
北海道音威子府村長 遠藤貴幸
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2025/10/08 人口600人の村が挑む「量」の哲学と攻めの自治体運営~遠藤貴幸・北海道音威子府村長インタビュー(1)~
2025/10/09 人口600人の村が挑む「量」の哲学と攻めの自治体運営~遠藤貴幸・北海道音威子府村長インタビュー(2)~
2025/10/14 量×スピードで村政に変革を起こす~遠藤貴幸・北海道音威子府村長インタビュー(3)~
2025/10/17 量×スピードで村政に変革を起こす~遠藤貴幸・北海道音威子府村長インタビュー(4)~
地域の特性をフルに活かしたブランディング
小田 キャッチフレーズでもある「北海道で一番小さな村」という特性を今後の発展にどう活かすお考えですか?
遠藤村長 「何事も一番になるのは難しい」と思いませんか? ところが現在、「人口が最も少ないこと」において北海道で一番なのですから、これを活かさない手はありません。ある意味シンボリックなイメージに繋がると思います。また、音威子府の雪質もブランディングに活用できます。
小田 日本有数の雪質なのですよね。
遠藤村長 ええ、そうなのです。音威子府の雪は寒さも含めて非常に特徴的で、他の地域にはない特別なものだという自信があります。以前、スキー板メーカーの社長からも「音威子府の雪質は本当に素晴らしい。この雪質の良さをもっとアピールした方が良い」とアドバイスをもらいました。
豊かな自然資源を活用して道内外からの「人の流れ」を創出し、地域間競争に対応していこうと考えています。
音威子府にとって、人口減少は一朝一夕にはいかない喫緊の課題です。だからこそ、私自身が「トップセールス」として先頭に立ち、企業誘致や移住定住において、外部との連携を粘り強く進めていくことが重要だと考えています。
「北海道で一番小さな村」という特性を活かしつつも人口増加施策を強化し、人口で2番目に少ない村を追い抜きそうになったらカウントダウンを実施しようと考えています。
小田 それは面白い企画ですね。もし追い抜いてしまったらどうするのですか?
遠藤村長 次のターゲットを定めるまでですね。
小田 そのカウントダウンが将来楽しみです。さて、音威子府村は、美術工芸高校が象徴するように芸術文化の面でも特色がありますね。
遠藤村長 教育分野では、おといねっぷ美術工芸高等学校を活用した取り組みも進めています。卒業生だけでなく、芸術文化に関わってきた方、関わりたい方が集える環境づくりを目指しています。
音威子府は彫刻家の故砂澤ビッキさんの記念館やこの美術工芸高校があることから、外部からは芸術の村というイメージがありますが、地元では十分に文化として根付いていません。芸術分野をいかに地域文化として発展させるかが課題です。
今年はアーティスト・イン・レジデンスを復活させます。さらに独自の取り組みとして「まちをキャンバスに」というコンセプトでイベントも構想中です。個々の建物がアートでありながら、全体として統一されたアートになるような見せ方を創出したいと考えています。
小田 砂澤ビッキさんといえば、アイヌ文化と現代芸術を融合させた素晴らしい作品で知られていますね。美術工芸高校は全国から生徒が集う特色ある学校ですが、卒業後に村を離れてしまう生徒が多いのではないでしょうか。アーティスト・イン・レジデンスの復活は、そうした卒業生との繋がりを維持する狙いもあるのでしょうか。
遠藤村長 まさにその通りです。高校卒業後に村を離れてしまう生徒が多いのが実情です。雇用の場が少ないことが大きな要因ですが、アーティスト・イン・レジデンスの復活は、卒業生が創作活動を続けながら村に戻って来られる環境づくりの一環でもあります。
現在、地域プロジェクトマネージャーを配置して、卒業生をはじめとする村内外の人たちとの継続的な交流促進に取り組んでいます。単に芸術を学んで終わりではなく、その才能を村で活かし、地域文化として根付かせていく。そのための受け皿として、アート関連の雇用創出や起業支援も視野に入れています。
せっかく育てた人材が村の土壌に根付き、花を咲かせられる環境を創出したいと考えています。
道の駅の新しい在り方を模索
小田 総合計画の中では、現在抱えている問題点や課題として、厳しい雪の条件、人口減少と並んで、道の駅等の活用が不十分な点を挙げていますが、この点についてはいかがでしょうか。
遠藤村長 道の駅については今月の議会で指定管理者を決定するため公表できますが、従来のレストラン業務では継続困難な状況が続いていました。道の駅の在り方検討会を昨年から実施し、新しい方向性を検討してきました。
お土産販売とレストラン業務で黒字化している道の駅はほとんどありません。税金を大量投入するのも問題があるため、新しい道の駅の在り方を考えました。今後の音威子府バイパス供用開始に備え、国土交通省関連の除雪道路管理施設もあります。そのエリア全体を村の防災拠点とする構想です。
