株式会社Public dots & Company代表取締役・伊藤大貴
米国では政府方針の主要テーマ
カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)、通称「CX」。この言葉を聞いたことのある人はどれくらい、いるでしょうか。言葉だけではイメージしにくいかもしれませんが、近年、マーケティングの世界では商品やサービスを消費者に購入してもらうに当たって、CXの設計の重要性が叫ばれてきました。
最初に本稿の結論を書いておきましょう。「今こそ自治体はCXを学ぶことで、行政サービスの質を向上できる」
冒頭から聞き慣れない言葉を出してしまいましたが、心配する必要はありません。CXとは何か。今、自治体が直面する市民コミュニケーションの課題を明らかにしつつ、CXが自治体にとってどんな可能性をもたらすのか、これから解説しようと思います。
顧客視点に立って多角的に評価するCX
CXとは、商品やサービスの購入から実際の利用、使用後のサポートに至るまでの消費者の心理的・累積的な価値のことを指します。従来、基本的には商品やサービスの特徴に焦点を当てたマーケティングを行っていれば、モノは売れました。しかし、消費者ニーズの多様化に伴い、サービスや商品の差異化が難しくなってきたことから、商品やサービスの購入から実際の利用、使用後のサポートに至るまで、消費者がどういう価値を感じたのか、顧客行動のプロセスが注目されています。
具体的に書いた方が分かりやすいかもしれません。例えば、温泉旅館があるとしましょう。誰もが知っている温泉街にある旅館。20年くらい前であれば、テレビでCMを流すことで、旅館の認知を高め、利用してもらうことができました。いわゆる、マスマーケティングです。2000年頃からインターネットの普及が始まり、その後はスマートフォンが普及したことで、インターネットを通じてホテル・旅館のサービスを売っていく時代に入ったのはご存じの通りです。一休.comやじゃらん等、ホテルや旅館を予約するためのプラットフォームが登場し、読者の皆さんも一度はこうしたサービスを利用したことがあるでしょう。
さて、ここからが問題です。皆さんがホテルや旅館のオーナーだとして、ちょっと想像力を膨らませてみてください。テレビCMしかり、インターネットのサービスしかり、それらを通じて、どんなお客さんに旅館に来てもらいたいと考えますか? ビジネスパーソン? それとも大学生? あるいは家族連れですか? その家族はDINKS(子どものいない共働き夫婦)? そうではなく、子どももいますか? 現役を引退して、時間的な余裕が生まれたご夫婦ということも考えられそうです。
顧客の感情導線を明らかにすることでサービス向上へ
この辺をまるっと「お客さま」とまとめて、最大公約数を狙って訴求を図っていたのが従来のマーケティングです。それがマスマーケティングであり、そういう訴求でもユーザーを獲得できました。ところが今、消費者のライフスタイルが多様化したことで、これまでの訴求方法では誰の印象にも残らなくなっていることから、CXの設計と必要性が高まっているのです。
つまりターゲットとする顧客層によって訴求するポイントが異なってくるため、旅館(商品であり、サービス)の「価格」や「機能性」といった物理的な価値だけでなく、それらを通じて得られる「満足感」や「喜び」を設計するCXに軸足が移りつつあるのです。旅館を選ぶところから、当日のチェックイン、滞在中の各種サービス、従業員の接客、利用後のフォローなど、CXを改善するポイントが各所に存在します。
こうした消費者・顧客との接点を明らかにする手法を「カスタマージャーニー」と呼び、その接点における顧客満足度を高めることで「もう一度来たい」「また利用したい」と消費者に感じてもらうわけです(写真)。
もちろん、CXを必要としているのは、何も旅館だけではありません。あらゆる消費財、サービスが対象であり、動きの速い企業ではカスタマージャーニーを基にしたCXの設計に着手し、それは企業業績にも反映されつつあります。
勘のいい読者の方は気付いたかもしれません。そう、CXという手法を用いると、商品やサービス以外の部分の満足度を上げることで、商品やサービスの購入につなげることが可能になるのです。
コーヒーチェーンのスターバックスが分かりやすい事例です。なぜ、スターバックスが今でも人気を維持しているかというと、店舗を「家でも職場でもない、サードプレイス(第3の場所)」と位置付けることで、顧客に新しい価値を提供しているからです。コーヒーの提供だけでなく、スタッフとのコミュニケーションや店内に流れる音楽にも注意を払い、サードプレイスの心地よさをプロデュースすることで、消費者に「また来よう」と思ってもらえるよう工夫を凝らしています。つまり、こうした顧客体験の満足度を上げることで、結果的にコーヒーをはじめとする商品の売り上げにつなげています。これがCXです。
(第2回に続く)