国家戦略特区で岩盤規制の改革に挑む~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(3)~

兵庫県養父市長長 広瀬栄
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

2023/05/30 経験を生かしつつ、時流を捉える~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(1)~
2023/06/02 経験を生かしつつ、時流を捉える~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(2)~
2023/06/05 国家戦略特区で岩盤規制の改革に挑む~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(3)~
2023/06/08 国家戦略特区で岩盤規制の改革に挑む~広瀬栄・兵庫県養父市長インタビュー(4)~

 


 

第1回第2回に引き続き、兵庫県養父市の広瀬栄市長のインタビューをお届けします。農業を主産業とする同市は、2014年に「中山間地農業の改革拠点」として、国家戦略特区に指定されました。高齢化率が約38%で、少子化も進む養父市が選ばれたのは、農業を巡る「岩盤規制」に真正面から挑む意思があったからです。

今回は農業改革とともに、少子高齢化と人口減少の一途をたどる「縮退社会」において、行政が果たすべき本質的な役割についても伺います。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

中山間地農業の改革拠点

小田 養父市は国家戦略特区を活用した地方創生に注力しています。農業をはじめ、高齢者雇用や医療、公共交通など、さまざまな分野で規制緩和を行い、実験的な取り組みを進めてきました。その背景にはどんな思いがあったのでしょうか?

広瀬市長 自治体は基本的に国の法律や制度に従って物事を進めます。しかし一律に適用すると、地域の中で理不尽や矛盾が生じる場合もあります。このようなことを放っておかず、正していかなければならないという思いが強くありました。

 

小田 農業に関しては、どんな危機感を持っていたのですか?

広瀬市長 高齢化や離農による担い手不足、それに伴う耕作放棄地の増加です。耕作放棄地は就任後の4年間で2倍に増えました。農業に従事する顔触れはいつも同じで、このまま高齢化が進めば農地を守れず、発展性はないと感じました。農業分野の制度は長い間ずっと変わりなく運用されてきました。それが悪いと言っているのでは決してありません。しかし、これまでのやり方で農地が維持できないのであれば、新しいやり方に挑戦するしかありません。もっと良い形で運用できるようにしようと腹を決めました。

 

小田 国家戦略特区に指定された農業改革について、具体的にお話しいただけますか?

広瀬市長 五つの規制改革を実施しています(写真)。このうち、市から国への提案で実現したものは二つです。

 

写真1-1 2019年3月発行「国家戦略特区と地方創生 養父市の挑戦」より(出典:養父市)

 

一つ目は農地の権利移動に関する許可事務を、農業委員会と市が分担して行うことです。これにより事務処理期間が短縮され、農地の取得がスムーズになりました。また農地所有の下限面積を引き下げたり、空き家に付属する農地の取得制度を設けたりするなど、農地取得に関する要件を緩和しました。これらの規制改革は耕作放棄地の再生につなげることができます。

二つ目は農業生産法人(現・農地所有適格法人)の要件緩和です。これは16年4月の農地法改正で特例ではなくなりましたが、農業に従事する役員が1人いれば、農業生産法人と見なされるというものです。

さらには、企業による長期的・安定的な営農の促進を狙い、企業の農地取得に関する特例も設けました。これが三つ目です。二つ目の施策と合わせると、13の法人が市内で本格的な営農を始めました。

四つ目は、農業資金でも信用保証協会の保証を受けられるようにしたことです。「アグリ特区保証融資制度」を設け、「第2の創業」や6次産業化が促進されるようにしました。

五つ目は、農家レストランの設置に関する特例を設けたことです。自己生産もしくは市内で生産された農畜産物を使用する農家レストランを、農用地区域内に設置できるようにしました。

これらのうち、「農業委員会と市の事務分担」「企業の農地取得特例」は市が自ら考えて国に提案し、実現に至りました。画一的な施策でなく、地域の実情に即した施策を行うことで、より多くの価値が創造できると考えています。

 

写真1-2 2019年3月発行「国家戦略特区と地方創生 養父市の挑戦」より(出典:養父市)

 

小田 農業の分野でこれだけ大胆な改革を行うとは驚きです。農協との調整は難しくありませんでしたか?

広瀬市長 やりとりは繰り返しましたが、農協も農家の実情から乖離した制度になっていることに気付いていたようです。何のための農協なのか、組織を守ることに主眼が置かれていないかと問い直すことにつながりました。

 

小田 広瀬市長の突破力には感服します。

広瀬市長 先祖代々、何百年も続いてきた伝統や文化を私たちの代で終わらせるわけにはいきません。豊かな農地を守ることで、市の歴史を未来につなげていきたいと考えています。

 

横展開の可能性

小田 養父市の改革は中山間地農業のモデルとなっており、同じ課題を抱える自治体から注目されています。ただ養父市ならではの取り組みもあるため、全く同じ内容で横展開はできないでしょう。他自治体が同様のことに取り組む際のポイントは何だと思いますか?

広瀬市長 それぞれの自治体にとって、より良い施策があるはずです。それを実現するため、国にどんどん提案していけばよいと思います。人口約2万2000人の養父市ができたことですから、規模の大きな自治体であれば、さらに多くの施策が打てるはずです。国家戦略特区はそのための制度だと捉えています。モデルをつくって横展開することもあり得るでしょうが、プロセスをしっかりと構築することが重要です。

 

小田 規制緩和の内容を、地域の実態に合った形に変えていく必要がありますね。

広瀬市長 養父市の農業改革は成果を挙げていると高い評価を頂いていますが、一方で現行制度の中でしっかり考えていこうとされる方からは、横展開には課題が多いと指摘されています。養父市特有の事情があるからです。

面積の84%が山地である養父市の農地は、谷川沿いに点在しています。画一的な大規模経営は成り立たないため、各地に適した経営方法を確立し、組み合わせる必要があります。そうすると、おのずと一般化からは離れていきます。「岩盤」と呼ばれる農業規制に真正面から突き当たってしまうため、モデル化までにはまだ厳しい道のりであることも事実です。

 

小田 そんな岩盤規制に勇気を出して手を付けたのですね。

広瀬市長 私のみならず、農業委員会や農業者、住民も、地域の農業の現実をしっかりと理解しています。現行制度のままでは将来の展望が見えなくなると。ですから、農業改革の取り組みを好意的に受け止めてくれています。

 

小田 何かを大きく変える際は必ず反作用が起こります。農業の分野は特にそれが大きいのではないかと推察しますが、突破するためのポイントは何だと思いますか?

広瀬市長 とにかく伝え続けることです。「養父市の農業を守るためには、これをやらなければならない。だから実行する」と。そして成果を見せることです。たとえ小さな養父市の取り組みでも成果を挙げていれば、それをもみ消すことはできません。反作用が大きな力であっても正義を貫くことが重要です。

 

第4回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2023年4月17日号

 


【プロフィール】

兵庫県養父市長・広瀬 栄(ひろせ さかえ)

1947年兵庫県養父郡八鹿町(現・養父市)生まれ。鳥取大農卒。建設会社勤務を経て、76年八鹿町に入り、商工労政課長、企画商工課長、建設課長を歴任。養父市都市整備部長、助役、副市長を経て、2008年11月養父市長に就任。現在4期目。

 

スポンサーエリア
おすすめの記事