小田 既存の機能に防災機能を付加して全体の価値を上げる発想ですね。具体的にはどのような機能を持つのでしょうか。
遠藤村長 プロポーザルで決定した小売業者により、道の駅が避難所機能や配食サービスを提供できるようになります。ドラッグストアやコンビニエンスストアが入れば、平常時は商品として販売され、有事の際は即座に防災備品として提供される循環式の防災備蓄システムが実現できます。
つまり、災害時に必要な水や食料、医薬品などが常に新鮮な状態で確保され、期限切れによる廃棄ロスもなくなる。経済性と防災機能を両立させた全く新しいモデルです。
小田 経営の持続性と防災機能を同時に実現する取り組みですね。これは他の自治体にとっても参考になりそうです。
失敗から得られる経験にこそ価値がある
小田 前回のインタビューでは民間企業との連携や外部人材の活用について詳しくお聞きしましたが(※注1)、こうした変化の激しい改革を進める中で、内部の職員の意識改革についてはいかがでしょうか。外部との連携が加速する一方で、職員の皆さんのモチベーションや取り組み姿勢はどのように変化していますか。
遠藤村長 これまでリスクマネジメント中心の行政を行ってきたからでしょうか。やりがいについて尋ねると「特にない」と答える職員も多く、これは非常に残念だと思っています。職員には「失敗で得られる経験の方が、成功で得られる経験と同等かそれ以上に多い」と伝えています。失敗を恐れて一歩を踏み出さなければ、永続的に進歩はありません。
私の使命は、自分が何をするかではなく、次世代にどう継承するかだと思っています。音威子府の歴史から見れば、私の就任期間は歯車の留めネジ程度の存在かもしれません。だからこそ、次世代への継承が最重要だと考えています。
組織づくりの展望として、人気バスケットボール漫画になぞらえて「スラムダンク計画」と呼んでいるものがあります。(漫画に登場する)湘北高校チームのように、一人ひとりスタンドプレーができる選手がいて、それを束ねる安西先生のようなリーダーがいる。1人の強力なトップが統制する組織より、熱意と行動力、そして実力のある複数人が集う組織の方が強いからです。
そこで官民連携事業では若い職員を積極的に同行させ、ニトリや(道内コンビニ大手の)セコマの会長といった「スケールの大きい人」に会わせています。偉い人ではなく、すごい人に会わせたいのです。学んできたことを確実にアウトプットし、生きた経験として蓄積・拡張している方たちから刺激を受けることで、職員の意識や行動に変化が起きることを望んでいます。
(※注1)村長就任後にNTTドコモやセコマ等と連携協定を連続して締結。「複」村長制度の導入で、自身のスキルアップや地域貢献を望む外部人材が村政に参画するスキームも確立した。
小田 遠藤村長のマネジメントは「量×スピード」がキーワードのように感じます。
遠藤村長 その通りです。時代錯誤と言われても、質より量というのが私の基本的な考え方です。負けないためには量をスピーディーにこなすことが必要です。私自身、睡眠時間は最小限ですし、家でもテレビは見ません。その分、村のことを考え、行動する時間に充てています。
小田 それだけハードに動かれて、体調管理は大丈夫ですか?
遠藤村長 大丈夫です。ランニングは継続していますし、筋力トレーニングも少し行っています。体力があってこその「量×スピード」ですから。
小田 遠藤村長のお話は本当に興味深く、聞いているとつい引き込まれてしまいます。最後に、これからの村への想いをお聞かせください。
遠藤村長 ありがとうございます。北海道で最も小さな村を、最も元気な村にする。これが私の目標です。この目標に向かって、これからも「量×スピード」で村の未来を切り開いていきたいと思います。象徴的な取り組みである「音威子府村1000人プロジェクト(※注2)」を皮切りに、他の施策も諦めずに挑戦し続けます。
(※注2)官民連携で計画を検討中。10年間で村の人口を600人から1000人にすることを目標にしている。
【編集後記】
インタビューを通じて、遠藤村長の明確なビジョンと、それを実現するための具体的な戦略が見えてきました。人口減少という困難な課題に対して、既成概念にとらわれない柔軟な発想と「量×スピード」の実行力で立ち向かう姿勢は、全国の小規模自治体にとって貴重な示唆に富んでいます。北海道で最も小さな村が、どのように最も元気な村へと変貌を遂げるのか。音威子府村の今後の展開が注目されます。
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2025年9月11日号
【プロフィール】
遠藤 貴幸(かとう・たけし)
北海道中川郡中川町出身。
元北海道上川北部消防音威子府支署長。
2023年の統一地方選挙にて当選し音威子府村長に就任。
現在1期目。趣味は筋トレ・ランニング・サイクリング・水泳など。