新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(前編)

内閣府沖縄総合事務局 経済産業部 商務通商課サービス産業係長

鈴木 圭三

 

2022/05/02 新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(前編)
2022/05/06 新しい働き方に、地方行政はどう向き合うか(後編)


 

新型コロナウイルス禍で急速にテレワークが定着しました。これに伴い、働き方だけでなく生き方も変化しています。場所にとらわれない生き方です。

その表れとして、「ワーケーション」「地方移住」「デュアルライフ」「パラレルキャリア」が挙げられます。ワーケーションで、暮らすように長期滞在する人が現れました。地方移住は、仕事を変えずにできるようになりました。完全移住ではなく、都会と地方の2拠点生活を送る人が増え、デュアルライフと呼ばれています。仕事で培ったスキル・知識をボランティアに生かす「プロボノ」や「複業」のパラレル(並行)キャリアで、地方との関係を構築する人も増えました。

 

リモートワークが可能にする、地方と都会の新しい関係が始まりました。そこで期待されるのが関係人口です。個人のみならず、法人の関係人口化にも期待が集まります。

では彼らに対し、地方は何を期待するのか。法人であれば立地が挙げられます。今ならサテライトオフィスにリモート型で進出できます。個人であれば、地域活動への複業・プロボノでの参加が期待できます。これまでは考えられなかったことですが、テレワークが都会と地方のリソース(資源)のシェアリング(共有化)を可能にしました。

 

地方と都会の関係の変化(1)─企業

地方が関係人口に期待を寄せる一方で、都会の企業は地方に何を期待しているのでしょうか。コロナの感染拡大以降、多くの企業と対話を重ね、見えてきたことがあります。

まず、「進出した地域の役に立ちたい」という社会貢献志向の高まりです。ただ、それだけでは地方進出はできません。ステークホルダー(利害関係者)が納得するような事業性を探すことになります。その方向として、大きく三つあることが分かりました。

 

一つ目が「人事対策」です。リモート中心になったことで従業員のエンゲージメント(結び付き)対策が必要になっています。同時に本社の省スペース化も進みました。家賃を減らし、人事対策コストに充てる考えです。さらには採用対策にもつなげたいといいます。

二つ目が「事業開発」です。企業は「持続可能な開発目標(SDGs)」、新常態(ニューノーマル)、デジタルトランスフォーメーション(DX)という時代への対応に迫られています。こうした社会課題をテーマとしたビジネスの、実証実験のフィールドにしたいといいます。

三つ目は、地域課題をテーマにした「ソーシャルビジネス」です。自社のソリューション(解決策)で地域課題を解決したいといいます。

かつて進出企業から求められたのは、「大型の事業用地」「安い労働力」「補助金による費用負担」でしたが、現在は確実に潮目が変わってきています。地方が本質的に求められているのは、事業の固定費圧縮ではなく、事業のトップラインを伸ばす支援です。人材の成長機会や成長事業の実証機会を求めています。

テレワークの定着は地方進出のハードルを下げました。かつては、事業計画なしにサテライトオフィスを構えることはあり得ませんでしたが、今は事業より先に場所を決め、通うところから始める企業もあります。

 

その一つに、ワーケーションから企業と地方の関係を深化させる方法があります。企業は「地方をどう活用するか」、地域は「企業をどう活用するか」という点について、ワーケーションを通じて深めていきます。

最初は合宿会議やチームビルディング研修など、自社完結の内容で構いません。ただし、会議後の地域交流をセットする必要があります。企業にワーケーションの継続を決めてもらい、ファンになってもらうためです。観光では地域の良いところしか見せませんが、関係人口の場合は逆です。地域の課題も含めて好きになってもらう必要があるのです。だから地域を深く知る機会を、ワーケーションを通じて提供するのです。

 

それに最も適しているのが、地域を題材とした「ハッカソン」(IT関連技術者らがそれぞれのアイデアや技術を持ち寄り、グループごとに新たな解決方法を発表するイベント)です。

