eスポーツで高齢者の介護・認知症を予防~上田泰弘・熊本県美里町長インタビュー(1)~

熊本県美里町長 上田泰弘
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2023/01/13 eスポーツで高齢者の介護・認知症を予防~上田泰弘・熊本県美里町長インタビュー(1)~
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2023/01/21 町の将来のために一致団結~上田泰弘・熊本県美里町長インタビュー(4)~

 


 

熊本県の中央部、県都・熊本市の南東約30kmに位置する美里町は、人口約1万人が暮らす自然豊かな町です。2004年11月に旧中央町と旧砥用町が合併して誕生しました。

そんな美里町で20年に始まったユニークな取り組みが今、注目を浴びています。コンピューターゲームの対戦で腕を競い合う「eスポーツ」を通じ、高齢者の介護や認知症を予防するというものです。しかし、目的はそれだけではありません。「eスポーツでいい里づくり事業」と名付けられたこの取り組みには、小学生のプログラミング教育や世代間(他地域間)交流も包含され、町全体を盛り上げています(写真)

デジタル技術の最先端とも言えるeスポーツと高齢者を交差させた「行政らしからぬ思い切りの良い施策」は、どのようにして生まれたのでしょうか。上田泰弘町長に伺いました。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

知人からの紹介がきっかけ

小田 まず伺いたいのが「eスポーツでいい里づくり事業」についてです。高齢者の介護・認知症予防と、若年層との交流を促す目的で行われているそうですが、この事業を始めたきっかけを教えてください。

上田町長 3〜4年前、熊本県議時代からの知人にeスポーツを紹介されたのがきっかけです。年齢や性別を問わず、誰でも楽しめるeスポーツの特徴に面白みを感じ、町の企画情報課の職員に詳しい情報を収集するよう促しました。すると同課も興味を持ったようで、事業化に向けて話が進み、少しずつ形をつくっていきました。

 

(写真)eスポーツを通じた世代間(他地域間)交流の様子(出典:美里町)

 

小田 面白いのは、若年層がプレーするイメージの強いeスポーツを高齢者に勧めたことです。

上田町長 意外性がありますよね。ですから、他自治体からの視察も多いです。

 

小田 報道を見ると、高齢者がeスポーツを楽しんでいる様子が伝わってきます。

上田町長 最初は抵抗感を覚える人も多かったのですが、実際に触れてみると楽しいようです。生き生きとした様子でゲームに向かっています。この姿には、視察に来られた人も驚いていました。

 

小田 デジタルトランスフォーメーション(DX)が全国的に進む中、必ずと言っていいほどデジタルディバイド(情報格差)の問題が浮上します。公務員の中にも「高齢者にデジタルは使えない」と訴える人は多いです。「eスポーツでいい里づくり事業」を進める際、庁内からそのような意見は出ませんでしたか?

上田町長 ゲームは自分の目で見て、脳で考えて、指先を動かします。むしろ自宅に閉じこもりがちな高齢者の方が、外に出て集い、楽しくゲームをしたら、介護や認知症の予防につながるのではないかという仮説の下に始めました。

美里町のように中山間地域を抱え、高齢化も進む自治体では、DXに真剣に取り組まなければ行政サービスの質が低下する可能性があると考えています。現在と同程度の行政サービスを維持するためには、いずれは何らかの形で高齢者にもデジタルに触れていただく時代が来るはずです。

それを見据えると、eスポーツはデジタルに対する抵抗感を軽減させる良いきっかけになります。

 

小田 全国の自治体がデジタルディバイドの課題に向き合う中、美里町は先駆けて一つの解を示したわけですね。視察が殺到する理由がよく分かります。

上田町長 一日の大半を自宅で過ごす高齢者は、テレビのリモコン以外の電子機器にはほとんど触れないのではないかと思います。そんな人たちが外に出て集まり、皆でワイワイとゲームを楽しめば、おのずとデジタルデバイスに興味を持つのではないでしょうか。

実際にタブレット端末を自分で購入した方もいらっしゃいます。eスポーツは、来るべきデジタル社会に自然に対応できるようになるための一つの手段ではないかと考えています。

 

小田 最初からDXのことまで考えて、「eスポーツでいい里づくり事業」を始めたのですか?

上田町長 事業を走らせているうちに気付いたことですね。

事業の3本柱

小田 それにしても、高齢者の介護・認知症予防という観点は面白いです。

上田町長 「eスポーツでいい里づくり事業」は3本柱で構成しています。一つ目は介護・認知症予防の取り組みです。

二つ目は子どもたちへのプログラミング教育です。eスポーツを用いたプログラミングの授業を行い、自分で考える力や伝える力を養うことを目的としています。

三つ目は世代間(他地域間)交流による地域活性化です。これは、高齢者と子どもがゲームで対決しながらコミュニケーションを図るものです。

高齢者はゲームを練習して対決に臨み、小学生はプログラミング教育を受けた上で臨みます。これがとても良い成果を生んでいます。「孫と会話するときの引き出しが増えた」「孫とゲームという共通の話題で盛り上がるようになった」といった声を頂くようになりました。

事業を始めた頃は介護・認知症予防の意味合いが強かったのですが、最近は世代間交流でとても良い影響が表れてきたと感じます。

 

小田 当初から世代間交流を柱に据えていたとは驚きです。先見の明があったのですね。

上田町長 3本柱で進めたいと提案したのは職員です。私がeスポーツの話を持ち掛け、「面白い取り組みを提案してほしい」と職員に伝えたところ、この案が上がってきました。

 

小田 職員の意欲が伝わってくるエピソードです。

上田町長 企画情報課の職員は自分たちでいろいろと考えるのが好きですね。ただ、実際に形にしていく上で難しかったのは福祉課との連携です。福祉課の職員からすると、eスポーツの取り組みは業務分掌の外にあるものでしたから、最初は難色を示しました。来年度も引き続き、福祉計画の中にeスポーツの取り組みを書き込みます。仕組みから整える予定です。

 

小田 既に来年度の構想もあるのですね。

上田町長 来年度は産官学連携を進めていこうと考えています。eスポーツと認知症予防の関連性に関するデータを求める企業が多いので、大学などと連携し、それを構築できればと思っています。ゲームをプレーしているときの高齢者は本当に楽しそうです。あの笑顔を見たら、この事業を2、3年でやめるわけにはいかないと感じます。

 

小田 最初に上田町長がeスポーツの情報を知人から得て、それを職員がキャッチして企画し、実際に走らせてみたら多くの住民が喜び、さらにそこから得られたデータが役立つかもしれないのですね。すべての要素がきれいにつながっています。事業の財源はどうされているのですか?

上田町長 県からの補助と企業版ふるさと納税を使っています。今後も企業版ふるさと納税を充てていく予定です。寄付金が入ってきたら、財源をそちらにシフトする形で考えています。

 

小田 データ活用という観点で、今後ますます「eスポーツでいい里づくり事業」に注目する企業が出てくると思います。

上田町長 そうですね。もっとトップセールスしていこうと思います。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2022年11月28日号

 


【プロフィール】

熊本県美里町長・上田 泰弘(うえだ やすひろ)

1975年生まれ。福岡大卒。参院議員秘書を経て、2007年4月熊本県議選に初当選。12年11月同県美里町長選に初当選し、翌12月に第2代美里町長に就任。現在3期目。

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