪日外国人にとって、車で1時間で行き来できる地域は東京にいるのとほぼ変わらない感覚のようですね。

東京五輪・パラリンピックの開催前には、BMX(自転車競技)やスケートボードなどの国際大会が実施できる基準でアーバンスポーツ施設を設計し、21年3月に完成しました(写真)。開催後は大会で使用した施設も買い取り、都内から町内に移設しました。既に幾つかの全日本大会が開催され、世界トップレベルの選手の競技に会場は大いに盛り上がりました。

 

写真 境町アーバンスポーツパーク

 

小田 このような施設は通常、負の遺産になりがちです。そうならないよう、境町は整備費や運営費について工夫されているそうですね。

橋本町長 各施設の整備に関しては、ふるさと納税で得た財源や国の補助金を活用し、町からの持ち出しを極力抑えました。企業版ふるさと納税の寄付金を充て、持ち出しゼロで整備した施設もあります。また複数施設の運営をまとめて1社に委託し、町の維持管理費をゼロにしています。どうしても自己財源が必要な部分については、企業からの投資やスポンサー、または広告宣伝費で賄うようにしています。

 

小田 スポーツという切り口は、住民の健康維持に役立てる意図もあるのでしょうか?

橋本町長 各スポーツの第一線で活躍する方に地域おこし協力隊として活動いただいています。彼らには子ども向けのレッスン開催や、トッププロを招いた体験会の企画をお任せしています。子どもたちには本物のスポーツ指導を受けられる環境を提供できますから、子育て環境の良さにつながっています。いずれは地域おこし協力隊の皆さんに学校の部活動の監督や顧問を担っていただければと考えています。

スポーツは、フレイル(加齢に伴う心身機能の衰え)予防にも活用できます。例えば地域の公民館にモニターを設置し、高齢者の皆さんに集まっていただければ、遠隔で体操指導をすることができます。そこでバイタル(体温、血圧、脈拍、呼吸)などのデータが得られれば、健康増進の取り組みに生かせます。このように住民目線のベネフィットも、もちろん考えています。

 

目的を定め、やるべきことを着実に行う

小田 お話を伺っていると、一つの施策で挙がった成果が次の施策につながる様子が、ありありとイメージできます。どうすれば、そのようなつながりを設計できるのですか?

橋本町長 同時並行的にさまざまな取り組みを行っていますが、目的は一貫しています。「町民のため」です。町民の皆さんのお困り事をよく理解し、どうすれば解決できるかを考え、行動し続けた結果が今です。

就任当初は財政指標が北関東ワーストワンでしたから、とにかく財政再建をするしかないと、ふるさと納税の強化や無駄なコストの削減に努めました。ふるさと納税で得た寄付金は子育て・教育環境の整備などに活用し、外から移住したくなるまちを目指しました。移住を決めていただくためには、雇用の受け皿が必要です。そこで企業に積極的に働き掛け、誘致を推進しました。

こんなふうに、まちの課題を同時並行的に解決するためには職員の能力向上が欠かせません。ですから外部の専門家と連携し、人材育成に継続的に取り組んでいます。

 

小田 まちにとって必要なことを洗い出し、着実に手を打ってきたのですね。

橋本町長 その通りです。外から見ると、スーパーシティーやスポーツツーリズム、「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する取り組みの先進地域のように捉えられることもあるのですが、流行に乗り、奇をてらおうとは全く考えていません。それが目的ではないからです。あくまでも、どうすれば町民の生活が豊かになるかが重要で、テクノロジーやスポーツはその手段でしかありません。

今も「医療MaaS」の取り組みとして、医療機器と看護師を載せた車両が町中を巡回しています。これは「町内に眼科医院が少なくて混雑し、検査や診療までの待ち時間が長い」という課題があったからです。眼科に行くのが面倒で病気の発見が遅れれば、健康寿命に影響を及ぼします。そこで「動く病院」をつくる考えに行き着き、その先にあったのが医療MaaSという手段です。

 

小田 橋本町長の中で「これはやらない」と決めている分野はあるのでしょうか?

橋本町長 特にありません。世のため、もしくは町民のためになることであれば、どの分野の施策でも実行します。

 

 

【編集後記】
終始、歯切れの良い受け答えをされた橋本町長ですが、その根底にはまちの課題を「自分ごと」として捉え、何としても解決に導こうという使命感があると感じました。ただし「思い」だけでは現実を動かせません。それを十分に理解されているからこそ、日ごろのリサーチを怠らず、自ら企業や他自治体、さらには海外までトップセールスを展開し、着実にチャンスをつかんでこられたのでしょう。

境町には他自治体や企業からの視察依頼が殺到しているとのことですが、現地を訪れる方はぜひ「何をしたか」よりも「どんな目的を達成するために、どう動いたか」に注目してみてください。そこに課題を解決するプロセスのヒントが詰まっているはずです。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年2月26日号

 


【プロフィール】

橋本 正裕(はしもと・まさひろ)

 1975年生まれ。茨城県境町出身。99年境町役場に奉職。2003~13年境町議。14年境町長に就任し、現在3期目。デジタル庁「デジタル交通社会のあり方に関する研究会」構成員、内閣府「地方創生SDGs金融調査・研究会」委員を務める。

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