移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト(1)〜「見える化」で得られる改善のヒント〜

黒部一隆・環境省総合政策課政策企画官
(聞き手)Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友

 

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「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較し、2度より十分低く保ち、1.5度に抑えるよう努力する]

「そのため、できる限り早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトさせ、21世紀後半には排出量と(森林などによる)吸収量のバランスを取る」

2015年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で採択された国際枠組み「パリ協定」では、途上国も含めたすべての参加国が一丸となり、地球温暖化対策に取り組む姿勢が示されました。今や環境という側面から暮らしや経済を考えることは、世界のスタンダードになりつつあります。

 

一方で「カーボンニュートラル」「コンパクトシティー」など、環境改善のための新たな概念が登場する中で、「自らの自治体では具体的に何をしたらいいのか」と、施策の解像度に課題を感じている読者もいらっしゃるでしょう。

そこで今回からは、環境省総合環境政策統括官グループ総合政策課政策企画官の黒部一隆氏が、民間企業や地方自治体と共に取り組む「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」をご紹介します。

誰もが何気なく行う「移動」が可視化されることで、今まで見えなかった二酸化炭素(CO2)削減のヒントが浮かび上がるだけでなく、地域住民のQOL(生活の質=Quality of Life)を高めるまちづくりまで、議論を発展させることができます。

本稿を通じ、データを活用した行政運営の可能性を感じていただければ幸いです。(聞き手=Public dots & Company パブリック人材育成事業部/東京都目黒区議・田添麻友)

きっかけはエコドライブ

田添 黒部さんが携わる「移動データを活用した地域の脱炭素化プロジェクト」について、概要を教えていただけますか?

黒部 徒歩、自転車、車、電車、飛行機など、人が移動する手段はいろいろありますが、その移動をデータという形に「見える化」して分析すると、交通や都市計画の改善につながるヒントを得ることができます。

このヒントにナッジ理論(行動経済学を実社会に実装する一つの手法として打ち出された理論。人が強制されず、自発的に良い選択ができるように工夫して導くこと)を掛け合わせることで、CO2排出量を抑制する移動手段への切り替えを自然と促し、コンパクトシティーの形成につなげることが考えられます。

「持続可能な開発目標(SDGs)」の世界的な潮流から、国内では2050年にカーボンニュートラルの実現を目指しています。「環境に優しく」という言葉からは、「ごみを減らす」「節電」が最たるイメージとして挙げられますが、もっと身近で、しかも無意識的な「移動」に注目したプロジェクトであることがポイントです。

 

田添 そもそも黒部さんが、人の移動データに注目したきっかけは何だったのでしょうか?

黒部 実は、人の移動の見える化には足掛け10年くらい携わっています。私が環境省に入ったのが18年ほど前になりますが、当時は環境に良いことと言えば、「使わない電気を消す」「ごみを正しく分別する」という方法くらいしか提唱されていませんでした。それに対し「他にも何かないのか」と疑問に思ったことがきっかけです。

私たちの生活と環境は、もっといろいろなところでつながっているのではないかという問題意識の中で、注目したのが「エコドライブ」でした。自動車の乗り方次第で燃費が変わることが面白いと感じ、「主婦の節約術 エコドライブ」という主旨のDVDを制作しました。アクセルをゆっくり踏み込むことを意識すれば、燃費は1〜2割ほど改善できます。

こういった内容を「車の乗り方を変えると燃費がこれだけ良くなり、こんなに節約できます!」と、一般の方が分かりやすく楽しめるように編集しました。

当時は、エコドライブという言葉自体がほとんど世の中に認知されていませんでしたが、自動車業界はメーカー各社が実燃費を競っている時代でした。そこで、業界団体の日本自動車工業会の方に「乗り方でも燃費は改善できます」とDVDを紹介し、使っていただいたこともありました。

