福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(4)役割は「市民の居場所と出番づくり」ソフト事業に込めた郷土愛

前福井県鯖江市長 牧野百男
(聞き手)株式会社Public dots & Company代表取締役 伊藤大貴

2021/02/02  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(1)
2021/02/05  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(2)
2021/02/09  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(3)
2021/02/12  福井県鯖江市 牧野百男 前市長インタビュー(4)


世界に向けたシティープロモーションで地場産業を支える

伊藤 今、日本全体が人口減少にある中で、鯖江市としては今後どのような取り組みが重要だと感じていますか?

牧野氏 鯖江はもともとものづくりの街です。地場産業の眼鏡・繊維・漆器はそれぞれ分業体制になっていて、眼鏡工程では200〜250もあるといわれています。その一つでも欠けると完成品になりませんから、昔から地域全体で工程を支えてきました。いわば内発的イノベーション、技術革新と新製品の開発をずっと続けてきた土地なんです。ですから、起業家に対していろんなサポートをしていこうとする動きが非常に盛んです。

最近、分業ではなく一貫生産の眼鏡工場も鯖江に進出してきました。そんな中で、なんとしても鯖江ブランドの眼鏡を守っていきたい。これまで以上に内発的イノベーションが繰り返されるように、起業家を育てて、後継者を育てる。これが重要ではないかと思います。ただ現状は、後継者が育っていないという側面はあります。

伊藤 そうすると、今後鯖江の産業構造は変わっていく可能性がありますか?

牧野氏 IT企業を誘致していこうという案は出ています。サテライトオフィスとして鯖江に来ている企業もありますから、そういう意味では少しずつ変わっていると言えますかね。

地場産業の眼鏡や繊維、漆器はもともとOEM(相手先ブランドによる生産)産地でしたので、それが「めがねのまちさばえ」として定着してきたのは大きな変化ではないかと思います。

これからも引き続き、地場産業を通じたシティープロモーションに力を注ぐつもりです。まずは鯖江のSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みを、国連を通じて、世界に発信していくことが大事だと思っています。

伊藤 国連ですか、すごいですね。鯖江市とどのようなご関係があるのですか?

牧野氏 2018年の5月に、国連ニューヨーク本部SDGs推進会議の演説で「めがねのまちさばえ」をPRさせていただきました。前年にチャウドリー国連大使(国連における女性問題の第一人者、2019年SDGs推進会議議長)が鯖江に来られて、鯖江の女性活躍(SDGs目標5:ジェンダーフリーとエンパワーメント)が他の地域に比べると特に優れているとおっしゃいまして。ものづくりの街で活躍しているのは女性です。表に出てくることは少ないですが、ほとんど女性の力で成り立っています。その様子をつぶさにご覧になって感動していました。

鯖江市は2019年に「SDGs未来都市」と「SDGsモデル事業」の二つの選定を受けています。国としても鯖江の取り組みに関心を持っていますから、それをどんどん発信していこうと思っています。カラーキャンペーンなどは割と簡単にできますからね。

伊藤 あくまで一般論としてですが、牧野前市長のご年代の方が「女性活躍」にご尽力されているのが驚きです。

牧野氏 SDGsの17の目標達成には、No.5の女性活躍が土台になります。それがなければ全て達成はできません。女性活躍は世の中の潤滑油であり、相乗効果であり、普遍的な世界共通の目標です。「その見本となるのが鯖江だ」と、チャウドリーSDGs推進会議議長さんが言ってくださったものですから。ですからなんとか、鯖江の取り組みを通じて協力できることがあるのではないかと思っています。

鯖江には「めがね会館」という市で一番高いビルがあるのですが、その9階にSDGs推進センターをつくりました。先ほどお話しした議長さんが名誉館長を務めてくださっています。私は市長を引退した後に、国連の友アジアパシフィックの特別顧問の辞令を頂きました。

伊藤 素晴らしいですね。今後のご活躍も楽しみです。

牧野氏にとって“豊かさ”の定義と活動の原動力とは?

伊藤 ご年代の話に少し触れたのでその続きになりますが、牧野前市長のこれまでの歩みですね。つまり日本が第2次世界大戦の頃にお生まれになって、復興から高度経済成長も体験されて、今また新たなフェーズにいらっしゃいます。そんな、日本の栄枯盛衰を見てこられた方の「豊かさ」の定義とは、一体どういうものなのでしょうか?