企業は地域を深く知り、地域は企業を深く知ることができます。それは地域課題解決型のワーケーションと呼ばれるもので、企業側の目的である「事業開発」「ソーシャルビジネス」の検討につながります。検討から実施の段階に入れば、サテライトオフィスへの立地になるわけです。

しかし立地はあくまで手段であり、地域側の目的は企業と事業共創することです。地域の「課題解決」「産業創造」のためであり、スキル移転による「地域人材の成長」のためなのです。人口が減り続ける日本社会で人材の取り合いをするのではなく、シェアリングしていくことが重要になります。これが地方と都会の新しい関係です。

 

観光庁は事業型ワーケーションとして、「合宿型」「地域課題解決型」「サテライトオフィス型」の三つを挙げています。これらを並列で考えるのではなく、三つを地域と企業の関係性のステップ(時系列)と考えることで、ワーケーションへの理解が深まるのではないでしょうか。

 

地方と都会の関係の変化(2)─個人

日本でも従業員の住む場所は問わないという企業が現れ始めましたが、新しい働き方は場所だけにとどまりません。「副業」ではなく「複業」という言葉が生まれ、個人が主体的にパラレルでキャリアを形成する潮流になりました。企業も個人も終身雇用を前提としない働き方に変化しており、このキャリア形成の考え方はミレニアル世代(1980年代から2000年ごろまでに生まれた世代)以降に顕著に表れています。

 

最近、続編の書籍が刊行され、話題となっている「LIFE SHIFT(ライフ・シフト)」。これまで、人生を「教育」「仕事」「引退」という三つのステージと捉える生き方が主流でしたが、人生100年時代ではマルチステージの生き方へと変化するといいます。「教育」と「仕事」の境界線は、「インターン」「学生起業」「リカレント(学び直し)教育」が一般的になり、明確に線引きすることは難しくなりました。「仕事」も同様で、「会社」だけでなく、「起業」「複業」「プロボノ」など、異なるフィールドを行き来しながらキャリアを積む人が増えています。

その結果、「ワーク」と「ライフ」もボーダーレスになりつつあります。キャリア形成の新しい考え方とテレワークのような新しい働き方によって、組織にも場所にもとらわれずに生きる人たちが増えています。地方はこの時代のうねりを千載一遇のチャンスと捉え、絶対に逃してはいけないと考えます。

 

複業やプロボノなど、パラレルキャリアを望む人が増える中、複業人材をマネジメントする団体や企業が登場しており、既に地方での活動が始まっています。複業とワーケーションを組み合わせた「ジョブケーション」という言葉もあります。昨年、簡易ながら実証実験を行いました。そのときに地域から求められたのは、単発で隙間の時間に行われる「ギグワーク」ではありませんでした。求められたのは課題解決の伴走者でした。

地方には中小企業が多く、人材も資金も潤沢にあるわけではありません。経営改善やDXを行おうとしても全体設計できる人材がおらず、使える費用も限られます。コア業務以外の専門性の高い領域に人を雇うことはできません。地方の中小企業の多くが、変わることができずに苦しい経営を続けています。これは個々の企業の問題ではなく、地域に共通した問題と言えます。

都会の複業人材は今、供給の方が多い状態と思われます。ギグワークのような「副業」ではなく、高い専門スキルを「複業」でシェアしたいと考える経営者が、これから地方にも増えてくると思われます。

 

後編に続く


【プロフィール】

鈴木 圭三(すずき・けいぞう)
内閣府沖縄総合事務局経済産業部商務通商課サービス産業係長

新卒で入ったプロモーション会社で上場を経験。2014年沖縄に移住し、創業50年の印刷会社へ。新事業でまちづくり会社を立ち上げ、地域課題をビジネスで解決する取り組みを実践。20年7月内閣府沖縄総合事務局に入局。民間での経験を生かし、「プロデューサー型公務員」として沖縄振興に取り組む。

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