立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(3)~

前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長 中貝宗治
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2022/10/11 独自のまちづくりに込められた意図~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(1)~
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2022/10/18 立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(3)~
2022/10/21 立場が変わっても生き続けるビジョン~中貝宗治・前兵庫県豊岡市長インタビュー(4)~

 


 

第1回、第2回に引き続き、前兵庫県豊岡市長の中貝宗治氏のインタビューをお届けします。

今回からは、理想とするまちの未来(ビジョン)を達成するための戦略立案や、首長退任後のセカンドキャリアについて伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

職員の適性とトップの役割

小田 近年はオープンイノベーションの潮流もあり、積極的に役所を飛び出して活動する自治体職員が増えてきました。しかしながら、そのような人は「外で何をやっているか分からない」として、庁内で冷遇される傾向があるとも聞きます。中貝さんの目には、イノベーター気質のある職員はどう映っていますか?

中貝氏 もちろん必要な人材です。職員には大きく分け、二つのタイプがあります。

一つは確実性を好むタイプです。既にルールが決まっており、安定しているところで能力を発揮します。他方で、あすをも知れぬ状況に飛び込むのが好きなタイプもいます。どちらが良い、悪いというわけではなく、業務との適性の問題です。

例えば後者のタイプを会計担当に置いても、本人の特性と全く合いませんよね。最近の役所では、挑戦したり創造したりする仕事への期待が増えてきました。ですから、そういう分野にチャレンジ精神豊かな職員を置くべきです。

 

ただし組織内の割合で見たときには、確実性を好むタイプの方が多いです。ですから、あすをも知れぬタイプが冷遇されることはあります。そこはトップが風よけとなり、守ってやらなければいけません。「役所全体が目的に向かって大きく進むためには、非常に意味のある事業なのだ」と本人だけでなく財政当局、人事当局など組織全体に伝えておく必要があります。

私が市長時代に取り組んだコウノトリの野生復帰プロジェクトやインバウンド(訪日客)政策、演劇のまちづくりなどには、イノベーター気質のある職員ばかりを集めました。外部人材も登用しました。少数ではつぶされてしまいますから、とにかく集めることを意識しました。

 

小田 トップが風よけになるという意識は大切ですね。新規事業開発にチャレンジしている民間企業でも同じようなことが起きています。成功するかどうか分からないし、時間もかかる。そんな新規事業開発の部署に対し、「成果は出たのか」と周りが圧力をかけるパターンです。トップも時折しびれを切らし、短期的な成果を問う場面が見られます。

中貝氏 事業それ自体は、ビジョンを実現するための手段です。トップが組織に伝えなければいけないのはビジョンの方です。そして、ビジョンに責任を負うのはトップです。

仮に途中でトップが我慢できなくなったのであれば、それはそもそも大したビジョンではなかったということです。もちろん最初は抽象的だったビジョンが、職員とのやりとりを経て磨き上げられていく部分はあります。それでも、やはり誰がビジョンに対して責任を取るかと問われれば、その答えはトップなのです。

 

小田 言ったことをやり切るというのは、シンプルではありますが、非常にパワーが必要です。ビジョンに対し、本気で向き合ってきた中貝さんの姿勢がよく理解できました。

 

まちづくりは対話

現在はジェンダーギャップ解消に関する講演なども行う(出典:中貝氏Facebook)

 

小田 まちづくりの長期的なビジョンが重要である一方で、目の前の生活実感を重視する有権者が多いことも事実です。そのバランスが難しいと、いつも感じます。

中貝氏 そのバランスを失ったので、昨年4月の市長選に敗れたのだと思います。選挙には選挙の論理があります。どちらかというと未来のことより、目の前のことにフォーカスした方が強いです。

新型コロナウイルス禍で、多くの人は生きることで精いっぱいです。未来のことなど、考える余裕のない方が1票を持っています。他方で、まちの未来を憂え、子や孫の世代に何とか良い未来を残そうと考えている人たちが持つのも1票でしかありません。首長を続けるためには、そのバランスをどう取るかということになります。

私が昨年の市長選で掲げた二大公約は、ジェンダーギャップの解消と演劇のまちづくりでした。これらは選挙の論理で言うと、ふさわしくないテーマです。

しかし私がやりたいのはこの二つで、他のことは私でなくともできると思いました。市長を20年間務め、さらに続けることの意味を考えたとき、逆風が吹こうともジェンダーギャップ解消と演劇のまちづくりを訴えようと思ったのです。

 

小田 長期的なビジョンは、変化が住民に理解されづらいのが難点ですね。

中貝氏 特に選挙はワンフレーズの世界です。まちづくりは対話の世界ですから、基本的には合わないのです。だから、普段から住民との時間をかけた対話が必要なのです。

 

小田 マニフェスト(政策綱領)のように、言葉だけが評価されることに対し、個人的には違和感を覚えます。もはや言葉だけで、どうにかできる世の中ではないと思うのですが。

中貝氏 もちろんそうですが結局、人が動くのは言葉です。言葉以外で動かそうとすると、お金か腕力しかありません。ですから政治家は相手の心にきちんと響き、受け止められる言葉を磨く必要があります。

 

小田 私たち有権者は政治家が言行一致しているかどうかを、もっと注意深く見なければいけませんね。これまで多くの首長や首長経験者にインタビューしてきましたが、地方には哲学とビジョンを持った方が想像以上に多いです。その点、未来に対する明るい希望を持てる気がします。

中貝氏 地方のトップはまちの人たちから比較的、尊敬されていますし、全体を見なければならないプレッシャーをいつも抱えています。ですから、合理的な判断や行動をすることが多いのです。

 

第4回に続く

 


【プロフィール】

前兵庫県豊岡市長/一般社団法人豊岡アートアクション理事長・中貝 宗治(なかがい むねはる)

1954年生まれ。京大法卒。78年兵庫県に入庁。91年同県議。2001年7月から21年4月まで同県豊岡市長。「深さを持った演劇のまちづくり」を進めるため、21年6月一般社団法人豊岡アートアクションを設立し、理事長に就任。

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