牧野氏 私たちの若い時代はやはりモノの豊かさを求める時代でしたね。今はそうでなくて、心の豊かさの時代ですよね。私たちがやる仕事は市民の豊かさを創ることです。豊かさとは「幸せに感じること」だと思います。

ではその幸せはどう創るか? と言いますと、これからの時代は市民と行政の協働です。人口は減っていて価値観は複雑多様化しているので、共に手を取り合っていかないと財政的にも人材的にもいろんな面で制約が出てきます。

では、行政がどうやって市民に協力を求めるか? となりますと、何度もお伝えしていますが「市民が行政の舞台で活躍できる土壌を整備すること」に尽きます。それが行政の役割です。鯖江の場合は「JK課」で実証されましたが、今は居場所と出番を求めている人が本当に多いです。そこをきちんと行政がフォローできれば、市民の参加と協働による共創社会は絶対実現できると思います。それが市民の豊かさにつながる、幸せにつながるのではないでしょうか。

伊藤 この4期16年を振り返ってみて、ご自身の中にある活動の原動力は何だと思いますか?

牧野氏 やはり郷土愛ですかね。このままでは地方が消滅するといわれている中で、なんとか鯖江の名前を残したいという気持ちが強かったですね。平成の大合併で単独の道を選んだのが鯖江ですから、どうしても残したい。市民の皆さんが鯖江を誇れるようにしたいという気持ちは、常に持っていました。

だから私の施策はバロメーターが分かりやすいんです。「鯖江が残ってよかったと思う方が何割いるのか?」というのがバロメーターです。とにかくそう思っていただけるような施策の展開に徹してきました。

私は仕事しか趣味がないものですから、これまで4期16年振り返ってみて、辛かったとか障害があったと感じたことはありません。仕事が趣味で、市政運営が本当に楽しかったです。

伊藤 鯖江市の職員の方は、誇りを持って仕事をされていると思います。最後に、全国の公務員の方、特に20代、30代の若い方に何かメッセージを頂きたいです。

牧野氏 「悩み事があったらとにかく現場に行くこと」ですね。私はそれを事あるごとに、職員に伝えていました。現場には全ての悩みを解決するヒントが隠されています。現場に行けば誰かにお会いするし、そこから次の方につながります。現場に行けば「これが聞きたい、あれが聞きたい」ということが必ず出ますから、とにかく現場を大事にすることです。

それからやはり、考えずに前例踏襲するという文化はまだ残っているように思います。行政は守りに徹していますから、挑戦することに対してはどうしても控えめです。

ですから若い公務員の方には、勇気を持って果敢に挑戦してほしいですね。リスクを考えがちになりますが、新しい挑戦にリスクとハレーションは付き物です。最終的な責任は首長が取ります。だからあまり結果ばかりに固執せずに、挑戦していく中で見えるモノがあればそれでいいのではないかと思います。

勇退セレモニーの様子

勇退セレモニーの様子

 

 【編集後記】
私は牧野前市長にこれまで直接お会いしたことがなく、今回のインタビューが初めてでした。それもオンラインで。なのに、インタビュー中に目頭が熱くなりました。「こんなにも心から市民を愛している人がいたのか」と胸を打たれました。オンラインでこんなに感動するのですから、直接会ったことがある人が牧野さんのファンになるのは自然なことでしょう。市長ご勇退の際の、あの写真にすべてが凝縮されているように思います。

(おわり)


【プロフィール】

牧野百男(まきの・ひゃくお)
前福井県鯖江市長
1941年生まれ、福井県鯖江市出身。
福井県総務部長、福井県議会議員を経て、2004年から2020年10月まで鯖江市長(4期16年)。2020年11月から国連の友Asia-Pacific特別顧問。市長在任中は〝市民が主役〟のまちづくりを推進し「河和田アートキャンプ」「鯖江市役所JK課」などの新事業に挑戦。「めがねのまちさばえ」を国内外に向けて発信し、鯖江のブランドイメージ向上に取り組んだ。

 

伊藤大貴(いとう・ひろたか)伊藤大貴プロフィール写真
株式会社Public dots & Company代表取締役
元横浜市議会議員(3期10年)などを経て、2019年5月から現職。財政、park-PFIをはじめとした公共アセットの有効活用、創造都市戦略などに精通するほか、北欧を中心に企業と行政、市民の対話の場のデザインにも取り組んできた。著書に「日本の未来2019-2028 都市再生/地方創生編」(2019年、日経BP社)など多数。博報堂新規事業(スマートシティ)開発フェロー、フェリス女学院大非常勤講師なども務める。

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