神奈川県横須賀市長・上地克明
（聞き手）一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2025/06/17 「人間が人間らしく生きる社会」を目指して～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（１）～
2025/06/19 「人間が人間らしく生きる社会」を目指して～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（２）～
2025/06/24 独自の感性で導くまちづくり～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（３）～
2025/06/26 独自の感性で導くまちづくり～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（４）～
本気の姿勢が周囲を変えていく「カッコいい市長」の姿
小田 きょうのインタビューには職員の方が同席されています。上地市長のスタンスを実際に近くでご覧になって、どう感じますか？
秘書課長 やはり最初は面食らいましたね。こういう考えを持つ人がいるのか……と。しかし実際にあらゆる面で背中を見せていただいているので、その熱量にこちらも感化されます。
先ほど市長が申し上げたコロナ禍のエピソードは、根底に横須賀基地の従業員の方たちへの配慮がありました。彼らは検疫や予防接種などで、とにかく特殊な立場に置かれていました。市は基地と連絡を取り続け、そのような状況を把握していました。ですから、外務省や内閣府に「同じ横須賀市民として公平に扱うようにしよう」と申しに行ったこともありました。
小田 コロナ禍はまさに「前例がない事態」でしたよね。皆が手探りで解決策を模索する中、上地市長は自らの信念に従って行動されたのですね。
上地市長 一番大事なのは、命なんですよ。人の命を守るために市長を務めているわけで、その他にどんな責任があるのかという話です。ずっとその思いで政治家をしています。
小田 市長の言葉に胸を打たれています。平易な表現しか出てこず大変恐縮ですが、なんてカッコいい市長なんでしょう。
上地市長 とんでもないです。
小田 市長の決断力やリーダーシップの原点はどこにあるのでしょうか？ 自己分析のつもりでお話しいただけますか。
上地市長 やはり父の姿ですよ。差別に戦争に、本当に苦労続きの人生だったから。剛気で周囲と折り合いをつけるのも大変な人でしたけど、曲がったものに対する強烈な反骨精神があったんです。正義に対して飽くなき追求をする人だった。私はその気質を受け継いでいるのだと思います。だから若い頃は親戚たちに、父のようになるのではないかと心配されました。
私もいろいろあって今ここにいますが、人生の折り返し地点を過ぎて思うのは、愛と調和、つまり「一人ひとりの幸福を願い、互いに支え合い、協力し合える温かい社会を築く」ために全ての出来事があったのだと思います。
小田 先ほどもおっしゃっていた「生かされている」という感覚ですね。美意識とも言い換えられます。どちらも非言語的な領域ですが、VUCAの時代においては必要な感覚だと思います。
山口周氏の著書「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?」でも、今の時代にリーダーや経営者がアートを学ぶ意義を説いています。論理や分析だけでは、不確実性の高い環境に対応し切れません。アートを通じて培われる美意識や感性が創造性の源泉となり、多角的視点や本質を見抜く目を養うとの指摘です。
デジタル化が進む現代だからこそ、人間らしい感性と論理のバランスがリーダーシップに不可欠です。
上地市長 最近の研究では、人の意識が量子的な振る舞いをする可能性があるともいわれますからね。人の感性が伝搬するとしたら、すでに政治やビジネスの世界も変わり始めているでしょう。私はその「全体」の中の政治の領域を担うんですよ。そういう役割なんだと思います。
「誰も一人にさせないまち」へ
小田 AIをはじめとしたテクノロジーがこれだけ発達すると、ロジックは人間が処理する領域ではなくなると思います。そんな中、政治や行政はどのような存在になると思いますか？
上地市長 本来の人間の活動に戻るべきです。人間が人間として生きるとはどういうことか？ を追求する組織になることが重要でしょう。だから私は職員に「庁内にいる必要はない、どんどん外に出ろ、人と一緒に生きろ」と伝えています。庁内の事務業務はAIやロボットに任せればいい。政治や行政の仕事に就く者は、「人のために生きる者」でしょう。ならば、庁内で事務業務に時間を取られるのは本質的ではありません。横須賀市が目指すのは「誰も一人にさせないまち」なんですよ。
