経験を生かしつつ、時流を捉える~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(1)~

兵庫県養父市長長 広瀬栄
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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人口約2万2000人、中山間地域に位置し、農業を主産業とする兵庫県養父市。「豊かで持続可能なスマートヴィレッジの共創」を将来像に掲げ、刻々と進む少子高齢化に対応するための施策に取り組んでいます。改革の旗振り役である広瀬栄市長に、そのビジョンや哲学などを伺いました。(写真)(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

写真 広瀬市長(上)へのインタビューはオンラインで行われた(出典:官民共創未来コンソーシアム)

 

ビジョンや哲学が反映された施政方針

小田 施政方針演説の記録を拝見しました。その中で、特に印象に残ったのが「常識から一歩進んだ新たな発想が生かされる新しい時代が、間違いなく足元に近づいてきています。そのことにわれわれは気付くべきです」「イノベーション(革新)と活力あるまちづくりに必要なのは共感と偶然性」という言葉です。

これは2022年度のものですが、23年度は「VUCA」(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)時代のまちづくりについても述べられており、時代性を捉えながら柔軟な発想で市政を担う姿勢が伝わってきました。演説内容はどのように練られているのでしょうか?

広瀬市長 施政方針演説は、今後1年間で市が取り組むことを決意を持って伝え、住民にまちづくりの方向性を理解していただく最も重要な機会です。短期的に見れば、住民にとって不都合な施策があるかもしれません。しかし長期的に見ると、今から手を打っておかなければ、子どもたちの世代に大きな負担を残す問題が数多くあります。それらを一緒に汗を流して乗り越えていきましょうと訴えます。

ただし、施政方針演説だけでは伝え切れない部分もあります。そこで、前年の12月からその年の3月までの取り組みに関する行政報告も併せて行い、より深く市政について理解いただけるように努めています。

施政方針の作成に当たっては、政策全体の取りまとめ役となる経営企画部経営政策・国家戦略特区課の職員が担当しています。毎回、何をどう伝えようかと苦労しますが、職員も市長になったつもりでこん身の力を注いでいます。

 

小田 広瀬市長のビジョンや哲学が端々に表れているところを見ると、市長と職員が一体となって作成しているのだと推察します。特に時代性の捉え方は、まるで若手起業家のようです。

広瀬市長 私は現在75歳で後期高齢者に該当します。しかし、さまざまなことに興味を持ちたいという思いは昔から変わっていません。何よりも、生まれ育ったまちを残していかなければならないと危機感を持っています。

私は養父市を素晴らしいまちだと思っています。心の豊かな方が多く、住みやすい土地です。しかし近年は少子化が急激に進み、人口も減少しています。このままでは未来の養父市の担い手がいなくなり、まちの荒廃につながります。そうなってしまっては子どもたちに申し訳ありません。

今の子どもたちが30~40代の現役世代になったときに、活躍できる場を残しておくことがわれわれの責任です。そう考えると、時代の流れだけはしっかり捉えておこうと思うのです。

 

小田 施政方針演説の中には、デジタルグローバルの時代に対応する旨の発言もありました。

広瀬市長 私にとっては難しい分野です。しかし若手職員が代わりに理解を深め、取り組みを進めてくれています。お互いに得意分野と不得意分野がありますから、補い合うことが大切です。

先ほど「危機感」と申し上げましたが、私には楽天的な面もあります。ここで言う楽天的とは、厳しい状況の中でも気持ちを明るく持ち、理想の将来像に向かってたゆまぬ努力をする姿勢のことです。例えるなら作家・司馬遼太郎さんの代表作「坂の上の雲」に登場する、明治維新を生き抜いた人たちのような姿です。

彼らは激動の時代にあっても、絶えず雲を見上げるように高い志を掲げ、そこに向かって突き進みました。このような姿勢は今の社会でも必要だと思います。努力して困難を乗り越えたら、必ず良いことがあると私は信じているので、そういう思いを施政方針演説で表しています。

 

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新たな情報とのバランス

小田 VUCAのような時代性を捉えたキーワードは、どういった経緯で知るのですか?

