企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(前編)〜

一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事 小田理恵子

 

2022/01/06  企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(前編)〜
2022/01/08  企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(後編)〜


 

新型コロナウイルスとの闘いが始まって、2年が経とうとしています。この間、マスク製造やPCR検査、ワクチン接種、テレワーク推進などに、国や地方自治体は民間と連携しながら注力してきました。読者の皆さんは身近なこと、そして私たちの生死をも分け得る重大なこととして、「官民連携」の重要性を認識されたのではないでしょうか。

筆者は官民連携を官側と民側、それぞれの立場から支援しています。民側からは、株式会社Public dots & Companyで、新規事業開発やCSR(企業の社会的責任)目的の自治体との連携協定締結、実証実験の手助けをしています。官側からの支援としては、一般社団法人で自治体のオープンイノベーションの環境整備や地域課題解決に資する企業の紹介などを行っています。

その中で、相手に対して何を求めているのか、取り組みを進める中で何が不満なのか、どうしてほしいのかといったことを当事者の方々から直接、話を聞く機会があります。こうした経験を重ねる中で分かってきたことは、官と民はお互いの違いを理解していないこと、そして知らないが故に相手の立場を考慮できていないことです。

そこで本稿は、これから官民連携を進めたいと考えている自治体や、官民連携がうまくいかないと悩んでいる自治体に対し、企業側の事情や考え方などを紹介したいと思います。今後、官民連携を進めるに当たってのヒントになれば幸いです。

企業が官民連携を進める背景

私たちは今、第4次産業革命といわれる産業構造の転換期を迎え、「モノ」を消費する時代から「コト」を消費する時代へと軸足を移しつつあります。製造業を基幹産業として経済発展してきた日本は、過去の成功体験があだとなり、このハードからソフトへの構造転換がうまくいかずに苦しんでいます。世界的なデジタル化の波に乗り遅れていることも周知の通りです。

日本企業の多くは、これまで「プロダクトアウト型」(企業がつくりたい物を基準に商品開発を行うこと)のモノづくりをしてきており、「マーケットイン型」(顧客のニーズをくみ取って商品開発を行うこと)のサービス開発について、経験がありません。

そもそも顧客の価値観やどんな「コト消費」がしたいかが分からず、市場ニーズを捉え切れていません。世界の時価総額ランキングで日本企業が上位を独占していた平成初期から30年経過した現在、日本企業は上位30位までに一社もランクインしていないのです。

 

筆者が日本企業の役員や取締役の方々と意見交換する際、彼らは口をそろえて、こう言います。

「自社の事業はこのままだと先細りする」
「時代の変化を捉え、新分野を開拓しなければならない」
「しかし事業シーズ(種)がどこにあるのか、自社単独では探すことすらままならない」
「そうした新しいことを手掛けられる人材が社内に存在しない」

と。そして、異口同音に「地域の課題に事業シーズが眠っているのではないかと期待している」「そのためにまず自治体と組み、社会課題解決に取り組みたい」と続けます。つまり、こうした企業にとって官民連携事業は、自社の生き残りを懸けた取り組みなのです(注1)

 

こういった話を聞いて、読者の皆さんは大げさだと思うかもしれません。しかし、それは企業の中で危機感を抱いているのが経営層までであり、現場の担当者にはその認識がないケースが多いためです。

自治体との連携事業に際して直接、接点を持つ企業の社員に「自社の将来が危うく、またこの取り組みがその命運を握るかもしれない」という認識はありません。そのため、連携先の自治体に企業側の真の狙いが伝わっていないことがままあります。大きな組織になればなるほど、よくある話だと思います。

 

官民連携のスタート時に必ず行うべきなのは、お互いがこの事業で何を実現したいのかを明確にすることです。お互いのアウトカム(成果)を共有し、それぞれが組織の承認を取り付けておくことが重要です。

協定を結んで進めてみたものの、終わってみれば何の成果も得られなかったという企業からの相談を、筆者はよく受けます。組織階層によって求めるアウトカムが異なり、最終的な評価は経営層によってなされることを念頭に置く必要があります。逆に言えば、そこさえ押さえておけば、後は現場同士で進めていけるわけです。

 

注1=社会課題を解決していくことが社会の公器たる企業の意義だと純粋に考える企業も存在しますが、ほとんどの企業は自治体との官民連携で自社に何らかの見返りを求めています。

また「社会貢献」と言いながら、実際には自治体に自社のサービスや製品を買ってもらいたいという企業も多いです。こうした企業は官民連携プロジェクトとしてスタートしたにもかかわらず、いつの間にか商談になっているといったケースもあります。

自治体を知らない企業

目指す成果が共有できれば、後は安心して現場担当者同士で事業を進めていくことができます。何事も最初が肝心と申します。ここで覚えておいてほしいのは「企業の担当者は自治体のことを何も知らない」という点です(注2)

例えば、自治体の予算編成スケジュールは1年単位で決まっています。自治体にお金を出してほしい場合は、少なくとも前年度の秋までに官民の間で調整を終えておかなければなりません。しかし筆者は、12月や1月に次年度の自治体予算を当てにした計画を民間から相談されることが珍しくありません。

また、4月の人事異動で担当者が代わるため、新しく事を起こす場合は4月以降に進めるべきなのですが、3月に自治体に連携を持ち掛け、苦労して最初の接点をつくったところで担当者が代わり、一からやり直しになったといった企業側の嘆きを聞くこともあります。

自治体の年間スケジュールなど、調べればすぐに分かることですが、実はこうしたことを自ら調べて理解した上で臨む担当者は、ほぼいません。彼らは無意識に「民間と同じ」という前提で、自治体に接触します。

 

筆者が官民連携事業に伴走する場合は、企業に対して自治体と協働する際に知っておくべき基本知識を、まずはレクチャーしています。自治体の目的、組織、スケジュール、契約の種類やプロセス、合意形成の進め方などです(図1)

 

(図1)民間企業向け自治体ビジネスマニュアル概要(官民共創未来コンソーシアム作成)

 

企業側に自治体を理解している人間がいない場合は、初期段階で最低でも自治体の年間スケジュールや庁内での合意形成の進め方、想定されるタスクについて、相手先に示しておくことをお勧めします。

 

注2=鉄道会社や不動産開発業者など、社会インフラの一部を担っているような企業は例外です。彼らは昭和の時代から自治体との協働事業の経験があり、自治体に対する知見も保持しています。しかし多くの民間企業はそうではないので、相手企業がどの程度、自治体の知見や協働の経験があるのかを見極めることも重要です。

 

後編に続く


【プロフィール】

小田 理恵子(おだ・りえこ)
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事

神奈川県在住。大手SI企業にてシステム戦略、業務プロセス改革に従事。そこで手掛けた自治体の行政改革プロジェクトを契機に地方自治体の抱える根深い課題を知る。未来の行政の在るべき姿を追求するため2011年より川崎市議会議員を2期8年務め、行財政制度改革分野でのさまざまな提言を行う。20年、官民共創未来コンソーシアムを立ち上げる。自治体と企業をつなぎ、地域を都市とつないだ価値循環の仕組みを支援する。

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