まちづくりは町民連携と総合力~ 後藤正和・前徳島県神山町長インタビュー(3)~

前徳島県神山町長・後藤正和
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2024/07/09 「単独でも生き残る」覚悟決めて臨んだ5期20年~ 後藤正和・前徳島県神山町長インタビュー(1)~
2024/07/11 「単独でも生き残る」覚悟決めて臨んだ5期20年~ 後藤正和・前徳島県神山町長インタビュー(2)~
2024/07/17 まちづくりは町民連携と総合力~後藤正和・前徳島県神山町長インタビュー(3)~
2024/07/18 まちづくりは町民連携と総合力~後藤正和・前徳島県神山町長インタビュー(4)~

 


前回に引き続き、前徳島県神山町長、後藤正和氏のインタビューをお届けします。平成の大合併の際に「単独で生き残る道」を選択した同町。人口減少が進む中、地方創生の一手として打ち出した「神山プロジェクト(注)」の取り組みが注目され、関係人口の創出が続いています。

前回のインタビューでは、メディア等で華々しい成功事例として取り上げられる神山町の取り組みの裏に、後藤前町長の奮闘があったことが語られました。「神山はもうあかん」と声が上がるほど停滞した町の雰囲気を変えようと、町民のモチベーションを上げる働き掛けを何年も行ったといいます。

5期20年という長期にわたり町政を牽引した後藤前町長の目には、「生き残れるまちづくり」がどのように映っているのでしょうか? 引き続き伺っていきます。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

左から、松坂智美(官民共創未来コンソーシアム)・後藤正和氏(神山町前町長)・小田理恵子(官民共創未来コンソーシアム代表理事)

 

注=町とNPO法人「グリーンバレー」が連携して行うプロジェクト。ITベンチャー企業等へのサテライトオフィス提供、町の働き手として必要な業種を逆指名する形で誘致する「ワーク・イン・レジデンス」、民泊や共同生活を伴う6カ月間の求職者支援訓練プログラム「神山塾」を通じ、若年層の関係人口を増やしている。

グリーンバレーはその他にも、国内外の芸術家を招聘して創作活動を支援する「神山アート・イン・レジデンス」の運営も担っている。

 

今後の課題は食料安保

小田 前回、後藤前町長が5期20年の首長経験を振り返りながらおっしゃった「単独でも生き残る」という言葉がとても印象に残っています。今の神山町を見てどう感じますか?

後藤氏 人口は減り続けていますが、関係人口は随分と多くなりました。芸術家の招聘と制作支援を行う「神山アーティスト・イン・レジデンス」や、起業家や企業のサテライトオフィスを誘致する「ワーク・イン・レジデンス」の取り組みが花開いたからです。やはり、生き残るという強い意志を持って、人口ピラミッドを底辺の広い三角形に持っていくことは大切だと思います。

それから、生き残るという意味では、災害に強い町にする必要があると感じています。神山町は徳島県内では最も地震に強い地域だといわれています。ですから、今後もし南海トラフ地震が起こったときには避難者の受け入れ地域になると予想されます。そのときに課題になるのが食料安全保障です。

 

小田 神山町の地産地消のレストランを訪れたことがありますが、そこにはきょうのメニューの中に町の食材を使用している割合が掲げられていました。その割合の記録は低い月でも60%を超えていました。仮に地震で集落が孤立したとしても、自給自足でしばらく生きていける強い町だと思ったのですが、後藤前町長の中ではまだ心もとない印象なのでしょうか?

