秋田県仙北市長・田口知明
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事・小田理恵子
2024/12/4 責任世代として、良い状態の故郷を次世代に~田口知明・秋田県仙北市長インタビュー(1)~
2024/12/5 責任世代として、良い状態の故郷を次世代に~田口知明・秋田県仙北市長インタビュー(2)~
2024/12/10 「幸福度全国No.1のまちづくり」を~田口知明・秋田県仙北市長インタビュー(3)~
2024/12/12 「幸福度全国No.1のまちづくり」を~田口知明・秋田県仙北市長インタビュー(4)~
人材育成と中間層のマインド改革
小田 組織として結果を出すために、人材育成の課題は切り離せません。この点で工夫されていることはありますか?
田口市長 私の高校の同期に、政策支援コンサルタントがいます。その方に若手職員や部長級職員の研修を通じて人材育成に関わってもらっています。特に若手職員には、政策立案の経験をさせています。自分たちが考えたアイデアをプレゼンテーションし、それに対するフィードバックを受けることを繰り返す中で、地域課題を自らの力で解決に導く実感を得てもらおうという意図です。
これからは人口減少によって職員の数も減っていきます。やはり、一人ひとりの能力を高めていくことは絶対不可欠だと思います。
小田 課題を見つける力や、解決に向けた新たなアプローチを生み出す力を強化するために、人材育成をされているのですね。これは先入観かもしれませんが、公務員の中にはそういう思考法を苦手とする方も多いような気がします。
田口市長 それは私も感じます。しかし、単純にやり方を知らなかったり、慣れていなかったりするだけとも言えます。ですから若手職員を中心に、研修やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進等の実務を通じて、自分たちの手で事業化を行うプロセスを学んでいただいています。
小田 現場でよく起こる問題として、やる気のある若手職員の提案を上司が受け付けないことが挙げられます。考え方のズレで新たな可能性の芽が摘まれていくのは防がねばならないと感じます。
田口市長 課題解決の方法についてディスカッションをしたり、多角的なアプローチを考えたり、異なるステークホルダー同士で共創した経験のない上司だと、「なぜそのような手間のかかることを進言してくるのか」と捉えてしまいがちになります。若手職員の提案が通らないことが続くと、彼らが持つ勢いやアイデアの輝きが次第に曇っていきます。
これからの時代は自治体も民間企業も、失敗を恐れずに挑戦したり、自らで考えて創造したりする力が求められます。組織全体がそういった価値観になるように、首長や副市長などのトップ層が中間管理職層のマインド改革を促す必要があると感じています。
小田 マインド改革を促すために、田口市長は職員の皆さんとどのように関わっていますか?
田口市長 人材育成の現場には前のめりで関わっています。もしかしたら職員は私のことを鬱陶しいと思っているかもしれませんが、泥くさく関わることから始めなければ、組織風土というものはなかなか変わりません。来年10月29日で1期目が終わります。今の段階では、組織に思ったほどの変化をもたらすことができていないと反省しています。市の存続に対する危機感と、課題解決に向けた積極性を庁内に浸透させるには、まだまだ時間がかかるのではないかと想像しています。
「幸福度全国No.1のまちづくり」を
小田 本日はいろいろなお話をありがとうございました。最後に、仙北市の魅力についてお話しいただけますか?
