働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(前編)

株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/04/19  働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(前編)
2021/04/21  働き方をカスタマイズする時代へ~行政は企業の変化にアンテナを~(後編)


この1年、あまりに多くのことが起こり過ぎました。新型コロナウイルス感染症のクラスター(感染者集団)が発生した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」のテレビ報道がわずか1年ちょっと前。今振り返れば、この時はまだ、新型コロナウイルスへの危機感は弱かったように思います。

社会の空気が一変したのは、タレントの志村けんさんの急逝からだったでしょうか。誰もが知っている有名人が、わずか数日の間に容体が変化し帰らぬ人となった衝撃は大きかった。こうしたニュースがたった1年前の出来事であることが信じられないほどに、すっかり社会の風景は変わってしまいました。まさに社会変容であり、ニューノーマル(新常態)への移行です。

社会変容の代表的な例が「働き方」でしょう。この記事では、前編・後編に分けて、新型コロナが大きな影響を及ぼしつつある、これからの働き方について未来を展望してみようと思います。働き方の変化は暮らしの変化そのものですから、自治体にとって最も観察しておかなければならない対象です。

一つ確実に言えることは、コロナで新しい未来がやってきたということではなく、「もう少し先かも」と思っていた未来がコロナによって加速し、思いのほか早く私たちの目の前に現れたにすぎないということです。

電通の業務委託切り替えはリストラか?

働き方で大きな話題を呼んでいるのが電通です。同社は新しい働き方「ライフシフトプラットフォーム」を提唱し、2021年1月から全体の3%に当たる230人の社員を正社員から業務委託契約に切り替え、「個人事業主」として働いてもらう制度を始めました。

近年、電通の広告事業は陰りを見せ、新型コロナによる広告費減というダメージも手伝って、「コロナを言い訳にしたリストラではないか」と一部ネットでも騒がれましたが、実態はそうでもないようです。

この制度は数年前から同社の中で議論されてきた働き方で、電通はこの制度の希望者は100人程度と見込んでいましたが、ふたを開けたら200人を超える応募者があったといいます。

こうした例は枚挙にいとまがなく、資生堂も2021年1月からオフィスに勤務する社員8000人をジョブ型雇用に切り替えていますし、富士通も課長職以上の1万5000人を、日立製作所も2万3000人をジョブ型雇用へ切り替える方針を明らかにしています。

ジョブ型雇用への移行においては、いずれ電通のように業務委託へと切り替わっていくでしょうし、もっというと、初期のフェーズでは自らキャリアをデザインしていく意欲のある人、このままでは社会の変化に取り残されるという危機感を持った人からこうした制度にいち早く飛び乗っていくことでしょう。

振り返ってみれば、新型コロナよりも前の2019年5月に、経団連の中西宏明会長は「終身雇用を前提にした企業運営、事業活動の限界」「外部環境の変化に伴い、就職した時点と同じ事業がずっと継続するとは考えにくい」こと等から、終身雇用からジョブ型雇用への移行の考えを示していました。

もっとも理屈としてはそうだとしても、戦後の雇用習慣としてすっかり定着した終身雇用制度を見直すためには、労働組合との調整や世論等ハードルが幾つもあります。ジョブ型雇用への移行はそう簡単とは思えませんでしたが、新型コロナが一気に加速させた格好です。何といってもテレワークによって、仕事をアウトプットで評価するしかなくなったのも大きな影響を与えていくでしょう。

終身雇用制度はせいぜい戦後日本の歴史にすぎない

今、私たちの目の前には退職なき人生100年社会が到来しつつあります。

指数関数的に進化するテクノロジーは、私たちの日常の風景を構造的に変えていきます。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)は至る所に張り巡らされ、より一層、情報密度の高い世界が現れています。

産業構造も刻一刻と多面的に変化し、価値を創造するプロセスそのものが進化するため、それに応じて一人ひとりの「キャリア」や「働き方」も一大変革期を迎えています。これからの10年は、人類におけるキャリアイノベーションの時代といっていいでしょう。