小田 「庁内にいる必要はない、どんどん外に出ろ、人と一緒に生きろ」とは、またしても胸を打つ言葉です。実際に横須賀市では、全国に先駆けて「ChatGPT」を業務に導入し、市民からの問い合わせ対応や文書作成業務を自動化しました。また、申請手続きのオンライン化にも取り組み、市民サービスの利便性向上を図っています。まさに言葉通りの行政の在り方を実現しようとしているのですね。
上地市長 「人間が人間として生きる」は、ずっと言い続けている言葉です。DX（デジタルトランスフォーメーション）を推進したデジタル・ガバメント推進担当部長にも言い続けました。
私自身はいわゆる「縄文的」で、アナログ感覚で生きている人間です。命とは何か？ 人間として生きるとは何か？ を追求し続けてきました。だからこそ、デジタルはツールでしかないということがよく分かります。重要なのは、人としてどんなマインドで生きるかです。ちなみに私はロックの音楽活動もしていますが、ロックとは、ジャンルではなくマインドです。どう生きるかということ。これもつながっていますね。生かされています。
インタビュー中は、地元アーティストがデザインしたスカジャンを着用（出典：官民共創未来コンソーシアム）
小田 上地市長のアーティストとしての感性は時代を先取りしていますね。横須賀市でAI活用が進むのも納得です。
上地市長 職員には、「人間が人間らしく生きて、誰も一人にさせないまちになるために効果的なツールなら、どんどん導入しよう」と伝えました。前例がないため職員は最初に抵抗感を示しました。「失敗したら世間からどう見られるか」という不安があったそうです。だから私は「全体の幸せのために一歩踏み出すのが重要で、失敗なんてものは幻想だ」と返しました。仮に失敗と呼ばれるような事態になったとしても、私が全部責任を負えばいいだけの話です。
小田 それを市長から言われたら、職員の皆さんのマインドも変わっていくでしょうね。
上地市長 そうですね、次第に「やってもいいんだ」という気概が出てきたかもしれません。
小田 ちなみに、普段は職員の皆さんとどのようなコミュニケーションを行っているのですか？
上地市長 基本的に本音で話します。市長という立場からではなく、一人の人として感じること、思うことを話します。こんなふうにコミュニケーションを取る市長を、職員は最初は理解できなかったようです。だんだん慣れてきましたね。
小田 市長は相手がどんな役職や立場の人であろうと、態度を変えませんよね。「いつも本音で関わってくれる」という心理的安全性が組織に醸成されているのではないでしょうか？
上地市長 言われてみればそうかもしれません。
首長は単なる役割です。私は一市民でしかないし、職員も住民も皆「仲間」です。だから純粋に、仲間の考えを聞きたい。本音で関わるのはこういった理由があるからです。でも私は自分に全く自信がないので、常に「これは人のために、愛のためにやっていることなのか」と自問自答します。
市民の皆さんとも積極的に関わりますが、いろいろな考えを持つ方がいるので、時には傷つきます。ですが、全力で本気で向き合いますよ。それが人間が人間として生きるということですから。
小田 今回は、上地克明横須賀市長の「背中を見せる」リーダーシップについて伺いました。市議時代からの一貫した現場主義、市民一人一人の声を丁寧に受け止める姿勢、そして複雑な課題に対しても対話と実行力で切り込む姿が、職員の意識改革や組織の活性化につながっていることが印象的でした。
一方で、その感性に基づくリーダーシップは、単なる精神論にとどまらず、デジタルやAIの力を最大限に活用することで、横須賀市の行政改革を一歩先のフェーズへと導いています。例えば、「庁内業務はデジタルで自動化し、市民対応には人を」という考えの下、職員には現場に出て人と接することが求められ、庁内ではChatGPTの導入をはじめとした全国初の生成AI活用や、サービスデザイン思考による組織再構築が着々と進行。
こうした取り組みは、改革を実現する土壌と技術的な下支えを、地道に育ててきたからこそ可能になったものでしょう。
次回は、アーティストとしての活動歴を持つ上地市長が、市政にどのように感性を取り入れてきたのかに迫ります。さらに、三浦半島地域連携「MURO（ミューロ）圏構想」の全貌や、横須賀市が描く未来のビジョンもお聞きします。
（第3回に続く）
※本記事の出典：時事通信社「地方行政」2025年5月12日号
【プロフィール】
上地 克明（かみじ・かつあき）
1954年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大卒業後、衆院議員秘書を経て、2003年に横須賀市議会議員に初当選。
以降、連続4期務め、17年に横須賀市長に就任。現在2期目。市長として、差別のない社会の実現や現場主義の徹底を掲げ、市民との対話を重視した市政運営を行っている。趣味は音楽で、現在も公務の傍らステージに立つ。
