国家戦略特区で岩盤規制の改革に挑む~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(4)~

兵庫県養父市長長 広瀬栄
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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マイナカード普及とDX

小田 養父市はデジタルトランスフォーメーション(DX)にも積極的です。データ連携の基盤となるマイナンバーカードの交付率は今年2月末時点で91.5%と、全国でトップレベルです。どのように普及を推進したのですか?

広瀬市長 2020年12月に「マイナンバーカード交付推進担当リーダー」という役職を設けました。一度に3人以上の申し込みがある場合は、個人宅まで出張して申請を受け付けるようにし、来庁の手間を省きました。私も市のケーブルテレビで取得を呼び掛けました。

 

小田 カードの普及に注力したのはデジタル活用を見越してのことだと思います。デジタルに関しては、どのような可能性を感じていますか?

広瀬市長 社会が抱える大きな課題の多くはデジタルで解決できると考えています。それほどの大きな可能性を感じます。

デジタルは「キワ(境界)をなくす」特性を持ちます。物理的な距離や空間の境界、国と国、世代間、男女など、あらゆる境界をなくすことができるのがデジタルの素晴らしいところです。

市は既に行政手続きのオンライン化などを推進する「自治体DX推進事業」、仮想空間での「つながり人口」創出・拡大を図る「メタバース構築事業」、子どもたちが最先端のデジタル技術を自由に使い、学び、未来を創造する力を育む「居空間構想拠点整備事業」の基盤づくりを進めています。

 

小田 高齢者のデジタルディバイド(情報格差)問題については、どうお考えですか?

広瀬市長 高齢者の多くは「デジタルは分からない、使いにくい」とおっしゃいます。しかし、そのようなことは決してないと考えています。確かにスマートフォンやパソコンを使いこなしたり、アプリを自ら操作したりすることは難しいかもしれません。一方でデジタルが組み込まれたものを、何らかの形で持つことは可能だと思います。

実は、マイナカードの取得を推進した理由はここにあります。マイナンバーはデジタル技術を活用した個人認証の仕組みです。それを基盤にさまざまなデータを連携することで、多様な行政サービスを利用できるようになります。

ただしカードを絶えず持ち歩くことは難しいかもしれません。ですから例えば、マイナンバー情報と連携したスマートウオッチを高齢者に身に着けてもらい、医療機関や公共交通でかざすだけで利用できるようにしたらどうでしょう。デジタルの恩恵を享受してもらえることになります。

デジタルを使える方と使えない方の差は必ず出てきます。使えない方であっても恩恵を受けられる仕組みづくりが大切です。そのために、ベースとなるマイナカードの取得を促したのです。

 

小田 マイナンバー情報と連携したスマートウオッチの発想は面白いですね。

広瀬市長 20年に、このアイデアを核に国の「スーパーシティ」構想に手を挙げました。残念ながら指定を受けることはできませんでしたが、それでも住民の暮らしの利便性を向上させるため、DXは進めていこうと考えています。

 

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行政の本質的な役割

小田 広瀬市長は1976年に八鹿町(現・養父市)に入庁して以来、行政に携わってこられましたが、これからの行政の役割について、どうお考えですか?

広瀬市長 行政の本質的な役割は「住民の安全な暮らしを守る」ことです。それはこれからも変わりません。むしろ変えてはならないと思います。ただし「変えてはならない」という意識に引っ張られ、必ずしも行政が担わなくてよい業務まで抱える傾向があります。それは何かを見極め、民間に任せて身軽になる必要があります。

 

小田 官民連携の必要性については、いつから感じていたのでしょうか?

広瀬市長 職員の頃から必要性を感じていました。社会の仕組みが複雑になり、行政サービスも多岐にわたるようになったからです。業務自体が非常に高度化してきたという実感がありました。

従来は行政が先頭に立ち、すべてを担うのが当たり前でしたが、果たして本当にそうなのか。民間の方が効率的・効果的にできる業務もたくさんあるでしょう。官民連携は事業単位で行うイメージが先立ちますが、行政サービスや事務の一部を民間に任せることもできると思います。移せるものは移し、行政しか担えない分野に注力することが大切です。

 

小田 職員時代には、温泉施設をPFI(民間資金活用による社会資本整備)方式で設置するために尽力されたと伺いました。当時はPFI法が施行されて間もない頃で、国内でのPFI事業の先駆け的な事例となりました。

広瀬市長 PFI法の施行は1999年で、温泉施設のPFIに取り組んだのは2000年ごろです。第三セクター方式で管理運営を行うことを模索したのですが、経営的に成り立つとの確証を得ることができませんでした。それを何とかしようとしてのことでした。

 

小田 「地域の中で理不尽や矛盾が生じたら、放っておかずに正していく」という姿勢は、職員時代から貫かれているのですね。

広瀬市長 今の子どもたちが大人になったとき、良いまちだと思ってもらえるまちをつくりたいのです。私は養父市の都市化を目指しているわけではありません。農地、山林、まちという中山間地の調和を守りつつ、誰もが安心・安全で心地よく暮らせるまちにすることを目指しています。

そのためには移住・定住、就労、産業振興、出産・子育て、教育、まちのにぎわいづくり、医療・福祉、情報も含めたインフラ整備など、あらゆる分野に取り組む必要があります。想定外のことが起こる「VUCA」の時代(第1回参照)ではありますが、時流を捉えながら柔軟に、一歩ずつ前進していきたいと思います。

 

【編集後記】

インタビューを通じて広瀬市長の信念と、それが具体化された改革の姿が鮮明になりました。「リソース(資源)がない」という課題は、どの自治体にも共通します。しかし養父市の取り組みを目の当たりにすると、それは本質的な問題ではないと感じます。

VUCAの時代を迎え、同時多発的に理不尽や矛盾が生じています。広瀬市長は、それらに対して「今はどこに集中するか」という判断を、自身が培った知見と外部から得た情報のバランスを保ちながら行っています。国家戦略特区を活用した同市の取り組みが、いずれは国のスタンダードになっていくのではないでしょうか。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年4月17日号

 


【プロフィール】

兵庫県養父市長・広瀬 栄(ひろせ さかえ)

1947年兵庫県養父郡八鹿町(現・養父市)生まれ。鳥取大農卒。建設会社勤務を経て、76年八鹿町に入り、商工労政課長、企画商工課長、建設課長を歴任。養父市都市整備部長、助役、副市長を経て、2008年11月養父市長に就任。現在4期目。

 

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