コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション(後編)

コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション
有権者の意識変化に、地方自治体はどう応えるべきか

滋賀県日野町長
堀江 和博

2020/10/13 コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション(前編)
2020/10/15 コロナ禍の選挙とリスクコミュニケーション(後編)


求められるコミュニケーションとは

そういった意味からすると、政治や行政に携わる者として、いかに住民とコミュニケーションをとっていくかは非常に重要なテーマとなります。住民とのコミュニケーション如何で、政治や行政に対する評価は大きく変わります。では、コロナ禍のような状況において、我々はどのように住民とコミュニケーションをとっていけばいいのでしょうか。今回はその方法として「リスクコミュニケーション」について触れたいと思います。

「リスクコミュニケーション(risk communication)」という言葉の意味について、三省堂の「大辞林」第三版には「災害や環境問題、原子力施設などから人類や生態系が受ける影響・リスクをめぐり、企業、専門家、行政、消費者、地域住民などの間で行われる情報伝達。正確な情報を共有し、安全対策や許容できるリスクについて相互の意思疎通、共通認識の構築、合意形成を図ることが期待される」と記されています。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけにして生じた影響・リスクはたくさんあります。私が首長を務める滋賀県日野町においても、8月末日までに3人の感染者が判明しました。それにより、感染者に健康被害が生じたことはもちろんですが、長期自粛による地元飲食業をはじめとする事業者の収入減少、公立学校の臨時休校による児童生徒の学習の遅れが発生しました。同時に、地域活動が全て中止されたことにより、人と人とが出会う機会が奪われました。また、人権侵害の報告はありませんが、感染者の詮索などは住民間で発生しており、いつ人権侵害が起こってもおかしくない状況にあります。

しかしながら、我々は、それらリスクについて、住民や事業者、関係団体などのステークホルダー(利害関係者)と相互の意思疎通を図り、共通認識を構築することが上手くできているでしょうか。ある種の危機的な環境下における行政のコミュニケーションの方法は、通常のそれとは異なってしかるべきです。行政による正確な情報が提供されるとともに、ステークホルダー間において、リスクや対策についての共通認識の構築や合意形成が適切に行われなければなりません。それができなければ、ステークホルダーの不安や不満は解消されないばかりか、感染のさらなる拡大や、デマなどの拡大にもつながる恐れがあります。それが政治・行政への批判につながり、前編で示した選挙結果に反映されることにもなります。

リスクコミュニケーションの要点

では、「リスクコミュニケーション」はどのように行えばいいのでしょうか。医師で神戸大教授の岩田健太郎氏は著書(注2)において、三つのポイントを示しており、それを基に要点をまとめてみたいと思います。

1点目は「だれが聞き手なのか」を意識するということです。人の属性(年齢・家族・場所・職業・環境など)によって、感染症に対する認識は大きく異なります。感染リスクがある医療従事者とリスクが少ない職業の人、重症化のリスクがある高齢者とリスクが低い若者、都市部に出入りする人と全く出入りしない人など、その属性によって伝えるべき情報の中身や、言葉の強弱、表現が変わります。全ての人を対象とする言葉は、論点があいまいになり、聞き手に訴求しないメッセージとなります。聞き手の関心や置かれている状況を理解することが、効果的なコミュニケーションの前提となります。

2点目は「状況はどうなっているのか」について、表現を工夫するということです。今回の新型コロナウイルスに関するメディアの報道は「感染者数〇〇人」というものばかりです。確かに数字も大切ですが、より重要なのは「なぜ感染が起こったのか」「どうすれば食い止めることができるのか」といった情報です。また、陽性率〇%、重症化率〇%など、さまざまな数値が報道されますが、重要なことはその数値が何を意味するかをしっかり伝えるということです。例えば、PCR検査での陽性率が5%だとしましょう。数値だけを示すのではなく、高いのか低いのか、なぜこの数値なのか、今後はどういった傾向なのか、ある種の価値判断を加えて発信しなければ、前提知識のない聞き手にとっては理解し難い情報となります。

3点目は「何のためにやっているのか」を繰り返し確認するということです。しばしば行政の施策は「対策のための対策」や「手段の目的化」となってしまうことがあります。先日あるニュースで、日本人がマスクを着ける最も多い動機は、感染が怖いからでも他の人を守るためでもなく、「みんなが着けているから」と報じられていました。よく似た話は、行政施策の中でもあり得ます。対策が形骸化していないか、手段が目的化していないか自問自答し、効果的なリスクマネジメントとコミュニケーションを行うことが重要です。

結びに

本稿ではコロナ禍における首長の選挙結果の傾向から住民の意識変化があることを示唆するとともに、後編では、そのために必要とされるコミュニケーションの在り方について考えました。コロナ禍を契機に、住民をはじめステークホルダーとのコミュニケーションの在り方を、いま一度見直す時期に来ているのではないでしょうか。

注2=「『感染症パニック』を防げ! リスク・コミュニケーション入門」(岩田健太郎著 光文社新書2014年)

(おわり)


プロフィール堀江町長
堀江 和博(ほりえ・かずひろ)

滋賀県日野町長
1984年生まれ。滋賀県日野町出身。立命館大学政策科学部卒業、京都大学公共政策大学院修了。民間企業や日野町議会議員(2期)を経て、2020年7月、日野町長に就任(滋賀県内最年少首長)。

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