立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(4)~

前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長 中貝宗治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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2022/10/21 立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(4)~

ビジョン達成に向けた戦略

小田 中貝さんの「俯瞰する力」や戦略眼には感心し、うなずくばかりです。そうした物事の見方はどこで得たのですか?

中貝氏 コウノトリの野生復帰プロジェクトで訓練を積みました。このプロジェクトは県議時代から仲間と取り組んできたことで、もう始めてから30年ほどになります。環境破壊で一度、国内で絶滅したコウノトリを復活させようと着手し、現在では300羽を超える数が空を飛んでいます。

このプロジェクトは、まちのあらゆる側面を俯瞰し、アウトカム(成果)を設計しなければなりませんでした。コウノトリは環境問題で絶えたわけですから、ただ鳥籠の中で増やすだけでは何の解決にもなりません。環境を取り戻す活動とセットで行う必要があります。

そうなると、アプローチすべきは人間の価値観です。多くの場合、環境保護は経済活動と対立します。そうならないために、環境問題に答えを出すと同時に経済を味方に付ける、すなわち環境を保護すると、もうかるという仕組みをつくりました。これが「コウノトリを育む農法(水田でコウノトリの餌となる生物を育みながら稲作も行う取り組み)」です。この農法で作った米は、おかげさまで高値で売れています。

 

仲間とは、最終的に達成したいビジョンを明確にしながら進めてきました。農業、川、人々の意識、教育など、それぞれがどう在るのが理想か、ビジョンを実現するためのサブビジョンも共有し、達成するための作戦体系をずっと練ってきました。俯瞰することや戦略を立てることは、経験的に鍛えたと言えます。

 

小田 仲間には外部人材もいたのでしょうか?

中貝氏 むしろ、どんどん外の人と結び付いていかないと、あれだけの大事業はできなかったと思います。外とつながることは基本です。

プロジェクトの途中から、民間企業出身の副市長が就任しました。彼は組織全体が戦略性を身に付けるという点で非常に尽力してくれました。彼によると「役所の職員は市民に対するロイヤリティー(忠誠心)が驚くほど高い。災害時には夜を徹してでも市民に尽くす。しかし、結果に対してのコミットメント(責任感)は驚くほど低い」そうで、職員には戦略性が必要だと訴えました。

そして戦略論を専門とする大学教授に掛け合い、職員向けの研修プログラムを行うことになりました。この研修はかれこれ10年以上も続いています。

戦略的に政策を立てるとはどういうことなのか、自分たちの部署が達成したいビジョンはどのようなものかといったことなどを議論し、そのために必要な政策の組み合わせや戦略体系図をつくるという訓練です。毎年、別の職員を参加させるようにして、組織全体で戦略性を高めることを意識しました。

 

小田 それは自治体の人材育成として、とても面白い内容ですね。トップのみならず、職員全体が俯瞰する力や戦略性を持てば、目標の実現可能性が高まります。

 

退任2日後に決めた今後の方向性

小田 中貝さんのセカンドキャリアについても伺います。市長選で落選された後は、どのような活動をされてきたのでしょうか?

中貝氏 選挙の2日後には方向性を決めました。きっかけは市民からの電話や手紙でした。

特に印象に残っているのが、移住相談を受け付けている市民団体の方からの電話です。「豊岡市に移住を検討している家族が市長選の結果を見て、移住を迷い始めています。どのように答えたらいいですか」と相談されたのです。そのとき、とっさに出た言葉は次のようなものでした。

「これまで中貝は市長という立場で『突出したまちづくり』をしてきましたが、これからは市民の立場でそれをやります。市民同士、力を合わせてできるので、面白いのはこれからです。だから移住されるなら今ですと伝えてほしい」。

この言葉が自分の口から自然に出てきたとき、これからの方向性を見ることができた気がしました。

 

小中学生や高校生からもメールや手紙をたくさん頂きました。自分たちの未来はどうなるのですか、といった内容が多かったです。中には、市長選の結果がショックだから学校を休むと言った小学生もいました。

こんな声があちこちから上がったので、私が提唱したまちづくりはまだ死んでいないと感じ、なるべく早く旗を掲げる必要があると考えました。いろいろと調べた結果、一般社団法人が最も早く法人化できることが分かったので早速、立ち上げました(写真)。

