神奈川県横須賀市長・上地克明
（聞き手）一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2025/06/17 「人間が人間らしく生きる社会」を目指して～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（１）～
2025/06/19 「人間が人間らしく生きる社会」を目指して～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（２）～
2025/06/24 独自の感性で導くまちづくり～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（３）～
2025/06/26 独自の感性で導くまちづくり～上地克明・神奈川県横須賀市長インタビュー（４）～
神奈川県横須賀市、上地克明市長のインタビューの後編をお届けします。前編では、「あらゆる差別に反対する」という幼少期からの強い信念と、「誰も一人にさせないまち」という政治スタイルに迫りました。現場主義と本音の対話を通じて、職員の意識や組織文化を変革してきたその背中は、まさに「論理と感性で導く、人間らしいカッコいい市長」そのものでした。
後編では、アーティストとしての感性を土台に据えつつも、デジタルやAI（人工知能）を積極的に活用して行政を先進的にアップデートしてきた上地市長の姿に迫ります。
谷戸での地域共生モデルや、三浦半島を一つの経済・文化圏と捉える「MURO（ミューロ）圏構想」など、まちづくりにおける挑戦と未来へのビジョンをお聞きしました。（聞き手＝一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子）
「感受性ゼロの組織」から「『なぜ』を問う組織」へ
小田 多様なバックグラウンドを持つ人が集まる自治体の長として、「誰も一人にさせないまち」と標榜するのは相当腹を括らないとできないことではないかと思うのですが。
上地市長 おっしゃる通り、ものすごく腹を括っていますよ。「本当にできるのか」「論理的に合っているのか」などの批判も当然あります。それでもこれが私に与えられた道なので、あえて声を大きくして言っています。
使命感を持って全力で駆け抜けて、幸せになる人が増えればそれでいいし、ダメならそれまでです。人生を俯瞰すると「動かされている」という感覚が確かにあるので、大きな流れに従って役割を果たすまでですね。
小田 AIをはじめとしたテクノロジーが作業を代替するようになり、「人間として生きるとは何か？」と本質的な問いが突き付けられています。そんな中、横須賀市は今の時代に合った組織に見えるのです。上地市長が就任してから組織はどう変わりましたか？
上地市長 就任直後の印象は「感受性ゼロの組織」でしたね。「何もしないことが良いこと」という組織文化でした。上がってくる事業計画や報告は前例踏襲、財政主義で、「なぜやるのか」「どういう根拠でやるのか」のポリシーが読み取れません。マインドや心が感じられない。だから最初の4年間は、どうしたら伝わるのかと苦悩する毎日でした。
小田 「なぜ」を突き詰めて考えることは実はハードで、行政に限らず民間の組織でも無意識的に避ける人は多いですよね。
上地市長 つまり「人間を理解すること」だと思うのですが、これはやるべきでしょう。ですから職員には、ひたすら「なぜ」を考えるよう伝え続けました。後は職員が失敗を恐れないように、私が全部責任を取るだけです。
小田 そうやって上地市長が少しずつ働き掛けていった結果、職員の皆さんの中に、仕事の面白さや社会を良くすることへのモチベーションが高まってきたのでしょうか。
上地市長 おそらく高まっていったのではないかと思いますよ。
「不作為は悪」、人の心を動かす行政に
小田 今回のインタビューには職員の方も同席しています。今の話題はどう思われますか？
秘書課長 そうですね、市長からは事あるごとに「なぜやるのか考えたのか」とお叱りを受け、目的を考えるようになりました。転機になったのはコロナ禍でしょうか。市長が職員に対し、「困っている市民のために行動するのが市役所の役割だ」と毎週のようにビデオメッセージを発信しました。それに奮起させられ、職員は部局を横断して連携し、さまざまな取り組みを実施しました。
小田 乗り越えるべき共通の課題があり、それに向かって庁内が一つになったのですね。
上地市長 おっしゃる通りです。一つの目的を共有して、皆の心が一つになりました。それまでにも日頃から「ヒエラルキーや縦割りは要らない。部局の壁も意味がない」と言い続けてきましたが、コロナ禍のときにようやく垣根が外れた感覚がありましたね。皆がお互い助け合い、手挙げ方式で積極的に仕事を進めていきました。コロナ禍自体は不幸な出来事でしたが、行政の在り方という点では収穫がありました。
小田 それは組織にとって、とても大きな変化ですね。
上地市長 不作為は悪なんですよ。結果責任を市民から批判されることもあると思いますが、行動しなければ成功も失敗もありません。「不作為は悪」も、就任1年目から数え切れないくらい職員に伝えてきました。
秘書課長 市長のおっしゃる「不作為は悪」のマインドが庁内に浸透するまでには時間がかかったと思います。私自身は、コロナ禍の対応を通じて、不作為の怖さを身をもって感じました。
市の基本構想の表紙には、挑戦を暗喩する「変化」の文字が記されている（出典：横須賀市 YOKOSUKAビジョン2030）
小田 上地市長のされていることは、まさに人間育成です。
上地市長 優秀で能力が高くても、人の気持ちを慮ることができなければ分かり合えないと思います。「当事者目線」や「寄り添う」という言葉が最近は躍っていますが、それは基本ですよね。
小田 横須賀市は全国に先駆けて「ChatGPT」を業務に導入し、市民からの問い合わせ対応や文書作成業務の自動化を進めています。これは職員の皆さんが市民の方たちとの交流の中で、より人の気持ちを慮れるようにとの目的でしょうか？
上地市長 最終的には、行政センターに権限や財源を渡して、各行政センターが地域の人たちと密接に関わる体制がつくれればと考えています。もちろん土日も開所する形で。本庁機能はAIとロボットで事務業務を行うだけが理想ですね。その方が、本来人が行うべき仕事ができるでしょう。実際に行政センターでは「市民部」から「地域支援部」に名前を変え、地域を支援する役割だという認識を共有し始めています。
小田 着実に、人同士が深い交流ができる組織に変わってきていますね。外に出る職員の数も増えてきたのではないでしょうか？
上地市長 昔に比べてだいぶ出るようになりましたね。健康部は保健師が部長を務めていました。保健師は現場に出ますから、どんどん市民の声を聴いて、何ができるかを考えるんですよ。人事采配がうまくいったと思います。
（第4回に続く）
※本記事の出典：時事通信社「地方行政」2025年5月19日号
【プロフィール】
上地 克明（かみじ・かつあき）
1954年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大卒業後、衆院議員秘書を経て、2003年に横須賀市議会議員に初当選。
以降、連続4期務め、17年に横須賀市長に就任。現在2期目。市長として、差別のない社会の実現や現場主義の徹底を掲げ、市民との対話を重視した市政運営を行っている。趣味は音楽で、現在も公務の傍らステージに立つ。