全世界的に進行しているサラリーマン全盛時代のゆっくりとした終焉の様子が私たちの目の前で繰り広げられており、私たち自身がその当事者でもあります。

この記事を読んでいる多くの公務員の方にとって、異次元の、どこか別の世界で起きている出来事のように思えるかもしれませんが、公務員の世界にも同じ変化が押し寄せるのは時間の問題です。

今サラリーマンが労働人口の5分の4を超えて一般化していますが、このような時代は実は3代程度であり、歴史としては100年ほど。1950年代から本格化した年功序列や終身雇用を柱とする「就社社会」は、わずかひとときの価値観だったと言っていいでしょう。

この時代の成功体験が大き過ぎたことが終身雇用からジョブ型雇用への心理的抵抗感につながっていたわけですが、ここを大きくドライブしたのが新型コロナです。

渋谷区は議会質問調整もオンライン

そこで考えたいのはテクノロジーから眺める働き方です。新型コロナによるテレワークは一過性のもので、「やはり従来のような顔を合わせて行うミーティングに勝るものはないのだから、コロナが落ち着けば元に戻るだろう」、という声がないわけではありません。

この記事を読んでいる行政分野の方であれば、なおのことかもしれません。自治体は新型コロナが落ち着けば、何もなかったかのように従来の働き方に戻る可能性すらあります。

目の前のことだけ考えれば、その方が楽かもしれません。問題は行政だけがニューノーマルに移行しなかったときの社会との隔絶です。

アフターコロナにおける民間企業では、会議くらいであれば、基本的にオンラインが前提になるだろうし、対面で会うとなれば、対面である特別な理由が求められるようになるはずです。そういう社会になった中で、行政だけが従前のようにオフライン前提で働き方が設計されていたら、良い政策はもちろん、良質な官民連携、官民共創などとても望めないでしょう。

面白い話があります。自治体DX(デジタルトランスフォーメーション)で先頭を走っている渋谷区では、既に職員と議員の接触はオンラインだというのです。しかも議会にとっても行政にとっても最も忙しい第1回定例会、つまり予算審査のある定例会で渋谷区は議員との答弁調整、意見交換をオンラインでやり切ったといいます。

通常、議員が議会で何を質問するか、情報を得るために行政職員は議員に接触します。これは全国どこでも見られる風景で、これまでは当たり前のように対面で行われていました。もちろん、今でもほとんどの自治体はコロナ下でも議員には対面で接触していたことでしょう。

ところが渋谷区の場合は、この対面接触を原則なくし、すべてオンラインで対応しているというのです。議員と職員のコミュニケーションの在り方が変わるという意味では、これもまた働き方の変化と言っていいでしょう。

今回の新型コロナで急加速したテレワークという働き方は不可逆な変化であり、加えて、前述したようにジョブ型への移行を促進するものになります。今社会人として若手・中堅に相当するミレニアル世代(1980年代序盤から2000年代序盤に生まれた世代)はこうした変化を受け入れつつあるし、これから社会人になっていくZ世代(2000年代以降に生まれた世代)にとってはもう、当たり前の世界でしょう。

気の毒なのは、それ以前の世代です。まさに筆者はその世代に当たるわけですが、今の40代は社会人になるときは就職氷河期で、まだ終身雇用の名残があり、上の世代がつかえていました。40代あるいは50代に差し掛かり、気付いたときには社会の様相がすっかり変わってしまい、終身雇用が明らかに終わろうとしている上に、この二十数年の間に、明確なキャリアが形成できたわけでもありません。

いってみれば、終身雇用制度の影響を受ける最後の世代で、さりとて上の世代のように会社が用意してくれた第二の人生があるわけでもない。気の毒といえば気の毒な世代ですが、このタイミングで新型コロナによって未来の針が一気に進んでしまいました。

 

「後編」につづく


【プロフィール】

伊藤 大貴(いとう・ひろたか)
株式会社Public dots & Company代表取締役伊藤大貴

元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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