 

(写真)一般社団法人豊岡アートアクション設立の記者会見(出典:中貝氏のフェイスブック)

 

 

小田 活動する場所は変われど、取り組みは変わらないということですね。

中貝氏 次に市長になったら取り組みたいと思っていたことが、まちに深みを与える演劇のまちづくりと、ジェンダーギャップの解消です。これを市民レベルで行います。

市長時代から、とにかく人口減少問題をどう乗り越えるかという点について、ずっと考え続けてきました。都会という明らかに強大な相手を前に、どう戦っていくのか。この課題から目を背けられないのです。もちろん、もうトップではありませんからリソース(資源)は限られます。しかし、ここは改めて戦略を立てて取り組み続けたいと思います。

 

小田 中貝さんが今も市民から信頼されていることがうかがえます。

中貝氏 市長時代に市内すべての中学校と高校で授業を行いました。それで身近に感じてくれる子どもが多いのだと思います。

最近は「ハードルが低くなり、声を掛けやすくなった」と言われます。講演の依頼がフェイスブックのメッセンジャーで直接入ってきます。市長時代は秘書を通したり、時間の制約から断らざるを得ないことも多かったりしましたが、今はすべて自分で管理しています。気付いたら1カ月に3回ほどのペースで講演していました。6月は8回でしたね。

 

小田 どんな組織から依頼があるのですか?

中貝氏 行政、まちづくり団体、大学など、さまざまです。テーマもそのときによって異なり、まちづくり全体の話をすることもあれば、ジェンダーギャップの解消や演劇のまちづくりなど、一つの要素に絞って話すこともあります。意思決定のプロセスや組織の環境づくりについての講演を依頼されることもあります。

 

小田 中貝さんが取り組まれてきた突出したまちづくりが、確実に影響を与えているのですね。

中貝氏 外向けに発信することにもかなり力を入れてきましたから。情報発信に関しては職員も相当に腕を上げており、昨年の1年間に海外メディアが豊岡市を取り上げた件数は、1033件に達しています。

 

小田 それはすごい数ですね。このインタビュー記事が掲載されたら、さらに引き合いがあるかもしれません。

中貝氏 市長を辞めた後も、人とのつながりが広がっているのは面白いですね。最近は「今週の中貝さん」というイベントを豊岡アートアクションの事務所で不定期に開いています。ざっくばらんに会話を楽しむ企画なのですが、フェイスブックで告知すると市内外から参加者がやって来ます。高校生やPTAの役員、東京大や慶応大の学生、教育関係者ら、さまざまです。そのときに挙がったテーマについて、1~2時間じっくりと話し合い、「じゃあ、また」と別れる気軽な会です。

 

小田 中貝さんのまちづくりが、市民の側から盛り上がりを見せているのがよく理解できました。最後に元首長として今、最前線で頑張っている首長に向けてメッセージを頂けますか?

中貝氏 ビジョンの達成に対し、強烈にファイトすることですね。「こういう状態が望ましい」という理想がビジョンですから、現実と差があるのは当たり前です。理想と現実のはざまで迷っていては先に進めません。その差を埋める戦略と戦術をしっかり立て、実行していくことです。

もちろん障害はたくさんあります。情緒的なものから合理的なものまで大小さまざまです。そして時々、どうあがいても動かないことがあります。そのときは死んだふりをしていなさいとアドバイスしています。薄目を開け、チャンスが来るのをじっと待つのです。

目標に対する関心を絶対に失ってはいけません。次に動く瞬間を逃さないよう、あくせくしないことが大切です。

 

【編集後記】

常に「こう在りたい」というビジョンを明確にしながら進めてきた中貝氏のまちづくりは、セカンドステージに入ったと言えます。民間の立場から行う演劇のまちづくりとジェンダーギャップの解消は、「小さな世界都市」豊岡に、さらなる彩りをもたらすことでしょう。これからの中貝氏の取り組みに注目したいと思います。

 

(おわり)

 


【プロフィール】

前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長・中貝 宗治(なかがい むねはる)

1954年生まれ。京大法卒。78年兵庫県に入庁。91年同県議。2001年7月から21年4月まで同県豊岡市長。「深さを持った演劇のまちづくり」を進めるため、21年6月一般社団法人豊岡アートアクションを設立し、理事長に就任。

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