緻密なマーケティングでふるさと納税、13倍に~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(1)~

北海道余市町長 齊藤啓輔
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2022/09/09 緻密なマーケティングでふるさと納税、13倍に~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(1)~
2022/09/13 緻密なマーケティングでふるさと納税、13倍に~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(2)~
2022/09/16 まちの将来を見据えた「選択と集中」~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(3)~
2022/09/19 まちの将来を見据えた「選択と集中」~齊藤啓輔・北海道余市町長インタビュー(4)~

 


 

余市町は北海道の西部、積丹半島の東の付け根に位置する人口約1万8000人(6月末現在)のまちです。行政面積140.59平方kmのうち、約66%が山林、約15%が畑地で、日本海に面しています。こうした地勢から漁業や果樹栽培、そこから派生した水産加工業、ワインやウイスキーの醸造業など、豊かな自然を生かした産業で古くから栄えてきました。

そんなまちの資源を「選択と集中」によって最大限に活用し、就任1期目にして、ふるさと納税額を約13倍に、経常収支比率を約7%改善させたのが齊藤啓輔町長です。

自治体運営にも「経営」の視点が重要となる中、今回のインタビュー(写真1)で語られる齊藤町長の戦略や行動は、読者にとって貴重な知見となるでしょう。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

マーケティングとネットワーク

小田 まずは略歴からご紹介いただけますか?

齊藤町長 私は大学卒業後に外務省に入省し、ロシア大使館、ウズベキスタン大使館、ウラジオストク総領事館などで勤務しました。2014年からは首相官邸国際広報室に勤め、16年に北海道天塩町の副町長に就任しました。余市町長に就任したのは18年です。

 

小田 外務省出身ということで、「機を見る」ことにたけていらっしゃる印象です。齊藤町長が行ってきた施策やその成果を見ると、まるで起業家のように思えます。

齊藤町長 確かに外務省は、霞が関の中でも常に「空中戦」を行っています。最もスピードやタイミングが重視される役所です。ですから、私自身も機を見ることに関して自然と身に付いたのではないかと思います。

 

小田 16年から2年間務められた天塩町の副町長時代のふるさと納税額を見ると、就任翌年からの2年間だけが突出して高いことが分かります。何か仕掛けを講じたのでしょうか?

齊藤町長 基本的にはマーケティングとネットワークづくりです。市場に受ける商品を作って関係者と信頼関係を構築したり、コミュニケーションを円滑にしたりした結果、たくさんの方が応援してくださったということですね。余市町でも同じことを行っています。

 

小田 もう少し詳しく伺えますか?

齊藤町長 ふるさと納税は電子商取引(EC)のようなものです。ですから、本質的な考え方は「どういう層にどういう物を届けたら購入されるか」です。その辺りをきちんと確認しながら商品開発しています。

ふるさと納税に限らず、地方の特産品開発でよくありがちなのが、「わがまちにはこんなものがあるから、これを使って何か作ろう」という「プロダクトアウト」型の発想です。そうではなく、「誰に向けて作るのか」という「マーケットイン」の発想が必要です。

 

小田 そうした取り組みの結果、余市町はふるさと納税額が13倍になったのですね。

齊藤町長 もともと平均で約6000万円だったのが、今では8億円ほどまで伸びてきました()。

 

小田 町財政に相当のインパクトがありますね。マーケティング戦略は自ら考えられるのですか?

齊藤町長 基本的には自ら考えています。町が持つ強みと弱みを把握することはもちろん、マーケットトレンドを見ながら、今後何が市場で受けるのかを正確に予測して戦略を立てます。

 

表(出典:余市町ウェブサイト)

 

「ワインで一点突破」の裏側

小田 今回のインタビューに当たり、他メディアの取材記事を拝見しました。そこで齊藤町長は「一点突破で、ワイン産業に集中的に力を注ぎ、町の活路を切り開く」とおっしゃっていました。これは非常に勇気のある決断だと思います。

一般的に行政は産業全体を満遍なく伸ばそうとしますが、余市町は「選択と集中」でワインに絞っています。この決断の意図を教えていただけますか?

