働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(後編)

株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/04/19  働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(前編)
2021/04/21  働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(後編)


副業から複業へ

終身雇用からジョブ型雇用になった未来の、私たちの働き方はどうなっているのか、展望してみます。

一つ確実に言えることは、これから複業が当たり前になっていくということ。「副業」ではなく「複業」です。一つの会社に強くコミット(関与)した上で、サブ的に他社でも働くのが副業だとすれば、複業は同じコミットメントで複数の会社で働くことを指します。これは公務員の世界でも同じことが起きるでしょう。官官の複業もあれば、官民の複業もあるはずです。

ジョブ型雇用が定着した未来では、複業が当たり前になっています。それは言い換えれば、キャリアがモジュール化(部品の共通化)するという意味でもあります。

一つ一つのプロジェクトでの実績がキャリアの部品となり、その部品が多様であればあるほど、その人のキャリアは強固なものになるイメージです。なぜなら、部品の掛け算によってその人の市場価値が決まるからです。

私自身もモジュール化するキャリアの時代に臨んでいる立場であり、ヒントになる部分があると思うので、少し触れてみましょう。

例えば私の場合、ビジネスパーソンとしての最初のキャリアは記者でした。日経BPに入社し、日経エレクトロニクス編集部で働いたことで、取材のイロハや情報の集め方はもちろん、編集の価値等を身に付けました。

これだけだったら、数多いる記者と同じですが、私の場合には幸運なことに政治の世界に転じ、10年間市議会議員としてキャリアを積むことができました。記者経験は議会活動において、大きな武器となりました。情報の集め方、その編集と見せ方など、ほかの議員にはないスキルを生かすことができたからです。

今でもはっきり覚えているのは、2007年、横浜市議会議員に初当選した直後の議会で質問に登壇したときのこと。

質問を終えて議場から帰る際に、ベテラン議員に「伊藤くんのきょうの質問は、行政の誰かから知恵を付けてもらったの?でも、いきなり新人の君に、議会質問のネタを渡すとは思えないから、この質問をどうやって組み立てたのか、感心していたんだ」と言われました。

記者を経験していた私にとっては何のことはない、仮説を立て、それに基づき情報を集め、編集し、議会で質問しただけのことで、記者時代の手法をそのまま適用しただけだったのですが、議会や行政にとっては初めて見る手法だったのでしょう、私の議会質疑はユニークに映ったようでした。

スケールフリーネットワークを意識したキャリア形成が重要に

議会と行政を経験したことで、その後は再び、日経BPから10年後の日本を予測する「日本の未来2019─2028」の企画・総合監修・執筆の仕事が舞い込みました。企業の経営企画に向けたレポートであることから、当然、私の市場価値は高まりました。

そして今は株式会社Public dots & Companyを創業し、会社の経営をしつつ、新規事業開発にも責任者として携わっています。

こうした経験も今後、掛け算の対象になっていきます。無論、私の場合は前述した複業ではなく、その時々に必要とされる領域で全力を尽くし、異なる経験を重ねてきた結果、自分の市場価値を生み出してきたということになります。

複業時代には、これが同時並行に起きるため、そのレバレッジは今まで以上に効くようになっていきます。つまり成長の速度、自らの市場価値の形成が従来よりも加速度的に進むというわけです。

もちろん、これには功罪あって、この波を掴める人と掴めない人に二極化していく可能性はあります。個人の人生という意味では、格差がさらに開いていく可能性がある未来には不安があるのも確かです。

そのときに知っておきたいのは、「スケールフリーネットワーク」の存在です。スケールフリーネットワークとは20世紀後半に、米ノートルダム大のアルバート・ラズロ・バラバシ教授によって発見されたネットワークで、インターネットの世界ではほとんどのノード(ウェブサイト)はわずかしかリンクがない一方、ごく一部のノードだけに膨大なリンクが集中しているというものでした。

これはさながら航空網に似ていて、少数の巨大ハブ空港があって、その周りに多数の小さな空港が接続されているのと同じです。ハブ空港には大小さまざまな空港からのアクセスが集まるためにその利便性は高く、また新しい空港が接続を求めてくるといった具合です。

これは人間関係でも同様だとされており、ジョブ型雇用時代には人材のスケールフリーネットワークが加速すると思われます。私たちの選択肢として、ハブ空港に当たる人材のどれだけ近いところにポジションを取れるか、が重要になってきそうです。

もちろん、これは言うほど簡単なことではありませんが、複業時代にやってくるキャリアのモジュール化と、それに伴って加速する個人の市場価値の形成、そのベースになるスケールフリーネットワークの存在を念頭に置いておくことに損はないでしょう。

自分自身がハブになれないまでも、この考え方を理解した上でキャリアデザインできるか否かは、人生を大きく左右するに違いありません。

ジョブ型雇用で始まる企業の淘汰

ここまで個人の働き方にフォーカスしてきましたが、実は最も心してかからないといけないのは企業であり、行政です。ジョブ型雇用では企業の淘汰こそ加速するからです。そして、行政はこういう社会の変化を肌感覚を持って理解しておく必要があります。

少し考えてみてください。ジョブ型で複数の企業で働く時代、少なくともその選択肢を取り得る人にとって、どの会社にコミットして働くかの基準が単純に金銭的動機になるでしょうか。

おそらく、そうはならないはずです。もちろん霞を食べて生きていくことはできないものの、これから人は自分を必要としている企業で、かつ、つくりたい未来を共有できる企業で働きたいと思うようになるはずです。5万円、10万円の差でフィー(報酬)の高い方の企業を選ぶ、という価値観はなくなっていきます。

つまり、企業は自分たちが何のために存在するのか、どんな社会をつくろうとしているのか、ミッションをちゃんと語っているかどうか、ということこそが重要になっていく未来が到来します。ミッションがしっかりと語られ、会社の事業がそのミッションを体現する形で位置付けられている企業の未来は明るいし、人を集めていくでしょう。

逆にミッションが語られていない、あるいは語られているものの、会社が本気で取り組んでいない所で人は働きたくないという気持ちが強くなっていく。結果として、ミッションを定めていない企業は選ばれない時代になっていくわけです。

今は過渡期。だからこそジョブ型雇用に不安を感じる人も多いでしょうし、この雇用を打ち出している企業も自分たちが淘汰される側になる、ということは微塵も想像していないでしょう。

ジョブ型雇用の行き着く先では、ミッションのある企業は栄え、ミッションなき企業は淘汰されていくのだろうと感じます。

 

(おわり)


【プロフィール】

伊藤 大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役伊藤大貴

元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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