
長野県野沢温泉村長 上野雄大
(聞き手)一般社団法人 官民共創未来コンソーシアム 代表理事 小田理恵子
2025/12/17 20年ぶりの村長選で示された変化への期待~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(1)~
2025/12/18 20年ぶりの村長選で示された変化への期待~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(2)~
2025/12/23 コミュニケーションを取り続け、多様な共生社会を築く~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(3)~
2025/12/25 コミュニケーションを取り続け、多様な共生社会を築く~上野雄大・長野県野沢温泉村長インタビュー(4)~
長野県野沢温泉村、上野雄大村長のインタビュー後編をお届けします。
「コミュニケーションを取り続けることが基本です。相手を知り、自分も知ってもらうことをやり続ける」──。上野村長は、多様な共生社会への取り組みをこのように語ります。
村長が注目するのは、長い歴史が紡いだ「祭り文化」が生み出す地域コミュニティーの力です。行政と住民、自治組織、そして外国人が「お互いをリスペクトする関係」を築くための仕組みがそこにはあると言います。
後編では、地域の共同体と行政の協働、多様な住民との共生、そして村長のマネジメント哲学まで、上野村長の行政運営の実践に迫ります。(聞き手=一般社団法人官民共創未来コンソーシアム代表理事・小田理恵子)
祭り文化が生み出す地域共同体の絆
小田 インバウンドで外国人観光客が数多く訪れる状況の中、野沢温泉村では行政と地域の共同体(「野沢組」:江戸時代から続く自治組織で、村の共有財産の維持や管理、温泉資源の管理、式典祭事の運営などを行う)の協働による村づくりが進められようとしています。こういった異なるステークホルダーが連携するに当たり、上野村長が得た気付きやコツのようなものをお話しいただけますか。
上野村長 今からでも取り組めて、かつ、常に意識しておかないといけないのは「コミュニケーションを取り続ける」ということです。相手を知り、自分も知ってもらうことをやり続けるのが基本だと思います。
それから、これは長期での取り組みになりますが、野沢温泉村が各団体や共同体、地区のコミュニティーなどを維持して共存し、合意形成もしやすい理由に「祭り文化」があります。これが地域のまとまりを維持するのに重要なポジションを担っていると思っています。
例えば、「日本三大火祭り」の一つとして有名な「道祖神祭り」では、厄年の25歳と42歳が集まり、その年の祭りを執行する役割を担います。これがボランティアで、本当に大変で。今は人が減って課題も抱えています。
それでも執行者たちは同級生同士で集まり、実行委員会の名前を付け、地域に根付いてきたものを脈々と引き継ぎながら祭りをつくり上げることを繰り返しています。そうすると、同級生同士の横のつながりや、25歳と42歳の世代間のつながりが深まるのは言うまでもありません。このように上下で教えて教わってという関係は、大人になると会社以外であまりつくれないですよね。

毎年1月15日に行われる道祖神祭り(出典:野沢温泉村Facebook)
小田 確かにそうですね。
上野村長 それが通常のコミュニティー以外のところで、自動的に関係性が深まる仕組みがあるんですよ。祭りの執行を通して、上下の関係にリスペクトの意識が芽生えたり、一気に絆が深まったりします。準備や運営は本当に大変なんですが、終わった後には上下3から5学年ぐらいの年代間で、皆が仲良くなります。普段の趣味のコミュニティーなどを超えてつながりができる感じです。なおかつ、「野沢組」の惣代さんが祭りの執行元ですから、65から70代あたりの大先輩の皆さんと若者の間でも交流が生まれます。このように、仲間・先輩・後輩がお互いをリスペクトし、地域の人材育成やコミュニティーづくりに発展するような装置が、祭り文化の中に仕込まれているのです。
こういう仕組みを、コンサルタントみたいな人がつくることもできなくはないと思います。ただし、積み重ねられた祭りの歴史や、苦労を度外視してやり通すことは、お金や頭脳だけで片付けられるものではありません。
小田 共同体の絆の中心に祭り文化があるとは、とても興味深いお話です。コロナ禍で祭り文化が断絶した地域もあると聞きますが、そういった地域がもう一度祭りを復活させようとしたときにはどうすればいいと思いますか?