広瀬市長 VUCAに関しては、女子小学生が教えてくれました。5~6年前でしょうか、デジタルを活用した行政運営に取り組まなければと考えていたとき、彼女と話す機会に恵まれました。

当時小学生だったその女性は市出身者の娘さんでしたが、「電子国家」と評されるエストニアに滞在した経験を持っていました。また、デジタル技術を使ったコミュニティーにも属していました。その彼女が私にこう言ったのです。

「市長、今は(短期で開発・実装を繰り返して完成度を高めていく)『アジャイル』の社会です。VUCAの社会です」

それまで私は、住民にとって最適な価値を提供できるような政策を行ってきたつもりでした。しかし彼女からは、市の取り組みがまだまだゆっくりに見えたのでしょう。「アジャイル」「VUCA」という言葉の意味を調べる中で、私はそう気付きました。若い人たちに政治に興味を持ってもらいたいのであれば、彼らの感性に沿った言葉を使い、施策に反映していく必要があると感じました。

 

小田 小学生から聞いた言葉を自身で調べたのですね。

広瀬市長 はい。私は当時69歳でした。その他の情報収集の方法としては、全国市長会の会合に参加して他自治体の市長と交流を図ったり、「医療」「農業」「教育」といったテーマ別に開催される意見交換会に出席したりしています。

 

小田 自らアンテナを張り、積極的に情報を取りに行くのですね。

広瀬市長 待っていては何も得られません。面白そうだと思った会合があれば、自分で事務局に問い合わせることもあります。全国市長会の会合は東京で開かれることが多いのですが、時間が合えば、なるべく参加するようにしています。

 

小田 30~40代の首長のようなフットワークの軽さですね。

広瀬市長 やはり年齢を重ねると体力が落ちてきます。その点では若い首長をうらやましいと思うこともあります。ただし経験値という点では、年齢は強みになります。さまざまな社会経験は人とのつながりや深い議論に発展します。私が市長になったのは60歳のときですが、それはそれで良かったと思っています。

 

小田 経験値は政策判断や着想力、発想力につながりそうです。

広瀬市長 年齢を重ねると、失敗したこと、うまくいったことなど、さまざまな経験をします。そういう意味では、総合的な視点で物事の判断ができるのではないかと思います。ただし過去の成功体験にとらわれ、「これしかない」と思い込んでしまうと、大きな過ちを犯すことにつながるでしょう。バランス感覚が試されます。

今の時代は、国内でも海外でも想定外の出来事が非常に多くあります。それに伴い、困難の数も増えてきていると感じます。それぞれが複雑化しており、解決策として確実な答えを見いだせなくなってきました。そんな中、これまでに培った自分の知力や経験を生かしつつ、外部の力も借りながら、あらゆる側面で考えることが求められているのです。

 

小田 自身の知識や経験と、さまざまな立場の方の知見を勘案し、バランスの良い判断をしようとされているのですね。

広瀬市長 養父市が豊かになることが大事です。近隣の市町で良い取り組みをしていると耳にすれば、すぐにそこの首長に連絡したり会いに行ったりします。そして、まねさせてほしいと素直にお願いします。そのときは恥であるとか、自分のメンツを保とうなどとは全く思いません。

 

小田 相手が年下の若い首長でも?

広瀬市長 はい。発想を頂けることに感謝しています。ただし全く同じことを行うわけではありません。あくまでも発想や枠組みをまねさせていただくということです。まねするのは決して悪いことではないと思っています。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年4月10日号

 


【プロフィール】

兵庫県養父市長・広瀬 栄(ひろせ さかえ)

1947年兵庫県養父郡八鹿町(現・養父市)生まれ。鳥取大農卒。建設会社勤務を経て、76年八鹿町に入り、商工労政課長、企画商工課長、建設課長を歴任。養父市都市整備部長、助役、副市長を経て、2008年11月養父市長に就任。現在4期目。

 

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