まちづくりに必要なのは「スピード感」~ 内野優・神奈川県海老名市長インタビュー(1)~

神奈川県海老名市長・内野優
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子

 

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神奈川県のほぼ中央に位置する海老名市。人口は約14万人で、海老名駅には小田急電鉄(小田急線)、相模鉄道(相鉄線)、JR(相模線)が乗り入れており、東京都心に約45分でアクセスできる交通利便性の高いまちです。

2010年代に始まった海老名駅西口の開発では、大型商業施設やマンションの建設、小田急・相鉄とJRの駅間をつなぐ自由通路の延伸などが行われ、子どもから高齢者まで多くの人々が往来する人気のエリアとなりました。子育て世帯の転入も増えており、市の総合計画で掲げた「26年に14万人」という目標人口を3年、前倒しで達成しました。

急速に発展を遂げる海老名市のかじ取りを03年から担う内野優市長は、長期的な視点が必要とされるまちづくりにおいて、どのように施策の実行スピードを高めてきたのでしょうか。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)

 

海老名駅周辺の景色
海老名駅周辺の景色(出典:海老名市役所フェイスブック「えびなデイズ」)

 

総合計画の期間を変更

小田 内野市長は03年に就任し、現在6期目です。この間、海老名駅西口の開発が大きく進み、社会増による人口増加が顕著に見られます。これはひとえに長期にわたり、まちづくりのリーダーシップを取ってこられた内野市長の手腕によるものだと思います。そこで、まずはまちづくりにおける時間軸の捉え方について、お考えを伺えますか?

内野市長 海老名市は総合計画を10年スパンで策定しています。以前は20年スパンで策定し、最初から実施計画まで作っていましたが、どんどん様変わりするまちに対して総合計画がそぐわなくなっていくのではないかと考え、10年スパンに変更しました。スピード感を持って、まちづくりを行うためです。実施計画は現在、予算とともに作るようにしています。

 

小田 実施計画を作るタイミングには、どのような意図があるのですか?

内野市長 過去の反省を生かし、計画の実現性を高めるためです。08年にリーマン・ショックが起きた際、市の税収は大きく下がり、あらかじめ作っておいた実施計画が意味を成さなくなりました。これでは現状の問題に対応できないと考え、実施計画を作るタイミングを予算が見えてくる段階に変えました。計画の体系から見直さなければ、実情にそぐわない計画を実行したとしても「計画に基づいた取り組み」と主張できてしまいます。そうした言い訳を防ぐためです。

 

小田 計画の実行と市民への価値提供に、最後まで責任を持つということですね。1人の首長が長期にわたり、まちづくりの指揮を執るメリットはそこにあると思います。

内野市長 例えば道路を1本作るにしても、接続部分まで総合的に考える必要がありますから、完成まで20年近く要することもあるでしょう。海老名市の場合は鉄道の乗り入れが3線あるため、新たに工事を行おうとすると10年ほどかかります。長期にわたる計画から途中で目を離すという無責任さは極力、回避したいと思っています。

 

小田 まちづくりに手応えを感じられたのは、いつごろでしたか?

内野市長 確実に実感を込めて言えるのは5期目くらいでしょうか。

 

小田 就任から20年後ですか。ごく最近なのですね。積み重ねの成果が表れたという意味でしょうか?

内野市長 私は、行政が行うまちづくりは「きっかけづくり」の積み重ねだと考えています。例えば一つの区画整理事業を行うにしても、行政がすべての予算を出すわけではありません。補助金などの制度を設け、民間投資を促すわけです。そうして集まった民間投資で開発が進み、住民が増えて雇用が生まれます。行政として、いかに多くのきっかけをつくれるかが重要です。

 

区画整理事業を進めるための一手

小田 「きっかけづくり」として、具体的にどのようなことを行ったのでしょうか?

内野市長 海老名駅を中心とした東西一体のまちづくりを行っていた時期がありました。海老名駅には小田急、相鉄、JRの3線が乗り入れていますが、当時の駅周辺には更地や駐車場が広がっていました。駅の東口側は小田急電鉄が開発に着手していましたが、西口側は田畑や駐車場ばかりでした。実は西口側の区画整理については、30年もの間、地権者と勉強会や準備会を進めてきました。私が市議会議員の時代からです。それで地権者の8割は区画整理に賛成の意思を示してくれるようになりましたが、面積に換算すると、まだ6割以下でした。

さて、ここからどうやって人数、面積とも賛成の割合を増やしていくかと考えたとき、一つの結論に至りました。30年にわたって説得し続けても難しいのであれば、区画整理を行う事業区域そのものを変えてしまおうと。スピード感を持って、まちづくりを行うためにはそれしかないと考え、区画の線を引き直しました。すると地権者の9割が賛成となり、一気に開発が進みました。

よく「海老名市は近年、あり得ない速さで開発が進んでいる」といわれますが、きっかけは区画整理を行う事業区域を変えたことでした。

 

小田 かなり大胆な「きっかけづくり」で問題を解消されたのですね。

内野市長 30年間も交渉を続けると地権者それぞれと顔の見える関係になるため、誰がどのような理由で賛成や反対の意思を示すのかが理解できるようになります。それぞれの考えをくみ取る形で合意を取りました。

 

小田 区画整理の交渉に関しては、「ここまでは取り組む」という線引きを決めていらっしゃるのですか?

内野市長 これまで宅地も含め、幾つも区画整理の交渉を行ってきました。やはりどのケースも賛成、反対に分かれます。そこで最近は「1年間の交渉」を目安としており、地権者の皆さんにも伝えています。1年間は地権者の皆さんに、市街化区域とすることによる土地活用のメリットを最大限お伝えします。検討いただくためのあらゆる材料もご提示します。それでも反対の場合はそのエリアから手を引き、二度と着手しません。

 

小田 明確な判断基準ですが、地権者から反発は起きませんか?

内野市長 私も地権者も互いに顔が見えていますから、その関係性があっての判断基準です。市内には九つの駅がありますが、かつては駅周辺のまちづくりがほとんど進んでいませんでした。一等地のポテンシャルを眠らせておくことはできないでしょう。そこに商業施設や業務施設、宅地などを整備したことがきっかけとなり、人が集まるようになりました。開発可能なエリアを優先したからこそ、スピード感のあるまちづくりができたのは事実です。結果、移住者が増え、社会増による人口増加につながっています。

 

小田 内野市長がそこまで明確な判断基準を示されるのであれば、地権者も真剣に将来を考えるでしょうね。

内野市長 もちろん、こちらも真剣に話をしますし、一度決めたことに関してはぶれません。海老名駅西口における区画整理の事業区域変更を実行したことで「内野は言ったことはやる」と伝わったようです。

 

小田 海老名市の急速な発展の裏側には、そんなストーリーがあったのですね。

内野市長 地権者の多くは農家ですが、農業収入だけで生活を成り立たせている方はほぼいません。さらに農地には相続税が課税されます。区画整理は農家の方々に将来のことを考えていただくチャンスだと思っています。

 

小田 地権者にはそうしたお話もされるのですか?

内野市長 します。私は市議会議員の時代から、農家の相続に関する相談を受けてきました。公有地として活用できそうな土地を市に買い取ってもらえるよう働き掛けたこともあります。

 

第2回に続く

※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年4月22日号

 


【プロフィール】

内野市長顔写真

内野 優(うちの・まさる)

1955年神奈川県海老名市生まれ。専修大法卒。78年海老名市役所に奉職。83年10月から海老名市議を4期務める。
2003年12月海老名市長に就任し、現在6期目。

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