町の将来のために一致団結~上田泰弘・熊本県美里町長インタビュー(4)~

熊本県美里町長 上田泰弘
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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有事と平時のリーダーシップ

小田 2016年4月に起きた熊本地震の際のエピソードについて伺います。当時、被災地対応をする職員に対し、上田町長が「責任はすべて私が持つから、現場の判断で良いと思ったことは許可を待たず、すぐに実行してほしい」と告げて、迅速な対応に結び付けたとのことでした。

有事と平時のリーダーシップを使い分け、非常にめりはりのある対応だと感じました。管理職にはどのようにアプローチしたのですか?

上田町長 あのときは管理職を集めて「責任は私が持つから、現場に判断させてやってくれ」と話しました。とにかく非常事態でしたから、通常時に踏む承認の手続きでは遅いと思ったのです。腹をくくりました。

 

小田 そのように決断した際の心の動きもお話しいただけますか?

上田町長 「こういうときだからこそ、職員との関係を強固にしよう」と思ったことを覚えています。その思いから出たのが「私がすべての責任を取る」という言葉でした。実際に皆が団結しましたし、職員は現場で非常に頑張ってくれました。

私は、被災箇所や避難所を見て回ることはしませんでした。これにも理由があります。何かの最終判断をしなければならない状況になったとき、災害対策本部の本部長である私がいないのは最悪のケースだと考えたからです。

選挙という視点で見ると、被災箇所や避難所を回ることは「寄り添い」をアピールできるので有利かもしれません。しかし、それは本質でないと私は判断したので、本部に居続けることを選びました。

 

小田 政治家という立場から考えると、その決断は勇気が必要だったと思います。

上田町長 「地震のときに町長は来なかった」と言われる人もいます。それに対し、私は「これが正しい判断だった」とお伝えするようにしています。私は指揮・采配する役割に徹しました。

 

小田 状況判断と合理的な判断に非常にたけていらっしゃると感じます。

上田町長 あのときはとにかく必死でしたから、たまたまそうなっただけだとも思います。

 

小田 熊本地震での経験も踏まえつつ、有事と平時のリーダーシップについて意識されていることはありますか?

上田町長 例えば梅雨の時期に大雨警報が発令され、夜間にまとまった雨が降ることがあります。その場合、基本的には役場に泊まるようにしています。役場で待機する職員と行動を共にするということです。

やはり自分が汗を流さずして人に要求はできません。これは首長だからではなく、人としてそうだと思います。まずは自ら一生懸命に行動する姿を見せることが大切です。

他方で平時は、多少の心の遊びはあっていいと思います。ワクワクすることや面白いことをやろう、住民視点でサービスを考えてみようというふうに。

しかし、非常時は「私も全力で対応するから皆も頼む」と緊張感を持たせ、皆で意識を切り替えることが大切だと思います。

 

すべては町のために

※研修のイメージ

 

小田 今後はどんなことに注力していきたいと考えていますか?

上田町長 政策的なこともそうですが、最も必要だと思うのは人材育成です。美里町では役場が一つの大きな企業ですから、それが町に価値を生み出し続けられるよう機能するためには、人材が必要です。ですから、研修や人事交流にはかなり力を入れています。

 

小田 私は官民共創に携わっていますが、その際によく話題に上るのが地域の人材不足です。特に、ビジネスマインドを持って起業するような人材がほとんどおらずに困っていると聞きます。地域人材の育成については、どのようなお考えをお持ちですか?

上田町長 美里町には高校がありません。子どもたちは皆、熊本市内の高校に進学します。そこから大学に進学するなら同市内に住むか、県外に出て行きます。経営者になろうと志す子どもたちは、ほとんど地元に帰って来ません。

今のところ、美里町を何とかしたいと思う若者の受け皿は町役場です。町の若い人たちとの交流は常に行っています。そういう人たちが何かやりたいと思ったときには、いつでも応援する姿勢でいます。

 

小田 現在はビジネスを取り巻く環境や働き方が変わってきています。以前に比べ、地方が有利になることも多いですよね。

上田町長 美里町はブロードバンドが地域全域で使えますので、場所を選ばずに働ける職種であれば、仕事ができるはずだと考えます。

 

小田 eスポーツでいい里づくり事業」をきっかけに、町の知名度も上がっていくでしょうから楽しみですね。

上田町長 ますますPRに力を入れなければなりません。

 

小田 上田町長が心から町の将来を考え、行動されている様子がよく分かりました。町長室のドアを常に開けて誰の意見にも耳を傾けたり、まずは小さくても新しい取り組みにチャレンジしたりと柔軟性がある一方で、有事の際には合理的判断で組織をまとめ上げるなど、非常にめりはりのある対応をされていると感じました。

上田町長 やはり、せっかく町の未来をつくっていくのであれば、皆で取り組みたいと考えています。そこで必要となるのは、目的の共有とオープンマインドです。時には胆力を要することもありますが、「町のため」という軸はぶらさずに行動と判断を続けていこうと思います。


【編集後記】
社会の縮退が今後、確実に進む中で未来に対し、明確な答えが出せないのが今の時代です。だからこそ、行政には「地域のためになる情報」を敏感にキャッチし、まずは取り組んでみる機敏さが求められます。

上田町長のお話からは、組織の機動力を高めるための文化形成や判断力を学ぶことができました。eスポーツや自伐型林業など、美里町の新たな取り組みがどのように実を結ぶのか、注目していきましょう。

 

(おわり)

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2022年12月05日号

 


【プロフィール】

熊本県美里町長・上田 泰弘(うえだ やすひろ)

1975年生まれ。福岡大卒。参院議員秘書を経て、2007年4月熊本県議選に初当選。12年11月同県美里町長選に初当選し、翌12月に第2代美里町長に就任。現在3期目。

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