後藤氏 昔はどの家庭も田畑を持っていて、主食を含めて自分たちが食べる物を自分たちで作っていました。第2次世界大戦のときには疎開先として徳島市などから随分と人の受け入れを行ったものです。当時は、皆が山を開墾して食料をどんどん生産していました。だから受け入れが可能でした。

現在は特産品のスダチなどの生産は盛んですが、多様な食料の自給自足は厳しい状況です。仮に南海トラフ地震が起きて、首都圏まで総なめに被害を受けたとしましょう。すると、救助も含めて神山町に支援が届くまでに長期を要する可能性があります。受け入れどころの話ではありません。

首長時代は食料安保の問題も見据えて「フードハブ・プロジェクト(神山の農業を次の世代につなぐ仕組み『育てる、つくる、食べる、伝える』活動を通して食の『地域内循環』を高め、関係性を豊かにし農業の担い手を育てる事業)」を推進しましたが、それでも昔に比べると脆弱な食料自給率です。理想は100%を超えることでしょう。

 

小田 災害史はいつの間にか人々の記憶から薄れていきます。何も起きていないうちにいかに備えられるかですね。

後藤氏 日頃の状態に危機感を持つことが重要ではないでしょうか。都市部に出張に行くと、お昼時の飲食店に行列ができているのを目にします。2018年の西日本豪雨の際には食品製造工場が浸水した影響で、ある品物が全国のコンビニから長期間欠品したこともありました。このように、食料を自分で作り出せない状態は危険であるという認識を持った方が良いと思います。

これからの行政の重要な課題は、災害のシミュレーションを基にした住民への意識醸成です。

 

自治体は「細胞」のようなもの

小田 過疎地のインフラを縮小して都市部に集約させた方が合理的だという意見があります。理解はできる一方で、一極集中型の町は災害の被害が大きくなる可能性があります。後藤前町長はどのようなお考えをお持ちですか?

後藤氏 この日本列島には、離島も含めて小さな町村がたくさんあります。それらの集合体が日本列島と言えるでしょう。いわば、自治体の一つ一つが細胞のようなものです。人体と同じように、どこか一つの細胞(自治体)に負荷がかかったり壊れたりすれば、必ず周囲の細胞(自治体)や全体に影響します。

今は東京一極集中型ですが、ある程度のバランスを取って、人口を地方に分散させる必要があると思います。竹島の事例を見るとよく分かる通り、人がいなくなった地域は他に取られるでしょう。

先日大きな地震があった能登地方に対しても、「なぜあんな地震がたびたび起こる地域に住むのか?」といった意見がありますが、やはりその地で脈々と受け継がれてきた伝統文化を守るためではないでしょうか。

輪島塗は1000年の伝統がありますし、白米千枚田も長い間人が汗水流してつくり上げた美しい世界遺産です。その土地の気候風土が特色ある伝統文化や産業を生んでいるわけですから、合理化して切り捨てるという議論には私はあまり賛成できません。

 

小田 地域の多様性と広がりが国全体の強さにつながるということですね。

後藤氏 自然であることが大事だと思います。森林に例えると、スギやヒノキばかりが人為的に植えられた森は根っこが浅いため災害に弱いです。長い歴史をかけて多様な樹木が自然のままに成長する森は地盤が強い。国全体の強さというのも、多様な地域の多様な特色の蓄積でつくられるものではないかと思います。

 

小田 とはいえ、多くの自治体は「ない袖は振れない」という状況です。過疎地の方まで水道管や道路を整備するのか? という議論になるのも理解できます。この辺りのバランスを見極めるのが非常に難しいですが、今のタイミングで議論をする必要があるとも思います。このまま行くと、どちらかといえば経済合理性の方に流れていくような気がします。

後藤氏 長い間、経済合理性優先の時代が続きましたが、ここ数年、私はむしろ振り子が逆に振れ始めたと感じます。神山町のワーク・イン・レジデンスのように、通信環境が整えば、田舎の自然を満喫しながら仕事をすることができます。もちろん災害等のリスクは考慮しなければなりませんが、都市部の方たちにはできるだけ地方に移住していただいて、豊かな暮らしを送っていただければと思います。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年5月27日号

 


【プロフィール】

後藤前神山町長後藤 正和(ごとう・まさかず)

1950年生まれ。神山町議会議員を経て、2003年4月に同町就任。

2023年4月まで5期20年の間、町長を務めた。

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