情報の連携や活用で住民福祉の増進を(前編)

情報の連携や活用で住民福祉の増進を
自治体にもCRMの視点を取り入れた施策の実施が必要

大阪府枚方市議会議員
木村 亮太

2020/11/11 情報の連携や活用で住民福祉の増進を(前編)
2020/11/12 情報の連携や活用で住民福祉の増進を(後編)


地方自治法には「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」とあり、最大の費用対効果を挙げるためには、住民の分析、効果の分析が必要です。過去どうだったのか、また施策を実施した後はどうなるのか。政策効果や事業評価などを実施している自治体は多いですが、住民一人ひとりの時間軸をつないだり、把握している情報を連携させたりすることでの分析や効果検証はまだまだ欠けているように思えます。民間企業では取り入れられているCRMという視点が自治体でも必要になってくると考えます。

CRMは「Customer Relationship Management」(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の略です。民間企業で用いられている顧客満足度と顧客ロイヤルティーの向上を通して、売り上げの拡大と収益性の向上を目指す経営戦略・手法です。企業は顧客が商品やサービスと出会ったタイミングから、購入・体験し、満足してもらう、リピートしてもらうために、それぞれのタイミングで顧客に何をどうするかを日々考え、顧客の購買行動などの履歴を分析しながら、プロモーションや商品の戦略を考えています。年齢や性別など、どの属性の顧客がどの商品を購入して、その後、リピートする場合としない場合はどのようになっているのか、などについて、企業が獲得した情報を基にあらゆる分析をし、次回の施策に活かしています。

自治体も、住民福祉の増進や市民満足度の向上を掲げてはいますが、単年度の満足度しか見ることができていません。満足度の経年の変化や、全国学力・学習状況調査(いわゆる「学テ」)の結果の数年間の推移も出してはいますが、各年度の小学6年生と中学3年生の成績であり、同じ母集団(例えば2010年生まれの生徒)の成績を追っているわけではありません。行政も各部署で膨大なデータを保有していますし、他市に転出しない限りは、例えば1人の住民が小学生だった時の学力、中学生になってからの学力の情報を複数年分つなげて分析することや、身体の状況、また生活保護世帯については生活保護の受給開始時期なども把握することが可能です。それにより学力の低下を早期に発見することや、家庭環境の変化が学力や身体状況などへの変化をもたらしたことにすぐに気付き、対応が可能になると考えられます。

市民の情報を活用し、住民福祉の向上につなげようとしている事例として、二つの自治体の取り組みを紹介します。

箕面市の「子ども成長見守りシステム」

一つ目の事例は、大阪府箕面市の「子ども成長見守りシステム」です。箕面市は、子どもの貧困の連鎖を断ち切るために、乳幼児期から小中学校、高校まで切れ目なく一人ひとりの子どもの支援を早期かつ効果的に行うため、各部局が把握している子どもの多様な情報を一元的に収集分析する「子ども成長見守りシステム」というものを構築しています。このシステムの中では、これまで各部署で保有していた子どもの情報や、子どもの家庭に関する情報を一元的に集約し、子ども個人に結び付け、その情報を過去分から蓄積し、変化を追跡できるデータベースを構築しています。

具体的には、生活保護世帯かどうか、ひとり親家庭かどうか、就学援助受給状況などの「生活困窮判定」と学力の偏差値の絶対値と変化値の「学力判定」と自制心ややり抜く力や健康状態、家族・先生・友人とのつながりや欠席数などが含まれる「非認知能力判定」の三つの要素を判定した上で、それら三つの要素を掛け合わせて「子どもの状態の総合判定」を年2回定例で行いつつ、必要に応じて随時、個別に判定を行っているということです。それにより、見守り・支援の対象としてリストアップされた小中学生の44%は学校などの見守りの対象とはされていなかったことが判明しており、対象にすべき児童生徒を早期に見つけることが可能になったということです。早期発見されることで、その後の早期支援にもつながることが想定されます(参考資料:大阪府箕面市子ども未来創造局子ども成長見守り室作成「『貧困の連鎖』を断ち切ること」)。

