企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(後編)〜

一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事 小田理恵子

 

2022/01/06  企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(前編)〜
2022/01/08  企業から選ばれる自治体とは 〜官民連携事業における「民間」の視点(後編)〜

企業について知ってほしいこと

官民連携事業を推進する上で、企業は自治体のことを理解するところから始めるべきだと申し上げましたが、それは自治体も同様です。本稿では企業について知っておいてほしいことを2点だけ、お伝えします。

 

まず企業の「経営計画」についてです。多くの企業は経営計画に基づき事業を推進します。

経営計画には短期、中期、長期の3種類があり、それぞれ策定スパンは1年、3〜5年、10年が目安です。この中で今回押さえておくべきなのは「中期経営計画」です。

企業の目指すビジョン(将来像)や具体的な事業の内容が示されており、その内容次第で株価が大きく変動することもあります。株式会社は法的には株主のものです。経営者ですら株主から経営を任せられているにすぎません(注3)

 

中期経営計画は、自治体でいうところの総合計画だと思っていただければよいかと思います。上場企業であれば毎年策定・公表されますが、ここに官民連携事業についての方針や計画が示されることも多くあります。中期経営計画の成否が経営者の株主からの評価に関わってくるため、経営者はその実現にまい進します。ここで厄介なのが、官民連携事業について自治体へのヒアリングや交渉を経ることなく、企業側の論理のみで計画が策定されるケースが多いことです。

そのような状態で官民連携事業を進めた場合、自治体側には到底のめないようなスケジュールやアウトカムを、企業から求められることがあります。企業の担当者は、上司や役員から「中期経営計画を実現せよ」というプレッシャーを受けて行動しますので、ここを理解してくれない自治体は敬遠してしまいます。

 

筆者が伴走した企業の中には、「中期経営計画の発表までに自治体との実証実験に着手していなければならない」というミッションを背負ったケースがありました。相談を受けた時点で準備に要する期間などを確認したところ、パートナーとなる自治体を探して実証実験の合意を取り付けるまでに、半月もないことが判明しました。相手のあることですから確約はできないにもかかわらず、企業側の論理で日程はずらせないものでした。

 

このケースでは、ある自治体に無理をお願いし、実証実験を受け入れてもらいました。企業側は非常に恩義を感じ、当初は計画していなかった自治体のまちづくりに協力するという関係を築くことができました。

これは無理なスケジュールであるにもかかわらず、たまたま事がうまく運んだ例外であり、良い事例とは言えません。しかし、官民連携事業によって企業との良好な関係を築きたいのであれば、企業側の都合、担当者の背負っているものに理解を示し、寄り添うことが必要です。

 

注3=非上場企業の場合、経営者が株式の大半を保有しており、「株主=経営者」となっているケースが多いために混同しやすいですが、法的には所有と経営は分離しています。

 

付き合いたい自治体、そうでない自治体とは

もう一点は企業から見た、付き合いたい自治体の要素についてです。企業側が官民連携事業などで付き合う自治体を選定する際には、人口や地理的条件などに加え、「付き合いやすいか」という定性評価が重要なウエートを占めます。官民連携事業の経験を重ねている企業ほど、この要素を重視する傾向があります。

具体的には、①受け皿となる官民連携の仕組みや組織を持っているかどうか②首長と職員に熱意があるかどうか──です。この要素をマトリクスにしたものが図2です。

 

(図2) 民間側が官民連携事業などで付き合う自治体を選定する手順(官民共創未来コンソーシアム作成)

 

最も進めやすいパターンは、官民連携の仕組みを持っており、首長と職員が熱心な自治体です。一方で、こうした自治体は多くの企業が集まる「レッドオーシャン(競争が激しい既存市場)」でもありますので、企業は戦略と求める成果によって柔軟に付き合う自治体を判断します。また、首長が熱心であれば話は進みますが、企業側で実務面をサポートする必要があります。官民連携のノウハウがない場合は難易度が跳ね上がります。

 

職員のみが熱心な場合は、庁内の合意形成に企業が伴走する必要があり、庁内決裁のための負担がのしかかります。そして企業が最も避けたいのは、首長も含めて庁内にやる気のある人間がいないケースですが、この場合でも仕組みが適切に運用されていれば、推進は可能と判断されることもあります。

裏を返せば、首長と職員が熱意を持って企業誘致を行えば、それに応える企業は出てくるだろうということです。また多くの企業と接点を持ちたい場合は、企業側が自治体に連絡する際の心理的ハードルを下げる必要がありますので、オープンイノベーションの仕組みをつくり、民間からの提案を随時受け付けるのもよいでしょう。

 

今回は筆者の経験から、企業が官民連携事業を進める背景と、付き合う自治体をどう選んでいるかについて、お話しさせていただきました。入り口として最低限、押さえておくべきポイントについて解説したつもりですが、相手先企業や目指すアウトカムによって、お互いに擦り合わせるべき要素は他にも出てきます。

「彼を知り己を知れば百戦殆からず」という孫子の言葉に倣えば、企業は自治体とは全く異なる論理で動く組織体なので、その違いを探り、相手の求めるものは何かを理解しようとすることこそが、官民連携を成功に導く秘訣であると言えます。

「相手を理解する」「相手の立場に立って考える」と言えば、当たり前のことに聞こえます。しかし、その当たり前の配慮や行動が、互いの組織の論理や文化、背負っている事情などによって薄れてしまいやすい傾向が官民連携にはあります。

 

筆者は、官民連携とは異文化コミュニケーションであると考えます。数ある社会課題の解決に両者の連携は欠かせないものですが、互いの意見や主張は全く異なる文脈から発せられるということを、まずは理解していただきたいと思い、本稿を執筆しました。今後、読者の皆さんが官民連携事業に携わる機会が訪れましたら、本稿の内容を思い出していただけると幸いです。

 

(おわり)


【プロフィール】

小田 理恵子(おだ・りえこ)
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事

神奈川県在住。大手SI企業にてシステム戦略、業務プロセス改革に従事。そこで手掛けた自治体の行政改革プロジェクトを契機に地方自治体の抱える根深い課題を知る。未来の行政の在るべき姿を追求するため2011年より川崎市議会議員を2期8年務め、行財政制度改革分野でのさまざまな提言を行う。20年、官民共創未来コンソーシアムを立ち上げる。自治体と企業をつなぎ、地域を都市とつないだ価値循環の仕組みを支援する。

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