小規模自治体の公務員はつらいよ〜幸福や楽しさを、仕事の中に見いだすには 〜(前編)

長野県佐久穂町政策アドバイザー・在賀耕平

 

2022/05/31 小規模自治体の公務員はつらいよ〜幸福や楽しさを、仕事の中に見いだすには 〜(前編)
2022/06/07 小規模自治体の公務員はつらいよ〜幸福や楽しさを、仕事の中に見いだすには 〜(後編)


 

私が長野県佐久穂町役場で働く前に持っていた地方公務員像は、定時出社・定時退社とまではいかなくとも残業はそれほど多くなく、のんびりとした雰囲気の中、紙の書類にまみれてハンコを押しながら仕事をするといったイメージであった。

しかし実際には仕事は多種多様で、県庁や議会への報告・説明の締め切りに追われ、住民からの問い合わせやクレームに懇切丁寧に対応し、部署や時期によっては多くの残業をこなしているというものだった。イメージの中で合っていたのは、書類にまみれてハンコを押す姿だけであった。

本稿では、自治体に求められるものが高度かつ多様になっているにもかかわらず、人事制度や組織の在り方は旧来のままであり、そのしわ寄せが職員にきているのではないかという問題意識から、その解決の方向性を示せればと思う(図)

常に求められる役場職員らしさ

(図)

 

私は大学卒業後、人材系のベンチャー企業に勤務、その後にナレッジマネジメント(個人の知識やノウハウを組織で活用する経営手法)を扱うIT系ベンチャー企業にコンサルタントとして転職し、顧客企業とどのように体制をつくり、どのようにITシステムを活用すれば、企業活動に必要なナレッジや情報を社内に流通できるかを考え、実践してきた。

2007年にその会社が上場を果たしたのを機に、私は生き方を思い切り変えたら面白いのではないかと考え、08年に佐久穂町に妻と一緒に農業をするために移住した。

そして15年、町がまち・ひと・しごと創生総合戦略を立案する際に農家代表として会議に呼ばれ、戦略の立案に関わらせていただいた。その流れで翌年から「政策アドバイザー」として町と業務委託契約を結び、各種計画の立案、デジタルトランスフォーメーション(DX)、ふるさと納税、人事政策策定などを支援させていただいている。農業も続けており、午前中は農作業、午後は役場仕事と二足のわらじを履いている。

 

佐久穂町は長野県東部の東信地区にあり、05年に佐久町と八千穂村が合併して誕生した。人口は1万人程度、役場の一般職は126人ほどである。税収は10億円ほど、歳入・歳出は19年の台風19号災害で工事が大幅に増えた関係で、20年度に96億円と過去最高を記録した。19年に日本で初めての「イエナプラン教育」を実践する私立大日向小学校が開校し、教育移住が増えていることで、ちょっと話題になった町である。

私は政策アドバイザーとして働くようになり、初めて地方公務員の大変さを目の当たりにするようになった。人口1万人規模の町の場合、役場で勤務していることは近隣の多くの人が知っている。買い物をしているときも、飲食店でお酒を飲んでいるときも、学校のPTAの会議のときも、常に役場職員らしくあることを求められる。

公務員は楽な仕事でいい給料をもらっているという認識が一般的なため(決してそうではないのだが)、ひがみ、ねたみの視線にさらされることも多い。頼まれ事をされると断れないこともある。税務係で滞納整理を担当していた女性職員は、町内のスーパーで滞納整理の対象者に会うと気まずいので、町外のスーパーに出掛けていると言っていた。

 

クレームは来れど褒められず

 

役場にはクレームを言ってくる人は多いが、わざわざ褒めに来てくれる人はめったにいない。怒りは行動に結び付きやすいが、幸せな感情になっても行動には移らない人が多いからなのではないだろうか。

実際には、クレームを言う方はほんの数%であるにもかかわらず、職員の脳内では「住民=クレームを言ってくる怖い人」というバイアスが少なからずできてしまう。

佐久穂町は、21年度に実施された「子育て世帯への臨時特別給付金」の追加分5万円について、現金ではなくクーポンで給付することを決めた全国で六つの自治体の一つだったが、発表後にクレームの電話が役場に殺到した。結局、選択制にして、町内限定のクーポン(25%増しで7.5万円分)か、現金5万円を保護者が選択できるようにしたのだが、ふたを開けてみれば83%がクーポンを選んだ。

たとえ住民満足度の高い政策を実行したとしても、クレームは来るのである。そして住民からのクレームは、職員の「新しいチャレンジをしよう」という心をじわじわと削っていく。

 

職員1人当たりの負担が増加

佐久穂町には20年時点で126人の一般職がおり、96億円の予算を歳出している。合併直後の06年は69億円の予算で、147人の職員であった。職員1人当たりの予算額でいうと、06年は4700万円だったが、20年は7600万円と1.6倍ほどに増えている。

また、20年時点で事務事業は260ほどあり、職員数で割ると2くらいで、1人が二つ以上を担当していることになる。若手職員もほぼ1人で事務事業を遂行することになり、かつマニュアルの整備も不十分なのでミスしないよう、かなりのプレッシャーの中で仕事をすることになる。

そして、一人一人が別々の仕事をしているということは、人事評価において客観的に評価することの難易度を上げている。

 

仕事が多種多様

 

地方公務員の仕事は正しいやり方が決まっており、それを早く正確に仕上げるといったようなものが多い。それが第2次地方分権改革の頃からなのか、正しいやり方やゴールすらはっきりと分からず、五里霧中で仮説を立てながらまずはやってみて、修正を加えながら何とか前に進んでいくという類いの仕事も増えていった。

創生戦略を立てて実行するのもその類いの仕事であるし、林業や農業といった産業政策、地域に合った介護医療の仕組みの構築などもそうだろう。今まで決められた手順の仕事しかしてこなかった職員が正解のない仕事を振られ、ストレスを感じることは多い。

また役場の体質上、失敗のリスクを過大に見積もり、いろいろな部署から横やりが入り、ただでさえ難しい事業を前に進めることができず、苦しむ職員も多い。

 

出世スピードが遅い

町村合併のデメリットの一つに昇進のスピードが遅くなったことがある。佐久穂町役場には50代の職員が多く、課長や係長への昇進スピードが遅くなってしまった。合併前は30代後半で係長へ昇進していたケースもあったようだが、今や40代後半にやっと係長になり、50代半ばで課長になるというようなケースが多くなった。

前述した通り、人事評価を機能させることが難しく、昇進だけが自分の評価を知る機会になるのだが、それすらもうまく機能していないのが現状である。

そして係長になっても苦難の道は続く。上司はパワハラに気を使い、部下に残業させて仕事をやってもらうよりは、自分でやってしまえと考える方が多いのか、残業時間を調べてみると、係長の残業時間が一番多い。

そんな係長の姿を見て、出世したいと思う職員の数も減ってしまう。特に子育て中の女性職員の中には、係長は自分には務まらないと諦めてしまうケースも多く、女性管理職が増えない一因になってしまってもいる。

 

後編に続く


【プロフィール】

在賀 耕平(ありが・こうへい)
長野県佐久穂町政策アドバイザー

1975年大阪府生まれ。大卒後に人材系ベンチャー、ナレッジマネジメントのIT系ベンチャー企業に勤務した後、長野県佐久穂町に移住。「Golden Green」の屋号で、無農薬野菜を宅配で全国に販売している。2016年より佐久穂町政策アドバイザーを務める。

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