地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(2)~

北海道帯広市長・米沢則寿
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子

 

2025/02/26 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(1)~

2025/02/27 地域の「基本価値」を高める戦略~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(2)~

2025/03/04 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(3)~

2025/03/06 「点」を打ち続けて見えた、地方創生につながる「線」~米沢則寿・北海道帯広市長インタビュー(4)~

 

着目したのは地域の「基本価値」

小田 米沢市長は前例のない取り組みに挑戦し、それをしっかりと形にされています。先が見えない現代では、やってみないと分からないことが多い中で、果敢にチャレンジをされている印象です。

米沢市長 そうでなければ市長になった意味がないと考えています。

市長就任後の最初の1年間に抱いた違和感すべてを毎日メモに書き留めていました。その中で、正しいと確信できた違和感は残し、勘違いだったものは消していきました。10年以上かけて、「こうあるべきだ」と確信したことを少しずつ実行に移してきました。

違和感のメモの中から生まれ発展した施策が「フードバレーとかち」です。

私は帯広市で生まれ育ち、18歳まで暮らしました。当時は市の政策などにはまったく関心がなく、理解もしていませんでした。しかし市長選への立候補に当たり改めて当時の市の状況について俯瞰したときに、この地域は外からは過小評価されていると感じました。

地元の人は自分たちのまちのことを高く評価していましたが、外からの評価とはギャップがあるように感じました。そのギャップを埋めることができれば、対外的にも高い価値を持つ地域になるのではないかと考えました。

地域がもともと持っている価値のことを私は「基本価値」と呼んでいます。まずは過小評価されている基本価値が正当に評価されるようになれば、地元の人々にも「地域の価値が上がった」と感じてもらえます。

その上でポテンシャルの実現、付加価値を加えていけば、両方の価値が上がります。これこそが自治体の経営、つまり十勝全体をつくり上げていくことだと考えています。「フードバレーとかち」の取り組みには、地域の文化・歴史・資源を含む基本価値と付加価値の両方を高める意図があります。

 

小田 米沢市長から見て、過小評価されていた地域の基本価値が農業だったということでしょうか。

米沢市長 もう少し大きな視点でいうと、農業そのものについて問題意識がありました。ベンチャーキャピタルにいた時代には農業にはほとんど投資がされておらず、食料生産という世界的な課題、食料安全保障を担うにもかかわらず、位置付けが低いのではないかと思っていました。そんな農業の基本価値を高めるチャレンジには、非常に意義があると感じたのです。

このような考えから、「フードバレーとかち」の旗揚げを決意しました。

 

小田 基本価値の正当な評価から始めることで、どのような成果が期待できるとお考えでしたか。

米沢市長 X軸(時間)とY軸(価値)を立てて成長曲線を作ったとき、価値を0から1にするときには大きなリスクが伴いますが、すでに立ち上がっている事業ならば0から1にするリスクがありません。

その中から、世の中に正しく評価されていない、つまりY軸(価値)がマイナスのものを見つけ、プラスにもっていくことができれば、0からの成長曲線はアンダーバリュー分高くなります。

これを帯広市で考えると、農業は既に実態があるため、新しいことを始めるのではなく、私たちの工夫次第で価値を上げることができます。

つまり現状過小に評価されている農業をプラスに変えるだけでも、大きな成果になります。このような考えで施策を実行したところ、実際その通りになったのです。価値の本質を見たと思っています。

 

18町村の首長と直接的な対話で連携

小田 「価値」という概念的な考え方は、行政や政治といった分野では、生活の実感に落とし込まなければ、なかなか認知されないのではないかと思います。落とし込むためのプロセスや具体的に積み上げてきたことについてお話しいただけますか。

米沢市長 基本的には、さまざまな考えを持つ人がいるという前提に立つことが大切だと思っています。「フードバレーとかち」構想については、「よく分からない」という声を頂きますが、若い世代などでは、構想に強い関心を示してくれている方が多数います。

実際に、帯広市の和牛生産者が構想に共鳴して現在大きな成功を収めています。その生産者は「市長の講演を聞いて畜産業の将来性を再確認し、さらなる投資拡大を決意した」と語っています。このように、政策の意図が伝わる層から広げていくことが重要です。

また、「フードバレーとかち」の推進には、十勝地域19市町村の首長同士が信頼関係を構築することが不可欠だと考えました。そのための基本姿勢として、私は「各自治体が持つ歴史や資源を大切にする」という一定の基準を持ち続けました。歴史や文化、まちに住む人々など、そこにあるものを尊重する姿勢を絶対に崩さないようにしました。

良し悪し、優劣といった基準で比べるのではなく、互いに認め合い、理解を深めることを意識しました。

 

小田 18町村の首長とは、どのように連携を深めていったのですか。

米沢市長 18町村を直接訪問し、「フードバレーとかち」構想について直接お話しさせていただきました。皆、私よりも年上の首長ばかりでしたが、それぞれのまちの資源を尊重しながら連携したいと伝えると耳を傾けてくださいました。

時にはご自宅に伺ってご家族とも交流を深めましたね。「若い市長さんが頑張っているから協力してあげて」と、首長の奥さまから後押しいただくこともありました。とにかくこちらから出向くことを徹底しました。

このような関係づくりが実を結び、その後の地域連携の基盤となっていきました。

小田 米沢市長は「無知の知」とも言える「畏れ」に向き合いながらも、これまでの豊富な経営のご経験を生かして「フードバレーとかち」のビジョンを掲げ、地域の基本価値を再評価する戦略を取られているのですね。

これは、地方創生の新たな可能性を示唆していると思います。鋭い視点を持ちながらも、構想を推進する土台には、他の自治体の首長との直接的な関わりによる深い信頼関係の構築があることも印象的です。

 

次回のインタビューでも、引き続き「フードバレーとかち」の連携の仕組みについて伺うとともに、組織づくりの哲学についても深掘りしていきます。

 

第3回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年1月20日

 


【プロフィール】

米沢 則寿(よねざわ・のりひさ)

1956年生まれ。帯広市出身。北海道大法学部卒。石川島播磨重工株式会社(現株式会社IHI)、株式会社ジャフコ取締役、ジャフココンサルティング株式会社取締役社長等の経験を経て2010年に帯広市長就任。現在4期目。(写真提供:株式会社スマヒロ)

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