日本の隣国であり、長く相互交流を続けてきた中国。今回の新型コロナウィルス騒動は武漢が発生源と考えられています。中国は今回の騒動においては最初の被害国であり、結果として社会全体の潮流や方向性に大きな影響を与えることになりました。
その中で近年注目を浴びてきた中国のイノベーションがいかに国際社会に影響を与えるに至ったかをレポートさせていただきます。
FIND ASIA華南地区責任者
スタートアップサラダ(Startup Salad)日本市場オーガナイザー
加藤 勇樹(余樹)
『国民をつなぐ情報ネットワークの重要性』
「指揮者を失った兵ほど みじめなものはない」「無知こそが最大の恐怖」という言葉あるように人間は情報が手に入らない状況や、危機が迫っている状況ほど、情報に錯綜させられ混乱します。災害時や緊急時における情報共有の重要性については、日本の皆様もよくご存じかと思います。
影響力や発信力のある機関や媒体を通じて『情報を発信』されることによる、国民全体での『情報共有』は、新聞→テレビ→WEBなどのメディアの変遷を通じて日本も中国もある意味同じ段階にあるといえます。ですが精度の高い『情報収集』はいかがでしょうか?
今回の新型コロナウィルス騒動においては、『情報収集』こそが、感染拡大防止の焦点になってきました。『誰』が『どこ』に『いつ』という「点」として分散している情報が、感染防止のカギを握っているという認識は広く共有されています。感染者が『誰』なのか、『どこ』にその個人が訪問したのか、『いつ』とその個人が感染したのか。
なおかつ1日、1時間の遅れによって感染が拡大する状況下では、情報の正確性だけではなく、早さも求められます。
14億人という『膨大な国民』、さらに日本をはるかに上回る『国土面積』をもった中国で情報収集は、どのようになされているのでしょう?
『14億の国で生きる情報ネットワーク』
中国における感染拡大防止の情報対策。特に情報収集は、モバイルアプリがもたらす情報ネットワークが大きく貢献しました。中国経済の成長や中国イノベーションの躍進とともに、WeChatやAlipayという中国発のアプリの名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか?
簡単に両アプリについてまとめました。
アプリロゴ | ||
名称 | Alipay | |
運営母体 | テンセントグループ | アリババグループ |
主要機能 | チャット機能及び各種ペイメント機能 | 各種ペイメント及び金融サービス |
定期ユーザー数 | 約11億人 | 約9億人 |
中国において、この2つのアプリは生活インフラともいえる必需品となっており、友人知人とのコミュニケーションのみならず、ペイメントを含む消費活動、企業や政府組織における広報活動までもがこのアプリを通じて営まれており、収集・管理される情報量はすさまじいものとなっております。多くの中国国内のデジタルインフラは、これらのアプリを中心とした生態系によって成長していきました。結果として両グループ内への情報の横展開はもちろんのこと、政府行政と市民間の情報の縦展開も行っております。
『SNSによって支えられた新型コロナウィルス騒動下の中国』
こうした中国国内に形成されたデジタルインフラは今回の災害において最大の情報収集源であり、情報発信源にもなりました。その実例を紹介します。
1.一人ひとりのための健康情報管理
今回の騒動の初期においてWeChatまたはAlipay上による市民の健康情報管理が行えるようになりました。これは写真の中国語ミニプログラムに新機能として【健康ID‐健康码】が追加されたためです。
今回、両アプリを通じた健康状況の登録が中国全土で進められており、3月初頭にはすでに10億人が健康IDに自主的に登録しました。中国国内の各都市や地域の行政と協力体制が敷かれ、感染情報の速やかな共有が行われたことで、感染者が発生した場合の拡大防止政策が即座に実行可能となりました。この事例は既存のネットワークと自治体の理想的な協力関係といえるでしょう。
2.個人証明としての情報活用
WeChatとAlipayで収集された情報は、行政のみならず市民生活そのものにも大きく活用されることとなりました。それが防疫期間中の身分証ともいえる健康ID‐健康码です。
感染拡大を防ぐためとはいえ、人の出入りは必要です。駅や役所などの公共施設、民間のショッピングモールなどの商業施設、さらには団地など多くの場所で出入りの管理のために、健康IDが使用されています。
現在、中国各地ではこの健康IDが出入りの際の身分証として利用されています、オフィスや工場などの民間においての社員の健康状況の提出の際や、高速鉄道や飛行機など利用する際にも活用されており、社会全体での情報共有の一例といえます。
3.情報解析による感染防止
WeChatやAlipayにはペイメント機能も備え付けられており、それによって感染後市民の消費動向を分析でき、どこに人が移動しているのかをはじめ、今後の感染拡大予想などにつなげることができます。市民の一人ひとりの健康状況を把握することで感染者を特定する一方で、14日以内に感染危険地域への立ち入りや、感染者との接触が確認された場合は、警告が現在も通知されています。
4.行政や医療機関との窓口
健康IDには併設されて、24時間対応できる医療窓口が設けられました。チャットボット機能による、健康相談窓口のみならず、医師とのオンライン問診機能も搭載されております。これにより感染者が移動の際や医師と接触することによる二次感染を防止することのみならず、遠隔地にいる患者へ適切な医療資源を提供することにつながりました。また薬や医療用マスクをはじめとする緊急物資等健康IDからの処方や注文も可能で、物理的な解決策の提供元にもなったのです。
『デジタライゼーションは一昼夜にしてならず』
未曽有の危機に人は混乱するのが常です。混乱の原因は常に2点であり、「どう対応すればよいのかわからない」「情報がない」というものです。この危機の規模が大きくなればなるほど必要な情報は多くなる一方ですし、正しい情報を発信するという機能も重要になってきました。広い国土の中に多くの人口を抱える中国が、情報収集と情報発信において進化を続けることができたのは、国内で長期にわたって育成してきた情報ネットワークと、企業や行政がデジタライゼーションの重要性を理解してきたからといえるでしょう。
表面的な技術にとらわれるのではなく、広い視野と各種資源の有効活用の重要性が、今回の事例を通してご理解いただけますと幸いです。
筆者プロフィール
加藤 勇樹(余樹)
FIND ASIA華南地区責任者 、スタートアップサラダ(Startup Salad)日本市場オーガナイザー
2015年より「FIND ASIA」にて、広州・深セン・香港で人材紹介‐企業へのコンサルタントサービスを展開。17年よりFIND ASIAにて中国・大湾区の動向や、イノベーションアクセラレーター「スタートアップサラダ‐Startup Salad」との協業で活躍中