田口市長 仙北市は山と湖と温泉、そして歴史文化のまちです。東北有数の観光地でもあり、乳頭温泉郷は旅行雑誌のランキングで5年連続「憧れの温泉郷」1位に選ばれました。田沢湖は423.4㍍の水深を誇り、日本一深い神秘の湖と呼ばれています。江戸時代に栄えた城下町で「みちのくの小京都」ともいわれる「角館」は、侍の住居の武家屋敷がそのまま残っており、伝統的建造物群保存地区として認定を受けています。文化人も多数輩出しています。例えば、「新潮社」を創設した佐藤義亮さんや、解体新書の挿絵を描いた絵師の小田野直武さん、近代日本画家である平福穂庵さんと平福百穂さん親子などが挙げられます。歌手の藤あや子さんも角館出身です。
小田 有名スポットや著名人が目白押しですね。
田口市長 佐竹敬久秋田県知事が、角館の殿様の家系であることも有名ですね。
このように古くからの歴史文化が根付くまちなので、海外から訪れた観光客に大変好評です。「角館武家屋敷」に関しては、「本物のサムライの家だ」と喜んでいただいています。
小田 自然も豊かですから、アウトドアの需要も高そうですね。
田口市長 春は「角館武家屋敷」周辺にソメイヨシノやシダレザクラが咲き誇り、非常に美しい風景です。田沢湖周辺では、テントサウナやSUP(スタンドアップパドルボード)体験を目的に若者がたくさん集まります。冬は「たざわ湖スキー場」が賑わいますね。かつてモーグルのワールドカップが開催された本格的なゲレンデです。
また、近年は農家民宿にも力を入れています。農業を営むおじいちゃん、おばあちゃんの家に海外の高校生たちがやって来て交流を楽しみます。不思議なことに、言葉がほとんど通じないのに、お別れの日がやってくると両者が抱き合って泣くのです。一緒にきりたんぽやお餅を作って焼いたり、お茶をたてたり、和装をさせてあげたりするなどの素朴なおもてなしが、海外の子どもたちにとっては貴重な体験になります。短い滞在期間ながらも非常に感動して帰って行きます。
農家民宿は、市役所内の農山村体験推進協議会が窓口となり運営しています。旅行代理店の資格を取ったので、宿の手配も行います。国家戦略特区の制度を活用した取り組みです。
小田 本格的な取り組みだと思いお話を伺っていましたが、特区制度を活用されているのですね。
田口市長 国家戦略特区には、沖縄県や福岡市、仙台市など人口規模の大きな自治体が名を連ねています。そこに人口約2万3000人の仙北市も入ったものですから、認定当時はかなり話題になりました。その他にも、仙北市は「SDGs未来都市」に認定されています。先端的な取り組みにも着手しており、今年の2月には「医療MaaS」が導入されました。
医療Maas「せんぼく医信電診丸」(出典:せんぼくヘルスケアDXポータルサイト)
小田 独居の高齢者や交通弱者に配慮した取り組みでしょうか?
田口市長 その通りです。ご高齢の方が一人で病院に行くことが困難になっている状況は、過疎地域の非常に切実な問題です。であれば、病院の方から患者さんのところへ向かう体制をつくろうと、診療所の設備を有した車両を走らせています。車両には看護師が乗っており、患者さんの対応に当たります。医師は診療所からオンラインで診察を行います。この体制ならば、医師不足の地域であっても効率的な診察ができます。
小田 田口市長の市政理念である「幸福度全国No.1のまちづくり」にひも付く取り組みが着々と進んでいますね。
田口市長 医療MaaSは秋田県内初の取り組みですが、ここで培ったノウハウをいずれ他の自治体にも共有していきたいと考えています。過疎地域における医療の形の一つとして参考にしていただきたいですし、災害時にも応用が利く医療の在り方だと思います。
人口減少や少子高齢化が進みつつありますが、仙北市は資源の豊かなまちです。引き続き「幸福度全国No.1のまちづくり」の実現に向けて、邁進していきたいと思います。
【編集後記】
故郷に対する強い思いを原動力に、「幸福度全国No.1のまちづくり」を目指す田口市長。仙北市が持つ豊かな資源を生かした取り組みに今後も注目しましょう。
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2024年10月28日号
【プロフィール】
田口 知明(たぐち・ともあき)
1970年生まれ。旧田沢湖町小保内(現仙北市田沢湖小保内)出身。民間企業の代表取締役や専務を経験したのち、2021年10月に仙北市長選挙に立候補。当選し、仙北市長に就任。
趣味は温泉旅行、座右の銘は「奮励努力」