北海道ニセコ町長・片山健也
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2024/12/17 自ら考え行動する住民と行政によるまちづくり~片山健也・北海道ニセコ町長インタビュー(1)~
2024/12/19 自ら考え行動する住民と行政によるまちづくり~片山健也・北海道ニセコ町長インタビュー(2)~
2024/12/24 住民自治により、まちへの誇りを醸成する~片山健也・北海道ニセコ町長インタビュー(3)~
2024/12/26 住民自治により、まちへの誇りを醸成する~片山健也・北海道ニセコ町長インタビュー(4)~
まちの資源を自分たちの手で守る
小田 片山町長をこのインタビュー企画にご推挙くださった方より「片山町長は住民のために戦う首長だ」と紹介されました。柔和なお話しぶりからはあまり想像が付かないのですが、ご自身ではどのような点が思い当たりますか。
片山町長 国に対して、これまで何度か提言を行ってきました。「戦う」とは、おそらくそのことだろうと思います。
例えば、町職員だった時代に合併特例法や地方自治法の改正提案を国に上げたことがあります。全国の首長が集まる提言・実践首長会の部会事務局を務めており、国に提案する原稿は私が作りました。夕張問題の時にも大学教授と共に法制度提言のためのグループをつくり、国に法律案を提案しました。
最近の事例で言えば、デジタルノマドビザ(リモートワークをするために滞在できるビザ)に関する提言があります。海外のノマドワーカーが日本に中長期的に滞在できる制度を設け、多様性のある経済圏をつくろうとお願いし、政府の骨太の方針に記載されました。実際に、デジタルノマドビザの制度が2024年から始まっています。
「戦う」といえば、水道水源保護条例と地下水保全条例の施行も当てはまるかもしれません。企業等による水源地などの買収に抑止力を働かせるものです。日本の民法では土地使用自由の原則があり、土地の所有者は地下の水資源を含めて利用する権利があるとされています。ですから、条例で法律を縛ることはできません。
しかしニセコ町は検察と協議を行い、条例を破った者に対する罰則として罰金と懲役を規定しました。見掛け上は違法ですから、当然訴訟リスクはあります。しかしそのときは私は戦う覚悟でいます。
小田 町の条例で懲役まで規定している例はほとんど聞いたことがありません。
片山町長 「条例は法律を超えられない」という固定概念があるからではないでしょうか。水は命に関わるものですから、住民の命と暮らしを守るという前提に立てば、行政罰の中に懲役を置くことが可能ではないかと検察と協議しました。結果、立件できるとのことで条例に加えました。
住民の方からは、「訴訟リスクを抱えた条例を作るよりも、国の法律を改正してもらった方が良いのではないか」と意見を頂きましたが、法改正を待っていては10〜20年の時間がかかります。水源地の買収が刻一刻と進む可能性があり待ったなしの状況だと判断し、条例を作るに至りました。
小田 まちの資源は自分たちで守るという覚悟が伝わってきました。
片山町長 ニセコ町の景観条例に関しても、民間企業の方からは「日本一厳しい」と言われます。この条例は、国の法律である景観法には基づかない独自のものです。ですからニセコ町は、景観法に基づく開発を行う景観行政団体にも入っていません。
住民自治の観点から考えると、独自の条例を持っていた方が開発に対して多様な意見を述べることができます。例えば町に大型施設を建設したいという事業者が現れた際には、条例で義務付けられた住民への説明が必要になります。
住民との接点があるからこそ、さまざまな意見調整の末に互いに合意した計画が出来上がります。皆で話し合って決める「まちづくりの基本」を徹底するのがニセコ町のスタンスです。
誇り高いニセコ町を皆でつくる
小田 お話を伺えば伺うほど、ニセコ町の皆さんの住民自治に対する高い意識に驚かされます。
片山町長 バブル崩壊後、宿泊客数が半減した時期がありました。当時私は環境衛生課にいましたが、2年半ほどかけて住民の皆さんとの話し合いの中で、「経営は厳しくとも乱開発はさせないまちにしよう」ということが決まりました。町の景観と環境をとにかく守ろうと、「ニセコ町環境基本計画」を作ったのです。
当時、環境基本計画の事務局は住民の方たちが担いました。ペンションオーナーのお一人が事務局長を務めると申し出てくださり、全てが住民主体で進みました。役場は会議の会場を設けるなどのサポートをした程度でした。
小田 役場内に事務局を設置せずに計画策定が進んだのですか。
片山町長 自然保護の活動家や野鳥の会、水生昆虫の専門家など、さまざまな方が町の環境調査に携わってくださり、皆で環境マップを作りました。それを集め、町民の皆さんが作成したのが最初の環境基本計画です。
途中から地元学(地元の人を主体に地域外の人の視点や助言を得ながら、地元のことを客観的に知る取り組み)の指導者にも参画いただいたおかげで、住民の皆さんの町に対する誇りはますます高まったと思います。この計画は今でも住民主体の環境マネジメントとして継続しています。
小田 今や「ニセコエリア」は世界中から注目されていますが、ニセコ町は豊かな自然環境と景観で人々を魅了するまちになりそうですね。
片山町長 隣の倶知安町と蘭越町と共に、広域観光を展開しています。倶知安町は都市型リゾートを目指しているので、近代的なホテルが建ち並ぶ景観が特徴です。一方で、ニセコ町は癒やしのリゾートを目指しています。ですから景観や環境を守る仕組みを条例等でつくっています。
海外の旅行客から見れば、ニセコエリア全体で選択肢が増えることになります。都市型リゾートを好む方もいれば、自然の癒やしを好む方もいます。選べる楽しみがあることはエリア全体にとってプラスになると考えています。
小田 片山町長は、人・組織・まち・広域エリア、全てにおいて持続可能性を意識した考えをお持ちだと感じました。今後のまちづくりで特に注力したいことは何でしょうか?
片山町長 持続する観光地として、世界の中での立ち位置を見える化していきたいと考えています。すでに国連世界観光機関(UNWTO)の「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」に選出されたり、観光地の国際認証団体「グリーン・デスティネーションズ」のシルバーアワードを受賞したりしています。ただし、賞や認証を獲得することが目的ではありません。
こういった取り組みを通じて町を環境面や福祉面から審査することで、より持続可能性の高いまちづくりができると考えているからです。国際的な認証の審査項目には、例えば外来種対策やユニバーサルデザインの整備などが含まれます。これらを一つ一つクリアすることは、人も環境も大事にできるまちづくりへとつながり、住民の皆さんのシビックプライドはますます醸成されるでしょう。
今後も住民の皆さんと多様な意見を交わしながら、魅力あるニセコ町を築いていこうと思います。
【編集後記】
ニセコ町のまちづくりには、「住民が主体的に関与することで、地域への誇りや自律心が醸成される」という考えが貫かれています。片山町長にお話しいただいた数々のエピソードからは、人々が「自らのまち」に対しての責任と誇りを高めていく様子が分かりました。シビックプライドの醸成に注力するニセコ町が、今後どのような地域に変貌を遂げるのか。国内外から注目されています。
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年11月18日号
【プロフィール】
片山 健也(かたやま・けんや)
1953年生まれ。物流業界での勤務経験を経て78年にニセコ町役場に奉職。町民総合窓口課長、環境衛生課長、企画環境課長、総務課参事等を歴任し、2009年7月に退職。同年10月に町長就任。現在は4期目。