尼崎市の学びと育ち研究所

二つ目は、兵庫県尼崎市の「学びと育ち研究所」という事例です。2017年4月に設置されたこの研究所では、子ども一人ひとりの状況に応じ、学力、豊かな人間性、生活習慣など、実社会を主体的に生きていくために必要な力を伸ばしていけるよう、外部の研究者等を迎え、中長期的な効果測定を通じた科学的根拠(エビデンス)に基づく先進研究等を行っています。この研究所の所長には行動経済学で著名な大阪大大学院経済学研究科の大竹文雄教授が就任しており、その他にも、「『学力』の経済学」などの著書で有名な慶応大総合政策学部の中室牧子教授など錚々たるメンバーが主席研究員として就任しています。この研究所では、研究者と尼崎市が協議し、必要な児童生徒の情報を学識者に提供しています。そして分析結果を行政の施策に活かすという仕組みになっています。

具体的には、出生体重・学校教育・家庭環境が健康に与える影響、子ども・若者に対するバウチャー事業(対象は0歳から20歳まで)の効果検証、就学前教育の質が就学後の学力や健康に与える影響、周産期から幼児期までの状況が発達や学力の向上に与える影響、尼崎市における「無園児(保育所・幼稚園等に通っていない児童)」の状況調査および就学後の影響に関する調査研究などを行っています。

箕面市の事例も、尼崎市の事例も、点で捉えがちな児童生徒の情報を線で捉え、今後の発育や学力・生活状況等にどのような影響を与えるのかを分析し、改善策につなげているところが特筆すべき点です。

枚方市でも情報連携の議論が始まる

大阪府枚方市では今年度、社会福祉審議会の中の子ども・子育てに関する専門分科会の中で、「(仮称)子どもを守る条例」の策定に向けた議論が始まっています。8月31日時点で2回の審議会が開催され、基本理念や、条例の骨子案が示されています。その骨子案の第4章「子どもの育ちを見守る体制づくり」の中で、「基本理念④ 医療、保健、福祉、教育分野などの連携を一層推進します」に基づいたものとして、「予防的支援の充実」という項目が掲げられています。具体的には、「市は全ての子どもの養育環境全般について継続的な実態把握に努めるとともに、デジタルデータを活用し、一人ひとりの子どもが抱える課題が深刻化することのないよう予防的支援の充実を図ります」と記載されています。この内容は、先ほど紹介した箕面市の事例を参考にしていると考えられます。箕面市では「子ども成長見守りシステム」が構築され、管理・運営されていますが、枚方市ではこの条例案と共に「(仮称)枚方市子ども見守りシステム」というものが提示されています。このシステムでは住民基本台帳システムで保有している氏名・生年月日・住所といった情報、市長部局で保有している生活保護や障害福祉、児童扶養手当、医療助成の情報、教育委員会で保有している校務支援システムに入っている情報や学事・留守家庭児童(学童保育)の情報、健診・予防接種歴、サービス利用情報、子どもの相談情報などを連携し、子どもの実態を継続的に把握し、課題が深刻化する前に早期に子どもへの支援を行うことを目的としています。

2021年の3月に条例を策定、4月からの施行を目指したスケジュールで議論が進んでいます。今回紹介した内容はあくまでも審議段階のものですので、議論を経る中で変わっていく部分も出てくるとは思いますが、私の立場からもこの議論には注目しています。

「後編」へつづく


プロフィール
木村 亮太(きむら・りょうた)
大阪府枚方市議会議員
1984年大阪府枚方市生まれ、大阪大学経済学部を卒業し、ベンチャー企業に入社。2011年枚方市議会議員選挙に立候補しトップ当選。現在に至る。
2015年グロービス経営大学院 修了(経営学修士:MBA)
2018年京都大学大学院 公共政策教育部 公共政策専攻 修了(公共政策修士)
未来に責任を持った政治を掲げ、EBPM(証拠に基づく政策立案)、行財政改革、人事給与制度改革、教育子育ての充実、持続可能な社会保障制度の構築のために予防医療・介護予防、また、ICTを活用したまちづくりを提言している。

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