経験を生かしつつ、時流を捉える~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(2)~

兵庫県養父市長長 広瀬栄
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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制度の理不尽や矛盾を正す

小田 養父市は国家戦略特区を活用した農業改革、インクルーシブなまちづくり、デジタルトランスフォーメーション(DX)など、「今やるべき」政策に総じて取り組んでいる印象を受けます。

マイナンバーカードの普及も早い段階から手を打ち、今年2月末時点の交付率は91.5%となっています。とはいえ、リソース(資源)は限られるので「何をやり、何をやらないか」という判断が重要です。これはどのように決めるのですか?

広瀬市長 市が抱える最大かつ喫緊の課題は少子化です。少子化対策に最も重きを置いており、そのためには他のすべてを犠牲にしてもよいと考えています。

しかしながら少子化対策は、総合施策と言い換えることもできます。若者の移住・定住、就労、出産・子育て、教育、まちのにぎわいづくり、医療・福祉、情報も含めたインフラ整備など、あらゆる施策を網羅した取り組みが必要です。ですから少子化問題を軸として、ほぼすべての分野に手を着けることになります。

私たちが仕事をする上で意識しなければならないのは「常に住民の立場に立ち、住民と協働し、最適な価値を生み出す」ことです。行政は自らの組織を維持するためだけに仕事をしてはいけません。

一昔前の行政には、与えられたフォーマットに沿って仕事をしていればよいという風潮がありました。確かにミスなく業務をこなすことは重要ですが、それがすべてになり、「住民の価値」という視点で物事を考えなくなると、大きな過ちにつながります。これが、いわゆる「住民から乖離した行政」の姿です。

最近は、行政の仕事の一つ一つを「住民の価値につながるかどうか」という視点で見るようにしています。そうすると、理不尽や矛盾に気付くことも多いのです。

 

小田 今までに気付いた理不尽や矛盾とは、例えばどのようなものでしょうか?

広瀬市長 例えばシルバー人材センターの制度です。かつてはセンターから派遣される労働者の労働時間の上限が、週20時間と定められていました。この制限は、もともと現役世代の仕事を圧迫しないという趣旨で設けられたものですが、今は社会を支える現役世代が減り、高齢者が増えています。

私は、従来のように現役世代が高齢者を支えるのではなく、元気な高齢者が支援を要する高齢者を支える社会構造が望ましいと考えています。センターに登録した高齢者からは「まだまだ働きたい」「世の中の役に立ちたい」「収入を得て、孫にお年玉をあげたい」「しかし働くなと言われる」といった声が上がっていました。制度が矛盾していたわけです。

そこで市は2014年、国に規制緩和を求めました。その結果、労働時間の上限を週40時間まで増やすことができました。これはその後、厚生労働省の「シルバー人材センターの就業時間を拡大する特例措置」として、全国的に拡大しています。(写真1

 

写真1 2019年3月発行「国家戦略特区と地方創生 養父市の挑戦」より(出典:養父市)

 

医療制度の矛盾に気付き、国に規制緩和を求めた事例もあります。それは「遠隔診療はできるのに、遠隔服薬指導はできない」という点です。テレビ電話を用いて遠隔診療を行ったのに、薬は薬局へ取りに行く必要があるというのでは、感染症のリスクが高まってしまいます。

これに関しても遠隔服薬指導ができるよう国に要望し、18年6月に実現しました。新型コロナウイルス禍を機に全国展開されています。

家庭の自家用車をタクシーとして用いる取り組みも行っています。これも特区による規制緩和です。人口減少で公共交通の維持が難しくなり、観光客や過疎地域での住民の移動手段の確保が課題になっています。またタクシー会社の中には、車両の所有コストで経営が厳しくなっているところがあります。一方、家庭では1人1台の車を所有しており、車庫で眠っているものすらあります。

こうした矛盾は、自家用車の活用で解消に向かいます。そこで、18年5月に官民連携で「自家用有償観光旅客等運送事業(愛称・YABUKURU)」を開始しました(写真2)。20年には「スクールやぶくる」として、小中学生の登校時の移動手段にもなっています。

 

小田 現行制度の矛盾に気付いたら、その解消に向けて具体的に動くのですね。

広瀬市長 国家戦略特区の制度を使うと、いろいろなことに挑戦できます。職員とも「矛盾を感じたら、すぐに提案しよう」と話しながら日々の業務を進めています。

 

写真2 2019年3月発行「国家戦略特区と地方創生 養父市の挑戦」より(出典:養父市)

 

教育分野も改革へ

小田 少子化対策を軸にさまざまな取り組みを実行していますが、もっと強化したい分野はありますか?

広瀬市長 教育の分野です。まちづくりをする上では、人づくりが最も大切だからです。既に教育委員会と連携しながら注力してはいるのですが、制度そのものが時代に追い付いていないと感じることも多々あります。

今はデジタルの恩恵により、遠隔授業ができるようになりました。多世代で同じカリキュラムを学ぶことも、個人の特性に合わせて長所を伸ばす教育もできます。そうした多様な教育環境が実現できるにもかかわらず、制度は紋切り型のままであることが多いのです。

 

小田 これから教育分野の規制緩和に取り組むのですね?

広瀬市長 制度には「どこが管轄しているか」という議論が付き物です。しかし私たちから見れば、管轄が国であろうが県であろうが同じことです。法律なのか政令なのか県の条例なのか規則なのか、もしくは通達なのかは分かりませんが、住民に価値をもたらすことができない仕組みになっているのであれば、その障害は取り除くべきです。ですから教育制度に関しても、緩和されるような働き掛けを行っていきたいと考えています。

 

小田 広瀬市長の「住民の価値から乖離した制度の理不尽や矛盾は正す」という姿勢からは、行政の存在意義を問う強烈なメッセージを感じます。

次回は「中山間地農業の改革拠点」として指定された国家戦略特区の取り組みについて伺います。

 

第3回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年4月10日号

 


【プロフィール】

兵庫県養父市長・広瀬 栄(ひろせ さかえ)

1947年兵庫県養父郡八鹿町(現・養父市)生まれ。鳥取大農卒。建設会社勤務を経て、76年八鹿町に入り、商工労政課長、企画商工課長、建設課長を歴任。養父市都市整備部長、助役、副市長を経て、2008年11月養父市長に就任。現在4期目。

 

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