そうしていくうちに、メーカー各社のCMで「エコドライブに注意しましょう」というような、小さなテロップが入るようになりました。

数年もたたないうちに瞬間燃費計、1リットル当たり何km走行できるかを表示する機能が全車に搭載されるようになり、移動に伴う燃費が見える化されるようになりました。私が作ったDVDも、エコドライブを広める一助になったのではないかと思っており、一つの成功体験として記憶しています。

 

田添 今のお話は、まさにナッジ理論だと感じます。楽しみながら自然と行動変容が起きる流れになっていますよね。

黒部 今や自動車業界は、実燃費から総合燃費の考え方にシフトしています。エコドライブのアシスト機能やアイドリングストップの自動化機能などが良い例です。車単体の燃費だけでなく乗り方もデザインしていけば、よりCO2削減に効いてきますよね。

このように、行政側が設定すれば民間企業はそこに投資しやすくなり、人々の行動様式も変わりやすくなります。それをエコドライブのDVDの件で実感したので、以降は私の環境行政マンとしての役人人生で「見える化」が大きなテーマになったわけです。

移動時のCO2排出量を算出

インタビュー中の様子

 

田添 次に、今取り組んでいらっしゃる「個人の移動の見える化」について、原型となるエピソードをお聞かせ願えますか?

黒部 私は2007年から08年にかけ、環境省の九州地方環境事務所(熊本市)に在籍していました。とあるきっかけで、大分の事業者の方とお話しする機会がありました。その際に「個人が移動するとき、2点間の加速度と時速が分かれば、移動手段が車か自転車か徒歩かが推定できる」という話題になりました。これもまた「見える化」につながるため、面白いと思い、共同でアプリケーションを作って実証実験を行うことにしました。

「カーボントラッカー」という名前のアプリを作ってスマートフォンに入れ、大分県杵築市の住民100人に使っていただきました。そうすると、それぞれの移動に対する加速度と時速が記録されて、そこから移動手段が推定でき、さらに移動手段に対するCO2排出量が計算されます。車が1km進むと約155グラムのCO2が出るので、個人が普段の生活の移動でどれだけCO2を排出しているかが見えるようになるのです。

この実験で印象に残っているのが、協力していただいた方々は当初、「自分たちは地方の緑豊かな場所に住んでいるからエコだ」と思っていたことです。しかし実際に見える化してみると、思った以上にCO2を排出していることに気付かれたのです。

このように、今まで見えていなかったものを見えるようにすると、個人の移動に対する意識の向上や、ひいてはまち全体でCO2をなるべく出さない移動をどうデザインしていくか、という議論につながります。

 

田添 個人の移動に対する意識の向上について、どのようなものが考えられるでしょうか?

黒部 個人の移動に対して「ポイント」を付けることはナッジ理論的だと思いますし、商用化の可能性もあると考えています。

例えば、CO2排出量が少ない移動手段を選ぶほど高いポイントが付き、そのポイントが何かと交換できるというような仕組みです。そうすることで人々は楽しみながら、車から自転車や徒歩へと行動を変えることができます。

移動に対してポイントを付与する仕組みは、米国では既に流行しています。日本でも先日、「Miles(マイルズ)」というアプリが上陸しました。このようなツールを使って移動データが収集・活用されることに人々が慣れていくと、データを活用した施策はさらに進むと思います。

一方で、データを収集するサービスが海外製の場合、日本の自治体がデータを活用したい場合は買い取りが必要になるのか、データを読み解いてまちづくりなどに生かせる人材がそもそも自治体内にいるのか、といった課題は残ります。この辺りはまだまだ議論の余地がありますね。

 

第2回に続く


【プロフィール】

黒部一隆黒部 一隆(くろべ・かずたか)
環境省総合政策課政策企画官

2002年12月に環境省入省。07~08年に九州地方環境事務所課長補佐を務め、地域活性化やエコツーリズムの推進に携わる。09~11年 資源エネルギー庁再生可能エネルギー推進室長補佐。11~12年 民主党政権下で環境副大臣秘書官。13年から福井県に出向。17年に環境庁に復帰。環境再生・資源循環局環境再生施設整備担当参事官補佐、官房環境計画課長補佐を経て現職。

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