齊藤町長 確かに私は「ワインで一点突破」と申し上げましたが、これは他産業をないがしろにするという意味ではありません。町のポジションとしてワインを推すことを明確にしたので、ブランディングの一種だと捉えていただければと思います。

なぜワインを選んだかというと、産業理論的に裾野の広がりがある商品だからです。ただボトリングして終わりではなく、ツーリズムや「食」と結び付けることができます。ワインにひも付いて「食」の産業が盛り上がれば、果樹栽培以外の1次産業に好影響があります。また、サービス業や宿泊業にも波及効果が期待できます。「ワインで一点突破」の裏側には、こういった意図が隠れています。

 

写真1 齊藤町長(上)へのインタビューはオンラインで行われた。

 

小田 実際にどのようなマーケティングを行い、どのような手応えを感じましたか?

齊藤町長 ワイン産業に関しては、マーケットが世界になります。ワインは、外交官の会食では最初に出される飲み物です。昔から「言語が通じなくてもワインで語れる」というくらい、知的好奇心の強い方や富裕層の間で好まれ、世界の共通言語としての役割を担ってきました。そんなマーケットの中でどこを狙うか、です。

大衆向けにリーズナブルにするのか、それともトップティア(一流)を狙うのか。そこで余市町の特性と世界のマーケットを照らし合わせたときに、ある発見がありました。

 

まず、ワインの銘醸地であるフランスやイタリアに入り込むのは難しいという点です。フランスやイタリアでは自国のワインが集中的に飲まれているからです。そのような国に余市町のワインが分け入っていくのは難しい。次に英国に目を向けると、ワインの生産は盛んではありませんが、各国から輸入しており、品評能力に優れた国であることが分かります。であるならば、英国はマーケットの選択肢となり得ます。

 

他にも入り込めるところはないかと見渡したときに、「世界のベスト・レストラン50」で何度も世界一に輝いているデンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」がありました。実は、北海道と北欧の気候や食文化には共通点が多いのです。塩漬けや薫製といった保存食、ジビエ(野生鳥獣の肉)など、食材の調理に関して通ずる部分が多々あります。

つまり、余市町のワインは「noma」で提供される料理と相性が良いのです。「noma」のようなトップティアのレストランに余市町のワインを入れることができたら、そこから情報が拡散し、違うレイヤー(層)のマーケットにも広がるだろうと考えました。

 

そこで、まず照準を「noma」に向けるというPR戦略の下、綿密に計画を立てて私自身が同店を訪問し、ソムリエに余市町のワインを紹介しました。すると、町のワイナリー「ドメーヌ・タカヒコ」が醸造する「ナナツモリ ピノ・ノワール2017」が、同店のワインリストに掲載されることとなったのです。

 

ちなみに、余市町はピノ・ノワール(赤ワイン用のブドウ品種)の上質な産地です。これは赤ワインを選ぶ際の第1選択となり得る有名品種です。いざ市場に出回ったときにメジャーで選ばれやすいことも踏まえた上で、「noma」には「ナナツモリ ピノ・ノワール2017」を紹介しました。

晴れて同店のワインリストに掲載されたことで、余市町は「世界最高峰のピノ・ノワール産地」というブランディングの方向性が打ち出せます。そこで、ワイン用ブドウの栽培に関する補助金の内容を刷新しました。ピノ・ノワールやシャルドネなど、メジャーな品種を栽培する場合は補助金を手厚くしています。

 

第2回に続く

 


【プロフィール】
北海道余市町長・齊藤 啓輔(さいとう けいすけ)

1981年生まれ。早大卒。2004年外務省に入り、ロシア大使館、ウズベキスタン大使館、ウラジオストク総領事館、首相官邸国際広報室などで勤務。16年6月北海道天塩町副町長に就任。18年9月北海道余市町長に就任し、現在2期目。

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