上野村長 鋭いご質問ですが答えるのが難しいですね。一回途切れたものを戻すのはとてつもなく大変です。おそらく多くの方がそう考えていらっしゃると思うので、当村では途切れさせないように努力しています。
小田 まずは断絶させないことが大事なのですね。人口減少の中で日本をどう維持していくかという観点では、祭りの存在はとても大きいのではないかと思います。だとしたら、国を挙げて祭りの維持に取り組むことも考える必要がありますね。
上野村長 本当にそう思います。祭りは地域の人をつなぎ止めていますし、外国人観光客にとってはすごく感動的なコンテンツなんですよね。コンテンツという言い方は語弊があるかもしれませんが、とにかく祭りが地域の魅力になっていることは間違いありません。それが元で観光が活発になり、経済循環が生まれます。国も観光政策で地方の文化に期待を寄せていますよね。
それならば、地域の伝統文化継承に国のテコ入れがあれば良いと思うのですが、政教分離の観点でなかなか難しいようです。当村の「道祖神祭り」も、私たちは地域の伝統行事だと思っているのですが、宗教に関連するとして国からの補助金等はありません。
小田 上野村長と同じことを考えている地域は少なくないと思います。ここで少々変わった質問をさせていただくのですが、もしも国のトップがランプの精だったとして、「祭りを維持するために、どんな願いでも三つだけ叶える」と言ってきたとしましょう。村長は何を願いますか?
上野村長 どんな願いでも、であれば……。一つは現実的なことで、祭りを観光資源だと思って、地元の経費負担を全面的に支援してほしいですね。そこには人的部分の支援も含みます。
二つ目は、祭りの価値みたいなものを、国を挙げてもっと国内外にPRしてほしいです。
最後の一つは、地方に対していろいろな決定権がある要職の方に、地域の祭りをとにかく見てほしいです。細かく見て、地域を知ってほしい。それがあれば、あらゆる要望が通りやすくなると思っています。
小田 とても本質的な答えだと思います。国が地域の多様性に目を向ける重要性を村長の言葉から感じました。
上野村長 地方の独自性、多様性にもう少し目を向けていただけたら、地方に若者が帰って来たり定住したりしやすくなると思いますね。
外国人との交流と共生
小田 外国人との共生についてもお聞きします。このトピックについては全国的にはネガティブな情報も多く流れていますが、ご自身の実感としていかがですか?
上野村長 確かにネガティブな情報も流れていますが、野沢温泉村はそこまでひどい状況ではありません。むしろ外国の方でも村に相当な愛着を持って来られる方がいます。
これは国籍で分けて考えるべき問題ではないと思います。日本人でも地域を愛さない人もいれば、すごく愛する人もいます。当村の場合、多くの外国人の方が「野沢組」という自治組織があることを理解し、地域の独自文化をリスペクトしてくれています。そもそも、その文化が好きで物件を購入して来ているので、地域に対してのリスペクトがあります。そのため、他の地域よりはトラブルがなく、むしろ外国の方からも歩み寄ってもらって共生・共存しているという感覚です。
小田 今回の取材の前に幾つかメディアの記事を読ませていただきました。それらの記事には、外国人観光客や外資参入によるネガティブな影響が主に書かれていました。実際の状況とは少し乖離があるのですね。
上野村長 おっしゃる通り、少し乖離している部分もあると思います。
今、地区の温泉の改修費用が建設費の高騰で2倍ぐらいになってしまい、人口減少もあって1人当たりの負担が重くなっています。そんな中、ある地区では外国の方から数千万円という多額の寄付を頂いて、温泉の建て替えに活用するという話も出てきています。その方は地域のコミュニティーの区民として参加し、「この地区にすごくお世話になった。地区のためになるなら」ということで寄付を申し出てくださいました。
外国人観光客の中には目に余る行動をする方もいるでしょうが、トータルで見ればもっと冷静に判断する必要があると思います。
(第4回に続く)
※本記事の出典:時事通信社「地方行政」2025年11月27日号
【プロフィール】

上野 雄大(うえの・ゆうた)
1981年生まれ、長野県下高井郡野沢温泉村出身。元フリースタイルスキー日本代表選手。実業家として4店舗を経営後、2021年に村議会議員に当選し、総務社会常任委員長も務める。
25年3月、20年ぶりとなる村長選挙で初当選し村長に就任。現在1期目。

